第13話 アジアにNATO規格は不要

 北大西洋条約機構のNATOは各国軍の武器はともかく弾薬を統一しようと試みた。武器は各国で自由に開発してもらって構わないが、弾薬は可能な限りで共通化したい。第二次世界大戦では各国で規格を共通化させることの利点が多く確認されていた。


 そこで、NATOは機関銃と自動小銃、拳銃などの弾薬規格を設定する。重機関銃については12.7×99mm弾、汎用機関銃と自動小銃は7.62mm×51mm弾、拳銃は9mm×19パラベラム弾が選択された。


 これら統一規格をNATOに浸透させると同時にアジア太平洋に侵攻を試みる。


 しかし、アジア太平洋の盟主はキッパリと断った。


「アジアの同盟軍にNATO規格は不要である。アジア太平洋規格に統一する」


=富士演習場=


 小気味いい射撃音が演習場を支配する。


「M60やFAMAG、MG3を弾までキッパリと断ったことは評価したい。やっぱり、国産に限る」


「6.5mmが威力不足だ何だ言う割に気になっているとの噂だな。あんな反動が強い機関銃は御免だろう」


 第二次世界大戦の教訓から日本軍も規格統一を進めた。アジア太平洋の盟主となった現在は独立間もない国々へ中古品を譲渡又は格安で売却している。教導の兵士を派遣して土台を築き上げた。そして、新しい自国製品を割安で輸出する。その際にアジア太平洋の軍隊で弾薬規格を統一した。NATO規格を門前払いの蹴りを見舞って日本軍の『アジア太平洋規格』を持ち出す。


 ただし、重機関銃と拳銃に関しては歴史的にNATOと共通した。重機関銃はM2の12.7mm弾を続投させる。拳銃も9mmパラベラム弾が続投して機関短銃も同様だ。これらは第二次世界大戦の頃からのため変更の余地がない。したがって、独自規格を持ち出したのは汎用機関銃と自動小銃の弾薬に絞られた。


「汎用機関銃は重たいのが欠点だからなぁ。九九式軽機を6.5mmに直した物を繋ぎにして、小口径の軽機関銃を模索しているってことも」


「そりゃありがたい。一人で一九式機関銃を持ち運ぶことは辛くてよ」


「本末転倒も良い経験になるさ。九九式は俺たちが教える国で現役も現役なんだ」


「九九式軽機は間違いなく傑作である」


 日本軍は戦後間近に開発した新式自動小銃用の短6.5mm弾を小改良の上で統一規格に定める。この6.5mm弾は7.62mm弾に比べて低威力であり、NATO規格が勝っていると挑発されたが、軽量の携行性に優れて移動時に邪魔にならない。反動も若干だがマイルドなため、日本兵や同盟諸国の兵士に適した。現在は各種の自動小銃、汎用機関銃、車載機銃で使用される。


 この中で汎用機関銃は便宜的に中機関銃と表現した。日本軍の汎用機関銃はドイツ軍のMG34とMG42に衝撃を受けて開発される。多用途に運用できる機関銃は汎用機関銃と呼ばれ、アメリカのM60、ベルギーのFN社MAG、ドイツのMG3、ソ連のPKが該当した。M60とMAGとMG3はNATO弾を使うため、日本に外交的な圧力をかけてみるが、大日本は戦勝国でアジアを代表して拒絶をキッパリと示した。


 むしろ、外交的な圧力を侵攻と表現して激烈に非難する。


「また世界大戦が起こったら、今度は前線の融通が利かない」


「その時はその時じゃないか? もしかしたら、今度はアメリカが敵かもしれない」


「無駄話はそこまでにしておけよ。銃声がかき消すからと油断するな」


「し、失礼いたしました」


「慎みます」


 機関銃と小銃の連射の生む音でかき消されていると油断した。近場まで来ていた先輩に軽く叱責された。しかし、先輩兵士もまたNATO規格については苦笑いで同意してくれる。彼は米軍や英軍などと合同訓練を行った経験を有した。NATO軍装備を体験して国産が一番だと理解する。


「戦車砲はやんわりだが銃器はキッパリと断る。アメリカに何と言われようと屈しなかった」


「やっぱり、アメリカさんは…」


「あぁ、アメリカはアメリカによる統治を望んでいる。それを日本がアジアの盟主として防いだ。それだけのことよ」


 話は戻る。


 汎用機関銃は軽機関銃を呑み込むかと思われた。実は汎用機関銃は汎用性に欠けている。12.7mmに比べて軽量でも、軽機関銃よりかは重量があり、ジャングルでは機動性に劣った。日本軍は第二次世界大戦で平地や砂漠で戦闘したが、アジアはジャングルなど良好な戦地は確保されず、アジア防衛にはジャングルに適した武器が欲せられる。


 汎用機関銃は皮肉なことに軽機関銃の復権を許した。弾薬はアジア太平洋規格の6.5mm弾だが、旧式の九九式軽機関銃が引っ張り出される。九九式軽機関銃を7.7mm弾から6.5mm弾に仕様を変更している。何も旧式を出さずとも新型を作ればよい。あいにく、新型軽機関銃の開発は数年を要した。中継ぎに優秀な軽機関銃を投入せざるを得ない。


 九九式は低品質の金属でも製造できる上に頑丈で故障しなかった。ZB-26軽機関銃の流れを汲んでいる。兵士が一人でも運用可能な軽便からジャングルの戦闘に適合した。プレス加工により安価で大量生産に向いていることも高く評価される。登場から20年以上も経過しているが仕様を変えて現役を務め上げた。


「それだからだ。フランスは独自製品と独自規格を採る。オランダとベルギーは一部に日本製を導入した。カナダとオーストラリアはアジア太平洋規格とNATO規格で迷う」


「戦車はどうするんです?」


「車載機銃の変更は直ぐにできることだ。現地でちゃちゃっと換装する」


「カナダとオーストラリアが迷っていることは初耳です」


 戦車砲はイギリスのオードナンスL7の105mm砲をやんわりと断った。その代わりに砲弾の規格は同じに努める。一方で小銃と機関銃は国産に拘った。NATO規格をキッパリと断る。この対応の差が逆に批判された。いいや、そもそも、アメリカが「アメリカによる統治」を押し立てることが間違いである。


 アジア太平洋規格とNATO規格に迷っている国々もいた。それはカナダやオーストラリアなど環太平洋に属する国や地域らしい。普通はアメリカを主としたNATOに従うところ、第二次世界大戦における日本軍との共闘、アメリカによる統治に対する反発、日本製に対する信頼感とサービスの良さが立ち塞がった。


「そりゃ日本製のお得意様だからな。セット料金で安く売ってるんじゃないか」


「商売が上手いもんで」


「政府は軍の商売を理解しているのか理解していないのか。これがわからん」


 陸海空の三軍の装備は日本の重要な輸出品のため、拡大するに越したことはないだろう。しかし、NATOという欧米に食い込むことは軋轢を生んだ。いわゆる、経済摩擦という国家間の対立を生じさせる。NATO規格を押し付けてくる時点で日米の貿易摩擦に突入していた。


 日本政府は米国に屈することなく突っぱねる。大日本はれっきとした戦勝国の常任理事国だった。圧倒的な海軍力と空軍力で太平洋の秩序を守るが、アメリカのように強権を振り回すことを慎み、皆で手を取り合って秩序を構築して維持する。陸軍力も増強を重ねて欧米諸国に負けなかった。政府と軍は衝突しがちだがNATO規格の押し付けを突っぱねたことは好評を以て受け入れられる。


「難儀だなぁ。馬鹿だから兵士になったので、俺にはわからねぇです」


「軍人があれやこれやと口を出すことでもない。我々は命令を受けて戦うだけで給料がもらえる。それに今は最前線でドンパチと撃ちあって、昨日の友が今日死ぬこともなくなった」


 彼らの先輩兵士は階級こそ低いが対ソ戦を経験した。


「ほらほら休憩は止めて訓練を再開するぞ。若いのが困っているじゃないか」


 軍の装備品を輸出するが、願わくば、戦争で使われることのないように。

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