一章 異世界転生?

 ──この学校は何かが変だ。

 僕は「Gアカデミー」に入学してすぐに、途轍とてつもない「違和感」を覚えた。


 まず、教員の暴力行為が平然と行われる。

 入学初日に尾栗が鮮烈なドロップキックをお見舞いされたが、そんなことは珍しいことでもなんでもなかった。「義務教育じゃねぇんだよ!」ことあるごとにその言葉でねじ伏せられるが、時代は令和だ。教育機関で暴力の横行が許されるはずがない。レッドカードで一発退場。懲戒免職だろう。


 そして、執拗なまでのメディカルチェックが頻繁に行われる。学校といえばすぐにイメージできる簡易的な保健室ではない。X線CTやMRIまでもが完備され、一つの教室がまるまる大学病院顔負けの仰々しい医療施設と化している。専属のドクターまでもが配属され、脳波や精液まで検査される。そこまでやる必要があるのか?


 極めつけは、高等学校年代(第二種登録選手)に出場資格のあるすべての大会に参加することができなかった。これは教育機関としてかなりおかしい。同じサッカー学校、JFAアカデミーはクラブユースと同等の試合に出場できる。サッカー選手を目指す僕らにとってこの規制は致命的だった。

 ここはサッカー学校ではなく、人身売買のための施設。健康優良児を育て高値で売り飛ばす。映画やアニメで観たことがある設定、そんなイメージさえ付き纏う。



 僕が想像していた「サッカー選手育成学校」とは明らかに違っていた。──まるで異世界。



 ここでの生活は朝五時に起床。校内の清掃と準備体操を終えると、坂路ハンロと呼ばれる練習が始まる。急な坂道をダッシュで駆け上がる。それが終わるとプール。ひたすらに水の中を走らされる。二つのメニューをこなして、ようやく朝食にありつける。

 午前中は戦術練習が行われ、午後からが実戦練習。元日本代表といった豪華絢爛のコーチ陣を迎え、夜になるとそれぞれの課題練習と筋トレが待っていた。ハードな練習に慣れているはずの強豪校出身の僕らでさえ、一日が終わると倒れ込むように眠りこけた。

 テレビで観たことがある元日本代表選手に教えて貰える。それだけが唯一の救いだった。

 さすがに人身売買の線はないか……。



 クラスの担任は安田といった。夏を待たずしての半袖からはサイクロプスのような上腕二頭筋がはみ出している。生徒を「てめぇら」と呼び、躊躇ちゅうちょなくブン殴る。尾栗に衝撃的なドロップキックを浴びせた張本人だ。


「いいかてめぇら、ここは生きるか死ぬかの戦場だ。法律や常識は通用しねえ! 六十人のうち進級できるのは四十人だ! 死ぬ気でやれ!」


 ショッキングなニュースが安田から伝えられる。

進級テストによって二十名が退学処分となる。当然、そんな話は聞いていない。普通、入学前に伝達される事項だろう? なにもかもが理不尽だ。


 僕は後悔していた。

「Gアカデミー」サッカー選手育成学校。

 華やかなネーミングに釣られてしまった自分を恨んだ。入学しただけで、何かを成し遂げられると思い込んでいた。


 ここは別世界。異世界転生。

 しかもアニメ風に、自分以外の選手は、固有能力ユニークスキル持ちである。


 スキル名称

 ・正確無比

 ボールを正確にコントロールできる。


 スキル名称

 ・神速

 50mを5秒台で駆け抜けるスピードを持つ。


 スキル名称

 ・豪脚

 弾丸のような鋭いシュートを放つ。


 


 どうやったら元の世界に戻れるのか?

 転生前に女神様が現れて、ユニークスキル「聖なる右脚エクスカリバー」とかを授けてくれるんじゃないのかよ!


 これでは最弱主人公の異世界転生だ。

 いや、主人公かどうかも怪しい。

 現実逃避スイッチ発動。

 来世は最強の勇者に生まれ変わって無双する。

 待ってろよ! ハーレム生活。

 ヒャッハー!!


 物思いにふけっていると、腰にタイヤをくくり付けてランニングしている尾栗の姿が飛び込んできた。


 ふん、ふん、ふん、ふん、ふん。


 荒々しい鼻息がリズムを刻み、追いかけるタイヤが飛魚のように跳ねる。


 いつの時代のトレーニングだよ。

 昭和のスポ根アニメか!

 あいつのスキルは、ド根性(根性の最上位スキル)だな……。


 人知れぬ尾栗の努力が、過酷な現実へと引き戻した。いくら途方に暮れても入学してしまった以上は、ここで生き延びるしかない。そのために僕はにやって来た。

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