第6話 航空巡洋艦からヘリコプター巡洋艦に

 大日本帝国海軍は軍縮の流れに押され、戦力の圧縮に圧縮を続けている。中古品を売却または譲渡していることは周知の事実だ。しかし、第二次世界大戦時に建造された艦が全廃されたわけではなく、未だに第一線で働き続ける艦として航空巡洋艦が挙げられる。ただし、搭載機は水上機からヘリコプターに交代して生き永らえた。


 今日も今日とて、日本海で国籍不明の潜水艦の警戒を含めた訓練を行うは、黒部型航空巡洋艦四番艦の『秩父』である。秩父の後部甲板を改装して設けられた格納庫から日の丸塗装のヘリコプターが出現した。


「計器類に異常見られず。チェックリスト確認よし」


「問題なし。手信号確認した。一番機離陸する」


 新しい航空戦力にヘリコプターが加わる。ヘリコプターの研究は国内外問わず盛んで有名どころはシコルスキー社があった。同社は第二次世界大戦中に哨戒ヘリコプターを開発する。主に対潜哨戒機として活動したが、まだ初期で荒削りが否めず、運用数は少なかった。しかし、戦後に東西冷戦がハッキリと現れると急速に拡大している。


 従来の対潜哨戒機が用いられた。もっとも、陸上機が届かない大海を通る船団護衛では期待できない。艦載の水上機を使うにも逐一クレーン等による回収が面倒だ。甲板に垂直方向の離着陸が可能なヘリコプターに期待されて当然だろう。また、ヘリコプターはホバリング飛行が可能であることも大きかった。


「今日は訓練のため、航空爆撃を模した訓練弾を携行している。実戦では本物の航空爆雷を積載し、低空から投下し一撃で撃沈を心がける。俺達が撃ち漏らしたら味方が食われ、数百名の命が奪われるんだ。たった2発と思わず、2発もあると思え」


 ベテラン機長の言う通りである。対潜ヘリコプターの搭載数は航空爆雷2発と非力だった。艦載という制約の中で重武装とするには大型化を強いられる。辛うじて航空爆雷2発を確保するが潜水艦を単体で撃沈するのは厳しかった。現時点では索敵仕様機と攻撃仕様機がタッグを組んで対応する。そして、ヘリコプターのタッグが敵潜水艦を捕捉し続けている間に母艦が急行した。


「焦るな。海に突っ込んでもいいぞ」


「そうはいきません。自分は祖国の海を守るためにヘリコプター乗りを志願しました」


「なら、慌てる心を捨てるんだ。平常心に勝るものはない」


 ベテラン機長とルーキーの組み合わせはチグハグかもしれない。新しい兵器や技術を我が物とするのはロートルではなかった。基礎的なことから実戦の心得まで叩き込み、後はルーキーたちの熟成を以て少しずつ世代交代していく。


 彼らが使うヘリコプターは国産の川崎重工業製の通称『クマバチ(艦載型)』だ。ヘリコプター生産は川崎重工業と三菱重工業が占めて、国産ヘリの研究は大戦中に観測機や対潜哨戒機の名目で存在する。戦後は研究が軍から民間に移行してシコルスキー社製を輸入するなど諸外国より遅れが露呈した。


 苦難に道を経て完成した国産ヘリコプターはシコルスキー社やダグラス社に負けていない。日本の過酷な気候で運用することが前提のため、多少の悪天候でも飛行可能を誇った。地上基地向けから艦載向けまで発展型が多数生産されている。なぜなら、日本は対潜哨戒といった軍事的な使用に限らなかった。山間部の遭難事故や海の海難事故など民間人の救助にも使用される。災害時の緊急輸送や緊急搬送にも用いられ、用途を挙げてはキリがなかった。国産ヘリコプターは凄まじい勢いで軍か民間か問わず普及する。


「まさにハチのように滞空する。尻尾の針は爆雷と思い、標的に定めた敵潜水艦に投下する。特にソ連潜水艦は我が物顔で日本海を航行してきた。国際法で許容された海域なら構わない。ただ、時には日本の海を侵食することがあるからな」


「はい、自分も米ソ対立の飛び火を知っています」


「ソ連は一時日本と中国に本気で侵略を試みた。あの時は戦時中の大兵力で守りきれた。だが、今は平和の波で縮小が相次いでいる。次はと聞かれたら微妙と答える」


 日本は島国であり海運が重要なことは言うまでもなかった。つまり、通商破壊作戦の主役である潜水艦は最大の脅威だろう。世界に先がけ先進的な航空巡洋艦や対潜に特化した専用哨戒機を開発した。戦争が終わって平和が確保されたからといって、ホッと安心するのは甘すぎる。


 1950年代からアメリカとソ連の対立が本格化した。後に冷たい戦争こと『冷戦』に突入したと言われる。アメリカを主とした北大西洋条約機構・NATOとワルシャワ条約機構・WTOが火花を散らした。第二次世界大戦の主戦場であるヨーロッパが基本だが、海上では特にアメリカとソ連の潜水艦の活動が絶えないのが新たな脅威と成り得る。


 日本はアジア太平洋条約機構・APTOの独自陣営を築いた第三勢力だった。米ソ対立には中立を示している。ただし、片方がAPTO加盟国に攻撃した場合は、中立路線の転換を余儀なくされた。中立であるが故にギリギリを攻めたグレーゾーンを衝かれやすい。ソ連潜水艦と思われる反応がソ連領の軍港に向かうことが多く、別に国際法で許された海域を通過するのは構わなかった。


 その航路が日本の海を明らかに脅かすのが問題になる。


「黒部型が残っているだけ感謝するべきか。航空巡洋艦はあと何年働けるのだろうな。俺の退役の方が早いのかそれともだ」


「駆逐艦や哨戒艦に搭載されること。これはあり得るのでしょうか」


「十分どころか確定的だ。小回りの利く小型艦に小型機を積み、対潜から救助まで対応する。大型機を積む航空巡洋艦は廃れ、俺の勘だと、護衛空母の流れを汲んだ軽空母に集中した」


 黒部型航空巡洋艦は後部甲板が平坦で水上機格納庫が装備された。ヘリコプター搭載型への改修は容易でお金もかからない。既存の格納庫に必要最低限の改造で済み、大型艦のため積載数も多かった。離着艦の難易度も易しめと総じて好ましく、第二次世界大戦中に建造された艦の中でも長寿が約束される。


 しかし、大型艦は小回りが利かず維持費も嵩んだ。フリゲート艦など小型艦に絞り、汎用性の高い小型ヘリコプターの組み合わせが良い。そのためにはノウハウを蓄積して国産の改良を待たざるを得なかった。大型艦に大型機の組み合わせは全廃されることなく、航空巡洋艦は役目を全うして護衛空母の後継に吸収される。


 護衛空母という広義の軽空母にヘリコプターを搭載する試みは一般的だった。アメリカもイギリスも軽空母に搭載している。軽空母の大きさでもヘリコプターならば詰め込みが利いた。そして、垂直に離着艦する都合で飛行甲板の短さは気にならない。索敵と攻撃を一本化した大型機も搭載可能であり、本腰を入れた対潜特化はヘリコプター搭載軽空母に束ねられた。事実として、ヘリコプター搭載軽空母はカナダ海軍の依頼があって共同開発が始まる。


「潜水艦は通商破壊に留まらなくなってきた。お上が計画していることをソ連が先にやっている。対艦ミサイルを装備した潜水艦の改造を始め、将来的には核ミサイルを装備した潜水艦が出てくるに違いない。アメリカも同じことをすれば、日本は大量のミサイル搭載型潜水艦に囲まれた」


「考えたくないことです。しかし、そのために我々の対潜ヘリコプターがいる」


「そういうことだ。物分かりが早くて助かるが、航空爆雷2発で確実に仕留める。とにかく、気を緩めることなく、常在戦場の覚悟で訓練も実戦と捉えるんだ。今の話は任務に必要な話だから、無駄話は聞こえていない扱いとするぞ」


「はっ」


 日本海を飛ぶ対潜ヘリコプターは新時代の潜水艦のハンターと成り得るか。

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