第21話 エルミアとの遭遇

 街を足早に歩くリン、そして後ろからついてくるエルミア。

 リンはオーグを探していた。が、このエルミアしつこく付いてくる。

 オーグの死を未だに信じない頑な脳筋のうきん姫騎士は、まだリンが隠しているとでも思っているのだろう。

 事実オーグは死んでいるけれど、記憶そのままに転生している。

 問題はそれがメスガキエルフなのだが、エルミアは会ったらどんな顔をするだろうか。

 いずれにせよエルミアをお頭に会わせるつもりはないが。


 「ふむ、やはり人族の地は猥雑わいざつで敵わん」

 「だったらエルフの森に帰れば?」

 「そういう訳にもいかん。まだオーグの真相を掴めていない」

 「オーグ、オーグって、貴方お頭のなんなの?」


 段々苛立ってくるリン。周りからすればなんとおっかない眼差しか、けれどもエルミアにはどこ吹く風。

 ただ彼女は少しだけ頬を赤くすると自分の熱い想いを語りだす。


 「オーグは私が井の中の蛙だと教えてくれた……オーグは超えるべき壁だが、それ以上に……ウフフ」

 「エルフってほんとーに頭お花畑ね」


 面白くないから悪口を言ってしまう。

 嫉妬が醜いっていうのは百も承知だが、エルミアはオーグに惚れているのが特に見え透いている。

 今のオーグは女だから、エルミアも変な気は起こさないだろうが、お頭を奪う者は皆リンの敵だ。


 「気になったが山猫よ。そういうお前はオーグに何も思わんのか?」

 「どういう意味?」

 「言葉通りだ! 女として! オーグになにも思わんのか?」


 エルミアは顔をズイッと寄せると、リンはオーグへの想いを追及した。

 やけに馴れ馴れしい。なんなんだこの女は、とリンはウザがるが、しかしその言葉の迫力、意味を問われてリンは初めて顔を赤くした。


 「お、お頭はお頭だから、その……恋愛感情とかは……」

 「んんー? お頭でも男と女。一夜を同じ寝床にすれば間違いが起こらない筈もなく?」

 「ッ……もう嫌」


 ハッキリ言えばお頭が好き、愛している。

 けれどハッキリそれを口に出来る勇気はなかった。

 リンにとってオーグは近ければうざい、猫のように付かず離れずの距離感が一番居心地が良かった。

 けれど泥棒ネコがやってきたら激しく嫉妬してしまう。

 そんな自分も嫌になって、リンはいつになく借りた猫のように大人しくなってしまった。


 「おや、リン殿ではありませんか!」


 リンは顔を上げた。丁度冒険者ギルドの前で、ぶかぶかでサイズの合っていない白銀の鎧に全身を包んだ少年騎士が立っていた。


 「メル……帰ってきたの?」

 「ええ、久し振りに、魔女殿は一緒では?」

 「この少年は?」

 「魔女殿……ではない? エルフではありますが」


 流石に高貴な者同士であるとはいえ、メルとエルミアに面識はない。

 だが流石さすが姫騎士と貴族の三男坊か、すぐに二人は自己紹介を行う。


 「私はエルミア・ミール・オーロットだ」

 「これはこれはご丁寧に、私はメルディック・ガドウィンというであります!」


 腐っても上流階級、二人とも陽キャで朗らかだ。

 メルはエルミアと握手まですると、すぐにリンに振り返る。


 「それで魔女殿は?」

 「見当たらない……どこに行ったのかしら?」

 「俺様がどうかしたかー?」


 甲高い声、三人は一斉に振り向く。

 オーグはゆっくり歩きながら、その横に背の高い銀髪美人を連れていた。


 「「て……誰!?」」


 リンとメルの言葉が重なった。

 それ位オーグがコールガと一緒に歩いているのは衝撃的だった。

 コールガは驚く少年少女達を見て、皆若いのねとのんびり関心していた。


 「皆紹介するぜ、俺様の新しい子分のコールガだ」

 「ベルナ族のコールガですわ」


 コールガは極めて社交的に頭を垂れた。

 リンはあ然とするが、メルは「おおー」と好意的。

 なんだかオーグとも仲良さそうで、いつの間にとリンは驚愕きょうがくする。

 しかしその中で一人無関係なエルミアは、オーグをじっと見つめ、顔を険しくした。


 「貴様……まさかアリスか?」

 「うん? て、そういうお前……エルミア?」


 オーグは随分懐かしい顔のエルフに驚いた。

 だが再会を喜ぶオーグとは違い、エルミアは強く睨みつけていた。

 オーグは懐かしい姫騎士に少し過去を思い出して涙ぐむが。


 「まさか山猫よ、お前の主、このようなエルフの面汚しとはな」

 「おいそりゃどういう意味だ?」

 「ふん! 言われなければ分からないか? 禁忌を破り禁呪にまで手を出した逆賊が!」


 アリスの罪状……噂レベルだが禁呪に手を出し、エルフの国から永久追放されたのは真実だった。

 だがそれはアリスであってオーグではない。しかしその反証をリンには出来なかった。

 代わりに反証したのはメルである。


 「え、エルミア殿! 魔女殿は立派なお方です! それは私が保証するであります!」

 「ふん、人族の言葉は信用出来ない」

 「……失礼」


 一瞬だった。コールガはエルミアの前まで近寄ると、その頬をパチンと叩いた。

 エルミアは驚き、叩かれた頬を手で抑える。

 コールガはただエルミアを憐れむような視線でさとした。


 「貴方は真実を見る目が曇っているのね。物事が正しく測れないのならば、真実の神は貴方に悲しむでしょう」

 「私の目が曇って……いる?」

 「お、おいコールガ! そいつ王族だぞ!」


 エルミアはもう一度このメスガキエルフを見た。

 その姿はどう見てもあの禁忌を犯した大罪人。

 だがどこか情けなく、あの子とは印象が異る。

 ハッキリ言えばそっくりさんだが、別人の印象だ。


 「アリスじゃないの……?」

 「魔女ウィッチ様は、素敵な方よ、少し会話してみたら?」


 コールガはそう言うと、エルミアの手を握った。

 コールガの行動は特に読めないとはいえオーグもこの行動には戸惑った。


 「コールガ、あなたなにを考えているの?」

 「お頭のこと、理解して貰うためかしら?」


 子分にしたとはいえ、コールガは中々癖が強い。

 いや頭領としては、ここで威厳を見せるべきなのか。


 「あーコホン! 俺様は魔女ウィッチだ」

 「魔女……ね」


 エルミアはまだ不審がっていたが、ひとまずオーグを観察する。

 アリスに似ているがアリスじゃない。もしそうだとしたら途轍もない無礼を働いたことになるな。

 エルミアとて礼節や秩序はある。間違えましたでは済まされない。


 「時にエルミア、どうしてお前がここにいる?」

 「オーグに会いに来たのよ」

 「うぐ! だ、だが王女のお前がどうやって森を出た?」

 「そんなもの追手を全て蹴散らしたからに決まっている!」


 思わずオーグはズッコケそうになった。

 きっと追手のエルフ達は必死の思いでこのご乱心娘を止めようとしただろう。

 昔から変わらず脳筋姫様だなと、悪い意味で感心してしまう。

 それにしてもオーグに会いに―――か。

 そのオーグは目の前にいるのだが、流石にバレてはいないよな?

 面倒な女だけに、バレたら斬り殺されかねん。オーグはブルッと震えると顔を青くした。


 「まあ形式的に言えばお忍びだからな! アッハッハ!」

 「笑い事じゃねえんだよ……はぁ」


 これはオーグの正体については秘密にしたほうが良さそうだ。

 エルミアがエルフにあるまじき脳筋思考なのは知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。

 下手すれば外交問題だが、エルミアは力技で乗りきる気か。


 (しかしやっぱり顔は良いんだよなエルミア)


 エルミアの一挙一投足は凡人の所作とは違い、何をやっても典雅てんがで美しい。

 かみのエルフとは、こうも浮世離れたものか、女の今でも見惚れてしまいそうだ。


 かつてエルミアを力でねじ伏せ、捕虜にした時も、エルミアは美しかった。

 その時オーグは正に絶頂、怖い物などなにもなかった頃だ。

 捕虜にしたエルミアにしたって、オーグは彼女を特別扱いはしなかった。

 人質としての価値は十分あったが、オーグは彼女を屈服させ、ただの女として扱った。

 エルミアが捕虜であったのは一週間程、エルフの国の国王が和平の条件を提示した後、オーグはそれを承認して、エルミアは帰国した。

 あのエルミアがまさかまた目の前に現れるとは。


 「そ、そういえばメル、お前実家に帰っていたんじゃ?」

 「あっ、そうなのであります! けれどもこうやって戻ってきたであります!」


 メルは家の関係でここ数日街を離れていた。

 貴族というのは厄介な物で、色々なしきたりがあるのだろう。

 その辺オーグは気楽だ。冒険者は自由なのだから。


 「それじゃまた冒険に出られるな」

 「ハイであります! あ、でも……その魔女殿?」

 「ん? 畏まってどうしたメル?」

 「その実家で家族に魔女殿のことを説明したでありますが、その際是非紹介をと申されまして?」


 は? オーグは思わず目を丸くした。

 それ以上にゾッとするような怖い顔をしたのはリンだが、慌ててメルは詳しく説明する。


 「ま、魔女殿はパーティの仲間、是非会ってみたいと父上と母上が!」

 「それって……あぁもう!」


 どう考えても女としての品定めでは?

 仮にもメルは貴族ガドウィン家の三男坊、面子がある。

 オーグがとんでもない女ならば、近づけたくないのは親心なのか。

 オーグは凄まじく面会を断りたかった。けれど断れば子分を一人失うかもしれない。

 彼は凄まじい強欲な男だ。財宝、金、人にさえ執着する程。

 そんなオーグがメルを失うのは我慢出来なかった。

 逡巡しゅんじゅんする、けれど答えはそう多くはない。

 結局オーグは胸をドンと張って、やけくそ気味に口にした。


 「会えば良いんだろ会えば!?」


 そう言うとメルは助かったとばかりに顔を安堵させた。

 どうも切迫していたのか、メルはオーグの手を掴んで何度も振っていた。


 「それで? いつ会うんだ?」

 「実は明日に」

 「急過ぎるだろうがーっ!」


 その日一番の大絶叫、こうしてオーグはメルの家族と面会することになるのだった。

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