第9話 半人前のメルとオーグ

 「これで二十!」


 メルの白銀剣が魔物を切り裂く。

 森を探索して既に数時間、メルにも疲労の色が見えたが、一先ず依頼達成に顔を緩めていた。


 「依頼完了か」

 「はいであります。倒した魔物の種類はギルドに報告する義務があるであります」


 面倒だが報酬を得るには事務仕事も熟さなければいけないのか。

 やっぱり実入りは盗賊の方が手早いな。

 とはいえ安全を担保されている冒険者と、常に危険な盗賊が比べる対象にはならない事は理解している。


 「まっ、即席パーティにしちゃ、上出来だろう」

 「そう言ってもらえると私も嬉しいであります!」


 どっちかというと、オーグがメルを引っ張っていた感はあるが、兎も角二人は明確にこのパーティが良かったと実感している。

 オーグにとっても、初めての冒険者稼業は新鮮であった。


 「さあ帰るまでが冒険であります。元気にー」

 「……いや、ちょっと待て!」


 ふえっ? と気の抜けた表情を浮かべるメル。

 オーグは長耳に小さな手を当て、なにか音を探っている。


 「この音……以前にも……大きい! だが、どこだ?」

 「音って……魔物でありますか?」


 オーグは即断即決で走り出した。

 慌ててメルは重たい鎧を引きずって追いかける。


 「ど、どうしたであります!」

 「正体の分からない相手なんかしてられないでしょ! サービス残業はゴメンだわ!」


 言葉にはまだ余裕がある。自分の女言葉を使う違和感に気づける様子はないが。

 オーグは苛立っていた。長耳が捉えた異音が遠ざからない。

 追われている! けれど後ろを振り返っても音の正体は何故か見えない。

 どこだ? どこにいる?

 このノイズの正体は!


 「影……? 上でありますっ!」

 「なっ!」


 頭上だった。二人に巨大な影が差すと、何かが目の前に降ってきた。

 二人が見上げる程の巨体、そして細長い八本の足。

 八つの赤い眼は二人を捉えていた。


 「大きい! ウッドスパイダーであります!」

 「ち、音の正体……ここまでデカいとは!」


 木々に擬態ぎたいする巨大な蜘蛛ウッドスパイダーは二人を見下ろし、牙を剥く。

 大きな前足を振り上げると、オーグに向けて振り下ろした。


 「危なっ!」


 オーグは間一髪避けるが、ウッドスパイダーの前足攻撃は地面を砕く一撃だ。

 思わず悪寒が走る。直撃すればメスガキエルフの軟肉なぞ容易く串刺しだろう。


 「魔女殿ーっ! この!」


 メルは直ぐに白銀剣でウッドスパイダーに斬りかかった。

 前足を狙い渾身の力で振り抜くと、ウッドスパイダーの足が切り落とされた。


 「ッシャア!」


 ウッドスパイダーは怒り狂い、照準をメルに合わせた。

 脚で周囲をぎ払う。巨体から繰り出される暴威はメルを弾き飛ばした!


 「うわあぁぁぁ!」


 メルは背中から倒れると、辛い顔で必死に立ち上がった。

 疲労で動きに精彩を欠いている。それでもメルは懸命に歯を食いしばった。


 「メル、無理はするな!」

 「無理ではありません! このメルヴィック、白銀の鎧に誓って、魔女殿をお護りするでありますっ!」

 

 啖呵を切ったメルは白銀剣を構え、この強大な魔物相手にも一歩も引かない構えだ。

 それはメルの鋼のような騎士道精神だった。

 これだけは断固として譲れない物が男にはある。それがメルにとっては騎士道なのだ。

 だがウッドスパイダーに、騎士道など通じない。

 ウッドスパイダーは確実にメルを仕留める為に、脚を振り上げた。


 「舐めるなよ怪物!」


 ウッドスパイダーとメルの一騎打ちだ。

 ウッドスパイダーは突き殺さんと、重量任せに前足をメルに突き刺す!

 だがメルは歯を食いしばって、白銀の鎧に命を預けた。

 白銀の鎧はそんじょそこらの市販の鎧とはなにもかも違う。

 ガドウィン家の象徴である白銀剣と白銀の鎧。

 それを纏って負けることなど許されない。その美しい白き輝きは人々を守る為にあるのだから。


 「く、あぁぁぁ!」


 白銀の鎧はウッドスパイダーの攻撃でも貫けない!

 だが、体重差はメルが不利、彼は必死に足を踏ん張りながら白銀剣を脚に振るう!

 ウッドスパイダーは構わなかった。多少の攻撃など通じないのだから、ここでメルを仕留めんと地面に縫い付けるように足を押し当てた。


 「う! ぐあ……ま、まだまだぁ……!」


 メルの闘志はまだ衰えない。だがもう体力はどう考えてもそこが限界だ。

 オーグはもう見てられなかった。だからこそウッドスパイダーに仕掛ける!


 「くっ! こっちだ蜘蛛野郎ー!」


 オーグは回り込むと、石礫を投げつけた。

 殆どダメージにはなっていないが、ウッドスパイダーの複眼はギョロリとこの女エルフを瞳に映す。

 肉食のウッドスパイダーにとって、女エルフの肉は柔らかく極上であろう。

 ウッドスパイダーの興味はもはやメルにはない。ただちにオーグに注がれた。


 「魔女殿ーっ! 無茶であります! ヘイトコントロールは私が!」

 「メルお前は良い男だよ。誇っていい……だけどな。俺様にだって譲れないもんがあるんだよっ!」


 メルの体はすでに限界、ボロボロでかろうじて全身を守る白銀の鎧が一命を取り留めているが、既に反撃する余力すらないではないか。そんな奴に任せていられない。

 オーグの身体は恐怖に震えていた。

 それもそうだ。どう考えても敵いっこない。魔法も満足に扱えないオーグには手に余る強敵だ。

 だがオーグはそれでも子分を見捨てるような選択肢は絶対にありえない。


 「俺様は欲張りグリードなんだ! 俺様の子分に手ぇ出して覚悟は出来てんだろうなボケナスがあ!」


 ウッドスパイダーはそんな意見お構いなし。ただ欲望に忠実に従い脚を振り下ろす。今度こそ串刺しだ。

 ガタガタ震えるオーグは情けないだろうか?

 これで死ねば無駄死にも良いところ、事実情けないだろう。

 だが一度死の定めを受けたオーグは、誰よりも死に抗うぞ。生きたいという生存欲求は誰よりも強いのだから。

 マナを全身から吸収する。ありったけのMP魔力が注がれていく。

 しかし間に合わない! ウッドスパイダーの脚がオーグを貫くのか!?


 「フッ!」


 だが違う! その瞬間を、色付きの風を目にした者はいるか!

 ウッドスパイダーの胴体に三本の短刀が突き刺さった。

 ウッドスパイダーは声にならない絶叫を上げ、脚がオーグを逸れた。


 「な、なんでリンが?」


 オーグは驚愕した。木々を山猫のしなやかさで飛び渡り、ウッドスパイダーの頭上から無慈悲に攻撃を加えるリン。

 リンは周囲を一瞥して、短く言った。


 「状況判断」


 と言っているが、真実はベンの店でメルと一緒に冒険に行ったと聞き、殺気の籠った顔で冒険者ギルドに向かったのだ。

 そのままリンはお頭の向かった先を聞き込み、全速力で急行。

 こうして現場に間に合ったという訳だ。


 「兎に角ラッキーだぜ! はあぁぁ……!」


 おかげで充分な魔力を練ることが出来た。

 オーグは逆巻く超自然の風を纏いながら、翠星石の瞳を輝かせる。

 勝利の確信のような物がオーグを笑わせていた。


 震えもない。高揚が恐怖を上回った。

 杖の先端に魔力が集中、後は詠唱する叫ぶだけだ!


 「これで終わりだ! ブリザード!!」


 出し惜しみはしない。子分を痛めつけたクソ野郎に引導を渡す為に。

 超自然の冷気は周囲を銀世界に染め上げ、さながら氷の精霊が舞うかのようだった。

 ウッドスパイダーは足元から凍結していき、それはものの数秒で完全に凍りつく。

 その最期は、氷の精霊がそっと吹いた息吹だ。優しくしかし冷酷な吐息の衝撃に、ウッドスパイダーは粉々に砕け散った。


 「すごい……これをお頭が?」

 「はあ、はあ……あう」


 しかし代償もまた大きい。リンが驚くのも無理はない大魔法だったが、その反動はオーグを苛む。

 前のめりに倒れかかるオーグに、すかさずメルが間一髪抱きかかえた。


 「面目ないであります。また助けられるとは」

 「イヒヒ、まだまだ半人前ってこった……お互い様、な」


 MP切れ、心地よい倦怠感けんたいかんの中でオーグは安らかに気絶した。

 大人しくなったオーグの姿は美しくそして愛らしい。

 まるで絵本から飛び出してきた妖精郷の姫君ティターニアのようだ。


 「クス、はい……まだまだ半人前であります。だから魔女殿……どうかこれからも私をお導きくださいませ」

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