第8話 頑張るであります!

超自然の猛吹雪は夏の暑ささえ無視して、森を凍りつかせた。

 その威力の凄まじさはオーグの肉体が如何いかに高い魔力を貯蔵出来るかの証明であった。

 だが頭上の太陽がもたらす熱は、じわじわと森を熱して、周辺は蒸し風呂状態だった。


 なんとかオーグは体を動かせるまで回復すると、すっかり森は元通りになった。


 「うーん、びっくりして周りから魔物がいなくなっちまったな」


 いきなり死をもたらす風が襲ってくれば、魔物でさえもその場から逃げ出すのは無理もない。

 オーグは長耳で生物の気配を探るも、すっかり生き物の気配はない。

 獣や鳥でさえなのだから、改めて規格外の力である。


 「うー、鎧の中はすであります」

 「暑いなら脱いだら?」

 「なんの! 白銀の鎧に誓い、この鎧は脱がないでありますっ!」


 そのせいで倒れられたら誰が、メルを救助するのだろう?

 少なくともオーグにその気は更々ない。意外と薄情だ。


 「逆に魔女殿は軽装でありますな。鎖帷子位は装備するべきでは?」

 「あー、慣れないんだよな、装備って」


 元々、龍のキバの頭領であるオーグは、身体の大きさも災いし、蛮族同然の装備しか出來なかった。

 腰蓑さえあれば問題なかったし、あまり見られる羞恥心もなかったから、改めてオーグは自分の格好を見る。

 胸元が開けた漆黒の魔法使いの服は軽く扇情的だ。

 機能的に考えれば、効率よくマナを吸い取る為なのだが、メルからすれば目のやり場に困るのだろう。

 魔法使いらしくローブで身を隠せば良いのかとも考えるが、なんだか気が乗らない。

 元々男だという事もあって、あまり恥じらいがないというのも、純情なメルには毒であろう。


 「兎に角後十四匹、頑張って討伐するであります!」


 おーっ、と元気に拳を振り上げるメル。

 体育会系のノリはオーグにも波長が合う。


 「そうだなっ、終わったら宴会だ!」

 「いいでありますな! その際は是非誘っていただきたいであります!」

 「何言ってんだ? 当たり前だろ、もうお前は仲間なんだから」


 オーグは恐らく気付いていない。メルは少しだけ驚いた。

 仲間、当たり前といえば当たり前だが、オーグのそれは頭領と子分のそれであり、メルを子分ファミリーと認めたのだ。

 メルからすれば意外な事、魔女殿はもっと人を寄せ付けないお方なのだ、そんな先入観さえあった。

 実際ミステリアスと言うべきか、彼女の問いかけは意味深で、素人の振りをしているようにも思え、いざスライムへの適切な処置、冒険者としての含蓄がんちくは目を見張る物がある。

 オーグは勿論もちろん天然で、計画性等あるはずもないのだが、猜疑心の欠片もないメルだからこそ騙せているのだろう。


 「ん、むこうに気配があるぞ」


 オーグは長耳を音のする方向に向けた。

 エルフ族の聴力の高さは、斥候スカウト向きである。

 メルはオーグを守るように盾となる覚悟をより一層高めると歩きだした。


 「やはり人族とは違うでありますなー。話では聞いていたでありますが、やはり目や耳が良い」

 「そっかー? でもエルフは腕力がない。骨も弱いな、カルシウム不足だ」


 種族ごとにある程度差はあるが、人族はバランスの取れた種族だと言われ、エルフは長命で魔力敏捷性に優れた種族と言われる。

 オーグは生前エルフと何度も小規模な戦争をしていたから、エルフ族の貧弱さは良く知っている。

 とはいえこのメスガキエルフの身体はそれ以下だが。

 ゴブリンにも劣るとは、本人も目眩がする思いだ。


 「ん? 止まれ」

 「えっ? 一体どうしたであります?」

 「この音妙だな……小さい? いやなんか違う……兎に角だ! 周囲に警戒しろ!」

 「りょ、了解でありますっ!」


 オーグはまだエルフ族の身体に慣れきっていない。

 その小さく柔らかい身体の本来の力は到底引き出せないだろう。

 特にその長耳の聴力は優れた音響レーダーだが、まだ使い熟しているとはいえない状況だった。


 (音がなくなった……どんな魔物が潜んでやがる?)


 音はゴブリンならザクザクと小気味よく歩き、スライムならズズズと這いずるような音だ。

 だが先程捉えた音は僅かに大きな揺れの音を出したように思えたが、不自然な程静かだった。

 もしかしたら強風と誤認したのかもしれない。

 あるいは腐りかけた巨木がなにかの拍子に折れたのかも。

 オーグは直感こそ大切にしているが、疑心暗鬼は好まない。

 今は依頼の方に集中しよう。


 「魔物! いたであります!」


 メルが雑木林から飛び出す魔物を発見する。

 頭に鋭利な角を生やしたウサギ、ホーンラビットだ。

 この種は草食性で危険度は低いが、農作物を荒らすから、冒険者に駆除の依頼をされる事が多い事で知られている。

 とはいえはそんなに危険ではない、が上位種になると話は別だ。

 メルはその愛らしい姿にうっ、と少しだけ良心が痛んだ。


 「おい、油断するな?」


 一方オーグはメルを叱咤する。

 オーグはこの愛らしい角ウサギに極めて警戒していた。


 「ッ!」


 ホーンラビットは前屈みになり、角をメルに向ける。

 間合いはやや遠い、オーグは舌打ちした。


 「避けろ! 今すぐだ!」

 「えっ!」


 ホーンラビットは一瞬バチバチと額の角に帯電すると、角から放電する。

 メルは咄嗟にその場から飛び退いた。

 だが避けきれない。鎧に電気が通電する!


 「あぐっ!」

 「やっぱり上位種か!」


 これはホーンラビットではなくサンダーラビット。

 だがその見た目は魔物博士でもなければ見分けはつかないだろう。

 数少ない両種の違いといえば、サンダーラビットの方がやや好戦的なのだ。

 過去にオーグもこいつに一度にやられた経験があったから、嫌な予感を拭えなかったのだ。

 サンダーラビットはその隙に林の中へと逃げ出した。


 「ちょ、ちょっとビリビリするであります〜」

 「まあ幸いアイツの電撃は殺す程の威力はない。そもそもサンダーラビットも草食だしな」


 とはいえ草むらに逃げられたら追うのは難しいか。

 もう少し手頃な魔物を中心に数を熟したい所だ。

 鬱蒼とした茂、不意に後ろから気配がした。


 「む? ギリギリか?」


 ギリギリと言われたのは巨大なバッタの魔物だ。

 ギリギリには二種類確認されているが、緑色の単独種と、茶色の群体種だ。

 こちらは緑の安全な方、とはいえ雑食で体長は一メートル近く。全長なら三メートルはあるだろうか。

 油断すれば人とて捕食する危険な魔物だが、メルは今度こそやるぞと気合を込める。痺れる身体を動かしてギリギリの前に出た。

 ギリギリは三角の口を開き威嚇する。


 「ギィギィ」

 「負けないでありますっ」


 メルは剣を構える。オーグは後ろから見守った。

 ギリギリの大きな後脚は人族の骨を折るのも容易い凶悪な武器だ。

 百年に一度この種は大量発生して、この世界に蝗害こうがいをもたらす。

 ローカストキングの伝説は、かつて世界中の作物を食い荒らしこの世界を滅ぼしかけたという程だ。


 「もう油断はしないであります! ていやー!」


 メルは白銀剣を強く握り込み、ギリギリに振り下ろした。

 ギリギリの頭部に剣は食い込むと、ギリギリは暴れて抵抗する。


 「う、わ!?」

 「せえの!」


 すかさずオーグは手頃にあった石を両手で握り、ギリギリの頭部に叩きつける!

 数度叩きつけると、ギリギリは頭部がぼとりと落ちるが、ギリギリはまだ死んでいない。


 「う、動いているであります。狂ったように」

 「とはいえ口が無けりゃ飢えて死ぬ。あと数十分の命だ」

 「少し憐れでもありますな」

 「虫も放っておけば害になるわ。だから駆除対処なんでしょ? 後十三」


 オーグは極めてドライに言い切ると、直ぐに次の魔物の気配を探す。

 メルも頭では理解はしている。だが実戦経験が圧倒的に不足していた。

 無理もない。オーグのように生きるために盗賊になり、その身だけで生きてきたのと違い、メルは貴族の三男坊だ。

 マニュアル通りの動きこそ完璧だが、冒険には想定外がいくらでもある。

 想像力が欠如した奴から死んでいく。そんな格言が冒険者にはあるらしいが、道理だなとオーグは思った。

 メルを見れば、なんと危ういか。

 二人で力を合わせなければ、こんな簡単な依頼でも何度か危ない場面があった。


 「メル、お前なんで冒険者になったんだ?」

 「強くなる為であります魔女殿」

 「強くなるって、それなら冒険者にならなくても騎士団に入るとか」

 「私は、人として男として強くなりたいであります! 冒険者は己を男として強くしてくれると信じているであります!」


 なるほど、さっぱり理解できない理論だが、メルなりに考えているのだな。

 冒険者として経験を積んでいけば、確かに強くなるかも知れない、けれど。


 (方向性がなにか間違っているようなー?)


 気にしたら負けなのだろう。

 オーグもそれ以上は考えないようにした。

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