第三章 波の乙女

第11話 新しい店員とカツサンド

 カランカラン。


 ベンの店の来客を知らせるベルが鳴った。

 いつものように店に来たのは小さい癖に巨乳なメスガキエルフと、鼻から下を布で隠した褐色肌の少女だ。

 今日は後ろに白銀の鎧を纏った少年騎士も連れていた。


 「あっ、いらっしゃいませー、三名様ですかー?」

 「あぁ、いつもの……あん?」


 いつもの気弱なベンの情けない声じゃない。

 ハッキリした笑顔の金髪ウエイトレス女性の声だった。

 オーグは思いも寄らない人物に面を食らうと、金髪ウエイトレスは笑顔で案内する。


 「こちらのテーブル席へどうぞ。注文が決まりましたらそちらのベルを鳴らしてくださいませ」


 三人、とりわけオーグの視線は金髪ウエイトレスに注がれた。

 人族のありふれた普通の女性、ちょっと標準よりは美人だが、超は付かない。

 まあそんな身なりよりもだ。


 「なんでベンの店に女がいやがる?」

 「アルバイトですよ、アルバイト! 見てわかりません? 最近忙しいんです」


 いつもの顔馴染みが現れると、ちっとも店主の貫禄が付かないベンがやってきた。

 ベンは疲れ顔で周囲を指す。オーグは周囲を見渡すと、テーブルの七割が埋まっていた。


 「あれ? そういえば客増えたなー」

 「おかげで人手が足りないんです……アルバイトを雇わないと体が持ちませんよ」

 「ガリ勉にはもったいない良い女だな」

 「流石にそれは言い過ぎでは?」


 いくらベンでもこれ位の恋愛はいいんじゃないか、メルは苦笑いだ。

 ぐぬぬ、言わせておけばと力こぶを作るベン。

 気がつけばベン自身も身体が大きくなったか?

 オーグは改めてウェイトレスと店長を見比べる。

 ウェイトレスは活発で明るく走り回っている。ベンは陰気で覇気もない。

 月とスッポン――は言い過ぎかも知れないが、やはり似合わないなとオーグは首を振る。


 「店長ー! オーダーです!」

 「はい、ただいまー!」


 ベンはウェイトレスに呼ばれると急いでに厨房に戻った。

 二人はまるで独楽鼠こまねずみが踊るかのように、大忙しだ。

 少し前までは客も少なくいつ潰れてもおかしくない店だったのに、とオーグは顎に手を当てながら思う。


 「ベンにも経営手腕はあったのかねー?」

 「多分、需要と供給だと思う」


 リンは感情を持つこともなく言い切った。

 需要と供給、そう街は急速に発展し、その反動で人口は激増。

 結果としてベンの店にまで客が集まり始めたということだろう。


 「ベンの店の味だって、特別美味うまい訳でもねぇーのになぁ」

 「あはは、その割に一度も残したことがないであります」

 「残すのは主義じゃないんでね」


 オーグはそう言うと胸を張った。

 すっかりベンの店の常連になったが、この店の味はなんだかんだ気に入っているのかも知れない。


 「とりあえずまあ飯だな。お前らは何食べる?」

 「パンとサラダで良い」

 「リン殿はそれでよく身体が保つでありますな?」

 「食べ過ぎると動きが鈍るわ、そういうメルは?」

 「私はハンバーグランチを」

 「子供ね」

 「お前ら喧嘩すんな」


 リンとメル、二人は相性が悪いのか。どうもリンがメルを敵視している気がする。

 子分共が揉める等龍のキバ時代は日常茶飯事だったとはいえ、リンからというのは珍しい。

 リンはあまり人と慣れず、猫のように気まぐれなところがあるが、メルに対してだけどうして辛辣なのか、それがオーグには理解できない。

 まさかそのオーグ自身が原因とは露とも知らず、オーグは手をこまねいていた。


 「別に喧嘩なんて」

 「まあまあ、ずは食事! ですよね魔女殿?」

 「うむ、俺様は腹に入れば何でもいい」

 「うー」


 リンはやはり不満のようだ。

 オーグは呼び鈴を鳴らすと、直ぐにあの金髪ウエイトレスが駆け寄ってきた。


 「はい、ご注文は」

 「パンとサラダ、ハンバーグランチと、なんか適当な肉!」

 「て、適当って……」


 メルは思わず困ったように苦笑する。

 オーグの大雑把さここに炸裂、金髪ウエイトレスは思わずクスクスと大人の笑顔を浮かべた。


 「畏まりました。少々お待ち下さい」


 金髪ウエイトレスは軽く会釈すると直ぐに厨房へと向かった。

 オーグは注文を終えると、テーブルに突っ伏す。それなりに疲れているようだ。


 「魔女殿、はしたないでありますよ」

 「別に良いだろう〜? 疲れたんだもん」


 まるで見られても平気と、羞恥心の無いオーグはそう言って、上体を持ち上げると、胸を手で持ち上げた。


 「つか、重いんだよな胸って……」

 「あ、あの……こんな場所でそのようなは、破廉恥はれんちなことは」

 「……っ、見ちゃダメ」


 リンは直ぐにメルの視界を手で覆った。

 オーグの破廉恥な姿など絶対に見せてはいけないと、断固たる決意だ。

 一方そんな初心うぶな反応をするメルにオーグはケタケタ腹を抱えて笑う。


 「なに想像してるの♥ 変態変態〜♥」

 「そ、想像……」

 「想像もするな」


 リンはキュッとメルの首を絞めると、メルは顔を青くして気絶した。

 流石にオーグも驚いてしまうが、リンは「汚物は消毒するべきね」と悪びれない。

 やはり相性が悪い、そう思える二人だった。


 「お待たせしましたっ、て……あら?」


 金髪ウエイトレスは皿を両手に載せて料理を運んできた。

 だがぐったりしているメルを見て首を傾げる。


 「このお客さん、どうしたの?」

 「その内目を覚ますだろうさ」

 「うん? 疲れているのかしら? まぁいいけど」


 金髪ウエイトレスもそこまで客に追及はしていられない。出来上がった料理は次々と、手早くテーブルに並べられていった。


 「料理に間違いはございませんか?」

 「あぁ、ありがとうな」

 「いえいえ、これがお仕事ですから」


 そう言うとウエイトレスは別のテーブルの呼び鈴に従い、笑顔でそちらに向かった。

 改めてその背中を追って、「良く出来た娘だな」と呟いてしまう。


 「うーん、眠っていたでありますか?」

 「あぁおはよう。ご飯だぞー」

 「わーい、ハンバーグランチでありますー」


 よっぽど好きなのかハンバーグランチ、大喜びな少年騎士に確かに子供っぽいな苦笑する。

 オーグはそんな子供っぽいメルも、大人振るリンも、どちらも子供でしかない。

 結局はどんぐりの背比べだ。どっちが上じゃない。


 「魔女殿の料理、なにやら見慣れないでありますな。サンドのようですが?」


 メルはオーグの皿を見ると興味があるようだ。

 オーグはそんなサンドを掴むと、真っ白いパンに茶色い衣を纏った揚げ物が挟まれている。

 健康を考慮したのか、千切りされた葉野菜もトッピングされていた。

 「はむ」オーグは小さな口で噛み付くと、目を瞬かせた。


 「うまーい! サクサクの衣に中はジューシーな肉! 油を吸収した野菜とパンの相性もまた良く、これはパン料理の革命だー!」

 「凄い饒舌じょうぜつであります……そんなに美味しいなら、私も是非ぜひ一口……」


 物凄く物欲しそうなメルに、オーグはニンマリ笑った。


 「親分の物を欲しがるたぁ良い度胸だ。だが今回は特別に、一切れくれてやろう!」

 「ははーっ! 恐悦の極みであります!」

 「……馬鹿ばっか」

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