第10話 冒険の帰り道は

 空が夕焼け色に染まる頃。一行は森を抜けて城塞都市メメントへと向かっていた。

 メルの背中では安らかな寝息を立てるエルフの少女が胸を揺らしている。


 「お頭代わるわよ」

 「いえいえ、これも騎士の務めでありますから!」


 疲労で言えばメルも同様だが、メルはめげない挫けない。

 だがリンは決してメルの疲れを労ったのではない。

 むしろその表情はメルに殺気さえ向けている気がする物だった。


 「欲情したら殺すから」

 「そんな事しないであります! お願いですから、その短刀隠して!」


 異常に過保護なリンはお頭がメルに連れて行かれたと聞いた時、どんな顔をしただろう。

 分かっている事は、こうしてお頭の無事を確認して安堵している事だが、決してメルに心を許しているわけではない。

 むしろなんて役得を、なんて表情には出さないが、メルを身震いさせるには十分だ。


 「しかし魔女殿を随分慕っておられるのですね……ちょっと意外であります」


 リンは指摘されると目を細めた。

 メルは彼女やオーグが元龍のキバの構成員である事は知らない。

 ただ魔女殿がこんなに慕われているなら、心配も杞憂だったのかと、そう思ったのだ。


 「お頭は色々心配、失うことは怖い」

 「失うことは怖いでありますか、それは同意します。私も初めて魔女殿を全力で護らねばと痛感しました」


 魔女殿の事は噂レベルでしか知らない。

 黒い噂を数々持っていて、冒険者には彼女を嫌うものは数多い。

 けれど実際に一緒に冒険してみたら、なんと素晴らしい人かと実感した。

 噂はただ彼女に対する嫌がらせ、風評被害だったようだ。メルはそんな魔女殿に安堵する。


 メルの為に命を掛けられる魔女殿が、本当に噂の通りなのか。

 違う。断じて。だからこそメルは男として魔女殿を護って見せねば、男が廃る。

 心にんいか熱い火が灯る。メルはオーグは落ちないように気を付けながら、歩くのにも気合を込めた。


 「ところで何故魔女殿をお頭と?」

 「……お頭はお頭だから」


 リンは顔を真っ赤にすると、そっぽを向いた。

 照れている? リン殿も猫様のようで愛らしいなとメルは思う。

 リンは気付いてなかったが、お頭に尋常ではない情愛を抱いていて、もはやそれは単なる仲間関係を逸脱するもの。

 元々親子のような間柄だったが、お頭が死んでピンク髪のメスガキエルフ女になってから、情が歪んでいた。

 押せば簡単に押し倒せて、声も甲高く、リンにとって初めてお頭を力技でどうにでも出来る事は衝撃的であった。

 ならばそんなか弱いお頭を守らないと、保護欲はそんな所から育っていたのだ。

 とはいえ偏執的な愛し方と言ってしまえばそれまでで、お頭には隠しているつもりだが。


 「ならば私も魔女殿をこれからはお頭殿と」

 「それは駄目、絶対」

 「ええ! どうしてであります?」

 「もし呼んだら、お前のあそこ以外切り刻む」

 「あそこってどこでありますか!」


 リンはあえて何も言わない。

 恐怖させれば下手なことはしないだろう。

 とはいえ口元を隠す布越しにも、リンは少しだけムスッとしていた。

 まるで小姑のように。


 「次お頭を冒険に連れて行くなら必ず私を通すこと」

 「リン殿も来てくれるでありますか? だとすれば心強い」


 お頭はお前にはやらんという意味だったのだが、この天然ボーイは気づいてくれなかった。

 皮肉も通用しないし、口の悪いお頭と相性が良い訳だ。

 実力はリンから見てもクソ雑魚ナメクジ、勇気と根性だけが取り柄だ。

 お頭がそんなお馬鹿な子分を放っておく訳がない……だからズルい。

 そう、これは嫉妬だ。醜い女の嫉妬。


 「そう、お頭は私がいないと駄目なの」

 「そんなことは……無鉄砲ではありますが、魔女殿は立派な方と」

 「知った口を……!」


 やっぱり気に入らない。リンはメルが気に食わない。

 リンよりも年下で情けないのに、男気だけは龍のキバの馬鹿どもよりよっぽどある。

 なによりお頭がメルを気に入ったというのが最も気に食わない。

 お頭にはリンだけがいれば良いの。口が裂けても言えないが。


 「ともかく未熟の至り、痛感しました。もっともっと強くならねば」

 「そうね、今の貴方、街の裏に出たら五分と生きていないでしょうね」

 「そ、それは言い過ぎでは? では?」


 ちょっと自信がない。メルは不安がる。

 リンは脅しつけて、ざまあみろと舌を出した。


 「ん……仲良くしろよ……子分、ども……くぅ」


 不意にオーグが寝言を呟いた。

 それを聞いたメルは思わず噴き出してしまった。


 「ぷふ! あはは、勿論であります」

 「お頭の命令だものね」


 結局はオーグの前では全て筒抜けなのかも知れない。

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