第14話 日本列島改造論

 佐藤栄作内閣の田中角栄が大臣に就任して早々に報道陣に向けて放った。


「これからは日本列島改造です。各地を新幹線と高速道路で結ぶことが止まらぬ成長の土台になります。もちろん、飛行機や船、在来線も疎かにしません。とにかく、日本中に交通網を張り巡らす」


 第三次佐藤栄作内閣は高度経済成長の波に乗っている。日本の爆発的な経済成長を象徴するように東海道新幹線が開業すると、日本各地に新幹線を整備する機運が高まり、田中角栄大臣は待っていましたと言わんばかりに「日本列島改造」を発表した。


「ヒト、モノ、カネを動かすには交通網の整備が不可欠です。私は東海道新幹線と山陽新幹線に加えて北は北海道から南は鹿児島まで整備したい。1本だけでなく何本も通しましょう」


 田中角栄のスピーチは圧巻に尽きる。記者たちはポカンと口を開けた。高度経済成長を糧に交通網を整備することは予想できる。東海道新幹線(東京~新大阪)と山陽新幹線(新大阪~岡山、博多まで延伸の工事中)に限らなかった。北海道新幹線、東北新幹線、常磐新幹線、秋田新幹線(仙台~秋田)、上越新幹線、北陸新幹線、山陰新幹線、紀勢新幹線、四国新幹線、九州新幹線、成田新幹線、等々の大規模な新幹線整備計画を打ち上げた。


 この中で数個や部分的な整備が決定的である。


 一部は便宜的な名称であることに留意いただきたい。


「私は日本中の家庭に団らんの笑い声があふれ、年寄りがやすらぎの余生を送り、青年の目に希望の光が輝やく社会をつくりあげたい。そのために鉄道の新規建設と維持は高速道路と一体的に行うべきと考えます」


「時代は自動車に移りつつありますが…」


「おっしゃる通りです。よくわかっている」


 我慢できなかった記者が質問を飛ばした。現在の日本は軍用を民間に払い下げられたことを発端に国民自動車が浸透しつつある。各社が庶民の手が届く自動車を志向した。政府も高速道路と一般道路の整備を強引に進める。それも田中角栄の大臣就任から爆発的に加速した。


 このような状況から鉄道網を一層に広げることは非効率的と言われる。現に国鉄の採算の取れない赤字路線の整備が始まった。全国各地の在来線の中でも特に酷い路線の廃止が濃厚である。彼は残すべきと主張するが、国鉄は抱えきれなかった。本当に再建の余地も無い鉄道路線は転換か廃止を認める。その代替に新幹線の整備を邁進することを引き出した。


 国民の移動が自動車と道路に移行しても、鉄道の重要性は変わらないと反論する。旅客輸送が減った分を貨物輸送に振り替えた。日本は国防の観点からも貨物輸送を重視する。日本軍の装備品を安く・早く・多く運ぶために貨物輸送が有用だ。戦車や装甲車、火砲など重量物は、貨物輸送がコストパフォーマンスに優れる。


「そのような整備を進めると、物価が高騰するのでは」


「なるほど。それは十分にあり得る話です。私も経済を隅々まで目を通して未来を予測することはできません。これは世界の動きも踏まえて入念に検討しなければなりません。国民の皆様の生活を豊かにするはずが、苦しくなっては本末転倒であります」


 田中角栄という政治家は日本人の生活を一変させる。この確固たる信念を有した。物価高騰の危険性を指摘されても無理に反論しない。物価対策は世界情勢も含めて入念に練ることを宣言した。そのために大蔵省上がりの福田赳夫を起用するらしいが、福田は田中の日本列島改造を批判するため、政治通からは見せかけのパフォーマンスと厳しい声が与えられる。


「皆さんが身を粉にして働いても得られる金は少ない! そんな地方があってたまりますか! この日本列島改造は都会と地方の格差を是正します! 日本全体が豊かになることが一番じゃありませんか!」


 この場は選挙演説でないが気迫のスピーチに記者は沈黙した。新幹線と高速道路、橋の整備などの日本列島改造は狂気的な人気を博す。史実と決定的に違うことは、高度経済成長は継続中、戦勝国の高待遇、中東に対する絶大な影響力が挙げられた。


 田中角栄が日本列島改造を推進する理由は自身の故郷など地方の貧困問題が大きい。地方と都会の格差は開くばかりである。貧困問題は喫緊の課題と言えた。地方が等しく豊かになることを人生の目標に定める。そこで、鉄道と自動車、船、飛行機の交通網を整備した。地方と都会に限らない全国各地を結ぶ。日本全国が等しく豊かになる。


 日本列島改造の持論が無くても、東北新幹線(東京~青森)、成田新幹線は決定的だ。東北新幹線はともかく成田新幹線は新空港に期待される新東京国際空港のアクセスを担う。飛行機は日本陸海軍の航空基地を転用しても逼迫し始めた。諸外国との国際路線が拡大するに伴い、東京国際空港(羽田空港)の拡張を諦め、新しく大空港を建設している。


「自動車と高速道路も結構、飛行機と空港も結構、港と船も結構じゃありませんか。鉄道だけ、自動車だけ、飛行機だけ、船だけの一本絞りがいけないんです。全部を一緒くたにして、相互に補い合いましょう」


 日本列島改造が適用されて上越新幹線が有力となる。青函トンネル開業後に北海道新幹線が予定された。北陸をグルっと回って大阪に至る北陸新幹線の構想が生まれる。山陽新幹線と直通する九州新幹線が希望された。


 さらに、海軍都市の長崎へ至る西九州新幹線、日本海側を通る羽越新幹線、福島から山形を経由して秋田に向かう奥羽新幹線、東海道新幹線のバイパスの中央新幹線、福井と中京を結ぶ北陸・中京新幹線、山陰を通る山陰新幹線、岡山から松江の陰陽連絡の中国横断新幹線、本土連絡橋の目途が立ち次第に四国新幹線二種、追加の宮崎回りの九州新幹線、大分と熊本を結ぶ九州横断新幹線が計画される。


 もはや、新幹線だけでも大渋滞していた。


「金がかかることです。それでも、未来を生きる子供たちが笑って過ごせる社会を作りたい。その気持ちは誰もが共通する。だったら、こんな出費は痛くなかった」


 そんなこともないが、言わんとすることは理解できる。日本列島を改造することを通じて格差を是正したい。これを土台に未来を生きる若者が笑って生きていける世の中を作るのだ。


「いつか私が首相になった暁には必ず実現してみせます」


 最後に爆弾を投下した。佐藤栄作首相も限界が近いことを察している。第三次に突入した長期政権であるが、さすがに長すぎるという声が漏れ聞こえ、福田と田中の台頭により求心力も下がり始めた。佐藤内閣は幣原内閣、米内内閣、山本内閣と並ぶ程の高評価を得ている。しかし、長期政権になると余程のことが無い限り、終焉を迎えて当然だ。


 この日を境に日本中が日本列島改造に燃えて『日本列島改造論』と沸き上がる。


 そして、史実日本と違う驚異的な経済成長の維持に支えられた。


 後の田中角栄内閣に日本は再び生まれ変わる。

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戦後日本必勝論【不定期更新】 竹本田重郎  @neohebi

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