第22話 オーグは皆のオモチャ?

 なにもかも急過ぎるだろ……オーグは上等な馬車の座席に腰掛けながら、げんなり顔で黄昏れていた。

 しかしそれもその筈、今の彼女はどこからどう見ても恥ずかしくない『淑女』だった。

 いやはや、どうしてこうなった?

 それはメルの両親と面会する約束をした次の日のこと、メルがオーグの泊まる宿までやってくると、突然着替えをさせられたのだ。

 さらに同じ宿に止まっていたコールガとエルミアまで混じって、沐浴もくよくをさせられた時には恥ずかしさで顔を真っ赤にさせた。


 体を強制的にきよめられたオーグに待っていた『』はまだ終わってはいない。

 普段の魔法使い服ちょっとエッチなは、流石に親には見せられないと、メルは両手いっぱい大量の女性用の正装ドレスを持ち込んできたのだ。

 忘れていたが貴族の三男坊、「女性のファッションはわからないから全部持ってきたであります」を地で行く超大金持ちなのをオーグは嫌々思い知らされた。


 着付けは、女性陣がやいのやいのと大騒ぎだった。

 赤を推すリンに、白が良いと主張するエルミア、いえいえ蒼が美しいのではとコールガは第三勢力に回った。

 オーグからすれば、「なんの冗談だ?」と顔を引きつらせたことだろう。

 女性陣はまるで着せ替え人形のように、これも違うあれも違うと、オーグに着せては脱がすの無限地獄。

 改めて自分が男だと思い知るが、どうして女というのはお洒落しゃれが好きなのだろう。

 普段着飾らないリンでさえ、その時は大真面目に自分の趣味フェチをぶつけて来たんだから、マジわからねー。

 女というのはたとえ種族や文化が違えど、皆ひとしく可愛いが大好きなのだ。

 着せ替え人形にされるオーグからすれば、オモチャにされて気分最悪だが。


 そして時間を掛けて決まったのは結局美しい幾何学模様の刺繍された純白のドレスだった。

 決め手はガドウィン家の象徴が白銀だからという受け狙いの打算的なものだったが、オーグは体を締め付けるこの光沢のある絹のドレスに戸惑っていた。

 着心地はすげー良い、肌触りなんかすべすべで、おまけに風通しが良くて気持ちいい。

 けれど値段を聞くとオーグは目が飛び出した。

 なんとこのドレス、一着で金一kgキログラムに匹敵するお値段だというのだ。

 そんな金があればベンの店で豪遊して、その後二次会でもまだ余るぜ……と愚痴っても仕方ない。


 仲間ということで会うのはオーグだけになるが、リンとコールガ、そして面白そうだからとエルミアまで正装に着替えてついてきた。

 それぞれドレス姿になって、馬車に佇んでみれば皆お姫様だ。

 いや、本物の姫様も一名混ざってはいるのだが。


 「ふわー」


 思わず欠伸する。なんだかもうどうにでもなーれと、オーグも肝が座ったのだろう。

 隣に座るリンは、そんなオーグを見て、喜色に溢れていた。

 そういえば普段ツンとしたリンにしてはやけに食い気味だった。

 一体なぜなのか、オーグはリンに聞く。


 「リン、なんでそんなに嬉しそうなの?」

 「今のお頭、めちゃ可愛い、そう……すごく」

 「嬉しくねぇぞ! なんで女は可愛いが好きなんだ!」

 「可愛いは皆好き、誰だって好き」

 「大体可愛いの用法多すぎなんだよっ! 女はなんでも可愛い言い過ぎだっ!」


 そんなコントみたいな様子に対面席に座るメルは柔和にゅうわみを浮かべて見守っていた。


 「魔女殿はもっと自分に自信を持っても良いであります」

 「あーうん。メルはなー?」


 メルは勿論オーグが元男なんて知らない。

 もしオーグの正体を教えたらどんな顔をするだろう。

 悪逆の王オーグと知れば騙されたと幻滅する?

 オーグは過去は変えられないと承知しながらも、このメルの純真は裏切れないなと心に誓った。


 「そろそろ屋敷に到着するであります」

 「えーどこどこ?」


 オーグは窓から外の様子を覗った。

 しかし窓の外はぶどう畑がどこまでも広がるばかりだ。

 ガドウィン家が莫大な領地でぶどう栽培をしているのはこの辺りでは有名で、この地から産出されるワインは各地に出荷される程品質も良いとされている。

 しかし屋敷なんて見当たらない、やがて馬車は鉄の柵で覆われた門の前で停車する。

 なんで関所? と疑問に思うが、関所の前にいた兵士たちは何かを確かめると、直ぐに大きな鉄の門を開いて、馬車を中へと招いた。


 「ほら、アレであります!」


 メルが身体を乗り出し、窓から指差した。

 とんでもなく広い庭を越えた先に、屋敷はあった。

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