一章 Gアカデミー
世界的に人気があるスポーツ、サッカーにおいて選手の育成はビジネスだ。優秀な選手が誕生すれば多額の金額が動く。サッカー先進国の欧州や南米では、クラブ主導で選手の育成が行われている。田舎のサッカー少年が高額で取り引きされる商品へと変わる。
いち早くサッカーに商業価値を見出したフランスは、1991年にクレールフォンティーヌ国立サッカー学院を設立。国立のサッカー学校を作り、国家事業として英才教育の選手育成に取り組んだ。結果、1998年ワールドカップ初優勝。この時、活躍した選手すべてが、国立サッカー学院出身の選手達だった。
日本も遅ればせながら、2006年にサッカー協会が運営するJFAアカデミーが開校した。
しかし、日本にもう一つのサッカー学校があることは誰も知らない。
──この学校の、本来の目的を、この時の僕らは知る
♢♢♢
『Gアカデミー』
僕が入学する学校は離島にあった。廃校を借りたもので、校門には以前の名称が掲げられていた。一クラス三十名の二クラス。入学者六十名。全国から集められたエリート集団だ。
「諸君は今日から親元を離れ、新しい人生のスタートをきります。最初の一歩をいかに踏み出すか……」
不可解なアディショナルタイムのように長い校長の話が続くなか、僕は会場を見渡した。そして一人の男を見つけた。
クラブチームが運営するユース出身の三ヶ日は、日本代表U-15のキャプテンを務めていた。三ヶ日だけではない。全国でも名高い顔ぶれがいたる所で見受けられる。
この学校でやっていけるのか?
式が終わり、臆病風に吹かれながら渡り廊下を歩いていると「おい! 深井」聞き覚えのある声に呼び止められた。中学校の同級生、
「お前二組か? 残念だな。一組に遊びに来いよ! 同じ中学校同士仲良くやろーぜ」
「分かった。後で遊びに行くよ」
「絶対だぞ! 絶対」
悪い奴ではないが無神経で厚かましい。若干の嫌悪感を抱きその場を取りつくろった。
「お前も俺みたいに髪染めたら? 最初が肝心だぜ! 舐められないように目立たないとな」
「染めるなら絶対、俺に相談しろよ」
「ありがとう。考えとくわ」
畳みかけられる猛攻。圧倒的なワンサイドゲームで、同郷の頼もしさよりも、
全寮制とうたいながら、寮なんていう立派な建物は存在しない。先輩も後輩もいない校舎。教室は腐るほどある。畳が敷かれている教室が幾つかあり、そこが部屋であり寝室だった。
寝泊まりする教室で荷物の整理をしていると、入り口から尾栗が顔を覗かせた。
「深井、深井」
手招きをしながら近づいてくる。
なんだよ。めんどくせー。
こちらの都合などお構いなしに教室の外へと連れ出された。
「まだ荷物片付けてないんだけど……」
「いいから、いいから。ちょっと付き合ってくれよ」
そう言って肩に腕が回される。ファンタジーキャラのオークばりに吹き出される鼻息が暑苦しい。尾栗にはパーソナルスペースという概念がない。
「今から面白いことがあるから」
「面白いこと?」
「勝負だよ。勝負。三ヶ日と俺。どっちが上か勝負すんの」
「はあ!?」
足を止めると、回された腕はヘッドロックのように巻きつき、引きずられる形になった。
「三ヶ日とは同じ一組だからな。どっちが上なのか最初に決めておかないと」
「U-15のキャプテンだぞ! 勝てるわけないだろ!」
連れション感覚だった僕は、ことの大きさに気づき、慌てて腕を振りほどいた。
時すでに遅し。グラウンドには人だかりができていた。一組の連中が三ヶ日を取り囲んで輪になっている。彼らもまた被害者なのだろう。
「待たせたな! 勝負は五本のPK。勝った方が一組のエースだ!」
「それじゃあ深井、キーパー頼むわ」
手元にグローブが押し付けられた。
「はっ?」
ふざけんじゃない。
とんだとばっちりだ。
無理矢理、連れてきておいてキーパーまでさせるつもりかよ。
「嫌に決まっているだろ!」
腹立たしかったが、ギャラリー達は勝負の行方を心待ちにしている。苛立ち混じりの視線にさらされた。断れる状況ではない。
「真剣勝負だからな。友達だからって手を抜くなよ」
誰が友達だよ!
お前なんか全力で止めて恥をかかせてやる!
僕は込み上げる怒りを噛み殺して、渋々身構えた。
「いくぞー」
尾栗のプレースキックはバックスイングをかなり大きく振りかぶる。強烈なインパクトでスピードボールを叩き出すのが特徴だ。
ビュン!
耳元に風切り音が鳴ると同時に、ボールはゴールネットを揺らしていた。一歩も動けなかった。
「少しは反応しろ! ヤラセだと思われるだろ!」
県選抜にも選ばれるストライカーだ。キーパー未経験者に止められるはずもない。
「はい、まず一つ」
尾栗はボールを拾い、三ヶ日に投げ渡した。下品な銀髪とは違う、自然な
手足の長いバランスがとれた体格。端正な顔立ちはどこか神秘的で、妖艶なエルフを彷彿させる。三ケ日は、大きく一呼吸ついてから軽やかにボールを蹴った。流れるようなフォームに思わず見惚れてしまう。
あっ!
ギャラリー達から驚きの声が上がる。ボールがクロスバーの上を大きく超えていった。
「よっしゃー!! よし、よし、よーーし!!」
ボールの行方を見届けた尾栗は、奇妙な腰ふりダンスを恥ずかしげもなく披露した。
僕は唖然とした。尾栗のアホさ加減もさることながら、三ケ日の洗練されたシュートフォームに。インステップ、インサイドどちらで蹴るのかさえ予測がつかなかった。
力任せに打つ尾栗のシュートとは違う。正面から見る日本代表のプレースキック。それは力の差を歴然とさせるものだった。
「日本代表も大したことないな! じゃあ、次、俺いくぞ! どりゃああー!」
三ヶ日が外したことで気をよくした尾栗は、雄叫びをあげながら二本目のシュートを打った。
バイィィィン!
シュートがゴールポストに弾かれるやいなや、
「こらぁ! てめぇら何してやがる!!」
鬼気迫る怒声を発した教員が勢いよく走り込んできて、尾栗に飛びかかった。鮮やかなまでのドロップキックが炸裂して、直撃した尾栗の体は、くの字にひん曲がる。衝撃映像を目のあたりにした群衆は爆風の如く、
「あとてめぇ! その髪の色はなんだ! 今すぐ職員室に来い!」
首根っこを掴まれた尾栗がズリズリと音を立てて引きずられていく。
襟首を掴まれた尾栗は、傾斜45度の体勢を保ちながら必死の抵抗を試みた。
なんでですか!
どうしてですか!
嫌です!
絶対に行きません!
教室に戻ってきた尾栗は坊主頭になっていた。同情の余地など微塵もない。初日は目立たない方が良い。絶対に。
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