第10話 新時代の海軍

1955年


 山本五十六内閣は山本首相の健康不安が囁かれ始めた。ここで、対抗馬である民主党の岸信介氏の組閣が確実視される。山本五十六首相も自身の病を理由に辞職を表明するが、最後に戦勝10年目を記念した大規模な陸上パレードと観艦式を開いた。10年と言う節目の年のため、イギリス、フランス、オランダ、ベルギー、アメリカと旧連合国の将校が来日する。


 大日本帝国陸海空の三軍がそれぞれ日程をずらし、第一日程に横須賀で海軍観艦式、第二日程で空軍旭日航空隊の曲芸飛行、第三日程で陸軍複合機甲師団の行進が予定された。世界でも類を見ない、大規模な戦勝式典に各国のマスメディアが殺到する。しかし、機密情報が漏れる危険性から、事前の許可制を構えており、WTOは門前払いした。一応は中立だがソ連は端からお断りする。


 第一日程の観艦式が行われる横須賀は大勢の市民が押し寄せた。最前列の特等席は政府と軍の関係者、来日した旧連合国軍人、建造に携わった人々が優先的に座った。海軍のパレードだが空母を擁するため、上空には国産の艦上ジェット戦闘機『震電』が編隊飛行を見せる。


 今日の日のために説明を丸暗記した女性士官が高らかに説いた。


「震電はセイバーやミグに負けないジェット戦闘機です。既にオーストラリア空軍やカナダ空軍でも採用され、太平洋の空を守るは我らの震電なのです。そして、母艦は太平洋に限らない、世界最強の空母『江戸』『大阪』に最新鋭の『富士』と『朝日』が加わりました」


 震電は第一世代のジェット戦闘機であり、小型軽量な機体に20mm機銃、対空レーダー、最初期型空対空ミサイルを詰め込んだ。ライバルのF-86やMig-15に比べ大型化している。高速かつ高機動を実現した傑作機のため、艦載ながら空軍でも運用された。その高性能は実戦を経験しておらず伝わり辛い。ただし、経済圏を共にするオーストラリアとカナダが導入した。真っ当な格闘戦ではセイバーとミグに劣っても、速度を活かした一撃離脱戦法やミサイルの搭載数で圧倒する。


 なお、開発は中島・川西社と三菱社の共同で世界を驚かせた。両メーカーはライバル同士であり、手を取り合うことはあり得ないと思われる。ジェット機開発は苦難の連続であり、競争の原理よりも皆で高め合うことを選択した。


「震電に負けずの力強さを誇るは、ジェット戦闘爆撃機の『電光』です。彼らが皇国に歯向かう、不届き者を木っ端微塵に破壊します」


 震電の後には戦闘爆撃機の『電光』が飛ぶ。こちらも空軍と共通する機体だが、戦闘機よりかは爆撃機の特性が強かった。速度性能は同等でも機動性は良いと言えない。胴体と主翼に爆弾と対空ミサイル、対艦/対地テレビジョン誘導式滑空爆弾を装備し、高い拡張性から現在開発中の対艦ミサイルの試験にも使われた。単体で双発機並みの攻撃力を有するため、双発爆撃機は輸送機転用や民間払い下げで姿を消している。


「さぁ、ご覧ください。帝国海軍最強の機動部隊です!」


 一際大きな歓声が響いた。参列した各国軍人も苦笑いを余儀なくされる。マスメディアもカメラを一斉に向ける先は、超弩級空母『江戸』『大阪』の最新鋭の『富士』『朝日』だった。前二つは大戦末期に登場した装甲空母でアングルド・デッキが特徴である。2隻はジェット機の本格運用に伴い、近代化改修を繰り返して延命した。大元が古くて頭打ちを見越した海軍は予算を得て、排水量10万トンの『富士』『朝日』を建造して今日初めてお披露目となる。


「ここで入って来た最新情報です。なんと、富士と朝日は原子力機関を搭載していると」


 途轍もない発表でどよめきが横須賀を支配した。原子力機関を採用した艦船はアメリカが先行している。すでに、原子力潜水艦を建造して原子力空母の計画を明かした。なんと、アメリカ海軍より日本海軍が先行して原子力空母を建造し、これには参列した軍人は口をあんぐりと開ける。


 日本海軍は世界各地に展開できる空母を求めた。よって、次世代のエネルギーである原子力を頼るが、原子力の取り扱いは極めて難しいのを承知している。しかし、得られるのは無補給の長期間活動、出力に影響を及ぼさない蒸気カタパルト、煙突の排気が無くなり艦載機運用が容易い、ジェット燃料を増やせる、艦載機を増やせる、等々のメリットは素晴らしかった。


 最高の空母かもしれない。いいや、相応のデメリットを抱えており、取り扱いが難しい原子力機関なのだ。その建造から維持まで通常型の倍以上の費用がかかる。多数保持すると予算は吹っ飛んだ。それに原子力機関のため専門知識を持った人員を確保し続け、かつ整備も超長期間を見込み、突発事態への対応が遅れかねない。


 このような絶大な利点と劣悪な短所をよく理解した。


 もっとも、原子力空母は日本海軍が先駆けたが、アメリカ海軍も建造を計画している。ミッドウェイ級やフォレスタル級、キティホーク級(計画案)を経てエンタープライズ級原子力空母を策定した。偉大なるアメリカ海軍を予定したにもかかわらず、大日本帝国海軍が先んじて建造したとは「大失態」と矢が放たれる。


「なお、富士と朝日は実験艦の役割もあり、今後の半世紀以上かけて直していくそうです。本格的な次世代型空母はお楽しみ、ということになりました」


 いくら日本の技術力と雖も原子力空母は無茶が多かった。富士と朝日は実験役の側面を有し、原子力機関を活かして数十年から半世紀以上をかける。じっくりと改善・改良を費やした。両艦で得られた経験と技術の進歩を待ち、後身の次世代型原子力機関を育成する。


 日本海軍はアメリカ海軍に対抗して世界各地に展開した。原子力機関の無補給による、限りなく無制限に近い航続距離は無視できない。これはアメリカの「アメリカの築く平和」をけん制する狙いが込められた。冷戦という構造が現に存在するが、アメリカ主導は強引が過ぎる。NATOを離反して穏便なAPTOの日本に擦り寄る国が現れても文句は言えなかった。


 原子力と聞いて、潜水艦も浮かび上がる。残念ながら、機密の塊である潜水艦は姿を見せなかった。港に留められているのは大戦中の潜水艦である。もはや、古典というべき老齢艦だった。日本潜水艦は派手派手しい活躍は僅かに収まったが、着実に実戦経験と技術を積み上げ、海の暗殺者と恐れられている。


 原子力潜水艦は米ソが競争しているのを観戦した。原子力潜水艦も強力でも、日本海軍のサブマリナーは隠密を重視する。トコトン原子力潜水艦を嫌った。冷戦に中立を貫徹する方針からも原潜は排除されている。今までの通常型潜水艦を磨き上げることで、海の忍者を確立して敵の海上戦力を殲滅した。


 観艦式の最後には一番の役者である世界最強の戦艦が登場する。


「遂に大規模改修を終えた戦艦の登場です。どうぞ、ご覧ください」


 敢えて言わずとも分かった。一際大きな歓声に包まれるは皇国である。大艦巨砲主義の真髄でありながら、航空主兵の波を乗り越えた英傑を為した。大戦中は登場が遅れたことより、専ら上陸作戦の支援やUボート基地ブンカーの破壊に従事する。しかし、圧倒的な火力と防御力、巨大な船体は新時代に適応してみせた。


 対空火器の副砲は一部が対空ミサイルに換装され、残りはレーダー連動の近接信管を採用する。対空機銃も対舟艇の重機関銃を残し、概して対空ミサイルに置き換えられた。ただし、国産対艦ミサイルの開発に伴い、新しい迎撃手段が求められる。速射砲の近接信管が追いつかなかったり、対空ミサイルを掻い潜られたり、そもそも低空飛行で狙えなかったり、など対空防御の脆弱性が指摘された。


 そこで、圧倒的な弾の投射量で敵機を包み込む。昔ながらの対空戦闘を懐古した。昔は敵機が遅かったため、20mmや12.7mmの弾幕で近接防御を押し立てる。ジェット機の高速化で追従できないが、弾幕を以て迎え撃つ防御は「数的有利」を押し付けた。


 海軍は陸軍と空軍を巻き込んだ三軍で新しい対空機銃を練る。同時期にアメリカで開発中の火器を知って、ほぼ同一の20mmガトリング砲を開発した。アメリカ製をライセンス生産するのが手っ取り早い。しかし、国内の規格が合わないことを建前に掲げ、本音は国産化に拘って産業を保護した。かくして、皇国には20mmガトリング砲が装備されて対艦ミサイルの迎撃を整える。


 自慢の主砲だけは改修を繰り返しても未だ健在だった。46cm四連装砲が4基16門は時代遅れ甚だしいと聞かれるが、音速を超える砲弾を迎撃する手段は無く、破滅の砲弾を込めた場合は王手のチェックメイトを意味する。


 戦艦は今回のように国民の国威発揚・士気高揚に用いられた。


 皇国の威光は世界を照らしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る