第8話 海上保安庁の発足

 時は遡って第一次米内光政内閣は戦後における組織改革の一環として、海軍から海上護衛総隊を分離し、運輸省所属の『海上保安庁』を創設した。表向きは海軍の圧縮としている。その実際は海軍の中古品と若くして退役した軍人の受け皿となり、雇用を確保することが込められた。海上保安庁の活動は実力行使を伴う不法入国船舶の取り締まり、許可を得ていない違法な密漁の取り締まり、海難事故の救助、船舶の火災など海上事故の対応、税関と連携した違法な物品の検査と多岐にわたる。


 新しく定められた法令で海上保安庁には実力行使が認められ、海軍のお古と雖も強力な装備を携えて馬鹿にできなかった。主に遠洋で長期間を活動する大型の巡視船と基地周辺の近海で活動する巡視船を有し、少数だが、小型ヘリコプター搭載型救助船や測量船を装備する。細かな武装も火砲から機銃と軍装備が目白押しだった。


 そんな海上保安庁が重点的に割かれる海の一つが宗谷海峡である。


~宗谷海峡~


「ソ連潜水艦もスパイが乗った船もひと段落しましたね。75mmの速射は疲れるので、できれば戦いたくないです」


「気持ちは分かる。だが、ソ連がいつ暴挙に出るか分からない。すまんが、我慢してくれよ」


「船長は海軍のたたき上げだから、この程度は造作もないんじゃないですか」


「そんなことは決してない。私は最前線で戦ってきたが、この任務を不服に思ったことは一度もなかった。それはこれからも変わらない」


 宗谷海峡を活動場所にするは海上保安庁の巡視船『こまどり』で排水量2,000tの大型に該当した。北の海は広い上に東西冷戦の飛び火という、ソ連の脅威が確認される。したがって、大型の巡視船を投入して潜水艦やスパイが乗った不審船を24時間365日体制で捜索した。


 敵船と戦闘が想定された巡視船は海軍の旧親潮型駆逐艦が譲り渡される。同時に火力の適正化やソナーの更新など大幅に改修された。世界を驚愕させた高性能駆逐艦のため戦闘力は侮れない。武装は75mm単装砲が2門と20mm機銃、12.7mm機銃が複数と減らされたが、敵が潜水艦や小型船であることを鑑みれば十分であり、空いたスペースに通信設備や放水設備を置いた。


 人員についても国家公務員と選抜された若い兵士と元海軍兵士で構成される。前者はいいとして、後者は雇用の受け皿の色が濃かった。負傷や年齢で軍を辞めざるを得ない者は、次の職を得られれば問題ないだろう。しかし、そう簡単に見つからない者も出てくるのだ。彼らの受け皿として海上保安庁が用意される。海上保安庁の仕事は海軍と共通し慣れたことだ。日本の海を守る若者を軍仕込みで鍛える教官に抜擢されるが、中にはまだまだ現役を望んで船長・艇長に就く者も少なくない。


「ソナーの反応見落としてないか?」


「再度確認しましたが、ありません。ソ連潜水艦も日本海から北まで総じて硬いと知り、大西洋への活動に移行したと思われます」


「うん、日本が中立であるから、無用に刺激することを避けたかもしれない。大西洋の睨み合いを強化したかな」


 海上保安庁の巡視船が活動する宗谷海峡は日ソが使う海だが、その他の国々も通過が許された特定海峡に該当する。後に包括的な条約で国際海峡に指定された。なお、日本政府は狭い海路に限って、事前に通告さえすれば自由な航行を許可している。大半が民間船でも、潜水艦が便乗して通過することがあった。無害な通過を確約するならば個別に対応する。しかし、事前に何も連絡しないで通ったり、沿岸を攻めるような動きを見せたり等々のグレーゾーンが見受けられた。


 戦時中でないため無言に対し無言の攻撃は行えない。もしかしたら、事故が発生しているかもしれなかった。様々な事情を踏まえて、海上保安庁と宗谷要塞が連携する。


 こまどり船長は旧海軍兵士で駆逐艦乗りのベテランで第六感を培った。数年間も最前線に身を置くと感覚が研ぎ澄まされる。第六感というのは万能であり、敵の探知以外にも、天候の微妙な機微を掬った。天気予報が発達して日本は世界最高峰を誇るが、古来から伝わるアナログ的な観測には敵わない。


「こういう落ち着きすぎているのが狙い目だ。目を凝らして自然に紛れ込む異物を感じ取れ」


「はっ」


 冷戦下において北の海は緊張しがちだが、今日は珍しく落ち着き払った。落ち着く以上に平和なことはない。そんなことはあり得ないと、船長は再確認を徹底させた。確認して悪い事は一切ない。確認を怠ったり、確認しようとして怒ったりする者は怠け者と断じた。


「か、微かに変な箇所があります。不具合でしょうか」


「どれどれ…」


 ソナーを何度も確認すると、微かに変な反応がある。しかし、あまりにも微かなため、不具合や海洋独特の現象かと疑った。ソナーの技術は日進月歩だが潜水艦も進化を続ける。若いソナー担当は見逃すところだったが、第六感と経験を併せ持つ船長は眉をひそめた。


「迫撃砲の射程距離まで進める。こっちが気づいたことを隠す。低速のゆっくりでよい」


「念のためですか」


「そうだ。迫撃砲は安価だから、いくら撃っても毛ほどの影響はない。ましてや、2発か3発ならな」


 船長も断定しかねるが、微弱な反応を潜水艦と推定した。ただ、急激に動くと逃げられる。よって、所定の哨戒行動と欺瞞する低速で進路変更もゆっくりと進めた。まさか潜望鏡を突き出すとは考えられない。甲板上で移動式の対潜迫撃砲が用意された。


 対潜迫撃砲は爆雷と並ぶ兵器でイギリス軍がヘッジホッグと開発する。威力は低くて加害深度も浅い弱点を補うは使い勝手の良さだ。爆雷は大掛かりな装備でも、迫撃砲は甲板上を移動できる。数名で運用して速射が利き、物量をぶつけられる。また、費用も嵩まずお財布に優しかった。


「魚雷が来たら回避を優先する。駆逐艦が基だから当たり易いぞ」


「はい!」


 日本海軍の潜水艦は酸素魚雷を使用するが、戦争が終わると高価で整備が難しい点より、次第に姿を消している。従来の空気魚雷や新式電池魚雷など、模索が続く中でソ連海軍は空気魚雷が多かった。ソ連潜水艦は脅威でも兵器の質は日本が勝る。


 こまどりは駆逐艦が基の大型艦のため、比較的に魚雷を当てやすかった。無類の高速性と機動性で回避できるが油断ならない。甲板上の機銃手は海面を注視し、波に紛れる魚雷を警戒した。


「警告で済ませる。深度は浅めだ」


「深度浅め、調整急ぐ」


 爆雷を装備しているのに対潜迫撃砲を選択している。これは警告で済ませたい気持ちがあった。有効深度は浅く低威力のため単発から数発程度なら、加害は弱めに収まってくれる。実際に北欧諸国はソ連潜水艦に対し、対潜迫撃砲による警告を以て漁業を守った。


「射程入った」


「まずは1発だけだ」


 1発だけ砲弾が弧を描きボチャンと海へ潜る。数秒も経てば軽い音と共に小さな水柱が立った。爆雷に比べれば可愛いものである。ただし、海中の生物たちには脅威以外の何物でもない。海の生物のためにも冷戦が終わり、飛び火が来ないことを祈った。


「どうだろうな」


「あ!反応が強くなりますが、離れていきます。急速に潜航していると」


「やっぱり、潜んでいたか。だが、離れるなら追撃は要らん」


 随分と浅くて軽い一撃だが潜水艦は恐怖を抱く。感情に任せて雷撃する真似は慎んだ。世界は三国志のため中立の日本に手を出すと「敵の敵は味方理論」を掲げ、一時的な同盟を結ばれる恐れがある。ソ連からすればアメリカ(NATO)と日本(APTO)の連携、アメリカからすればソ連(WTO)と日本(APTO)の連携が怖かった。


 したがって、ここは警告を受け取って逃げるが吉である。


 自分達のミステイクで大戦争は御免なのだ。


「報告書を仕上げる。後は頼んだぞ」


 北の海は荒れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る