第5話 国産旅客機の夢叶う

東京国際空港


「台北からの飛行お疲れ様でした」


「あぁ、やっぱり爆撃機とは勝手が大きく異なる。大量の爆弾じゃなくてお客様を乗せるとなれば責任も変ってくる。やれやれ、軍にいたことよりも厳しいかもな」


「そう言いますが、元爆撃機乗りのパイロットは皆さん素晴らしい腕前です」


「そりゃ、大型機を飛ばしてきたんだ。経験と技術は伊達じゃない」


 日本最大級の空港である東京国際空港に双発の民間旅客機が見事な着陸を行った。搭乗員の誘導に則り乗客が建物へ移動し、機長と副機長は空軍から受け継いだチェックリストで異常が無いか調べる。


 この定期便は東京国際空港と台北空港を結ぶ短距離便で運航数は多く確保された。主に大日本航空が運航して平和な世を背景に東南アジア諸国やインドなど、日本とアジアを結ぶ国際便を提供する。運航便の拡大には機材だけでなく、相応のパイロットが必要になった。これには様々な理由で空軍、陸海軍航空隊を退役した元航空兵を引き抜いている。特に大型の爆撃機を操縦していた者は訓練期間を端折ることができ、必要最低限の座学と飛行訓練を経るだけで良くなった。また、元軍人は厳しい環境で操縦していたため、厳格な規律を遵守することもあり、拡大続く民間航空業界で引っ張りだこである。


「それにしても、東京国際もデカくなりましたねぇ。町数個を潰して拡大しただけはあります。おかげで六発の旅客機や試験中のジェット旅客機が容易に収まりました」


「アメリカのボーイング社がジェット旅客機の本格投入を目指しているらしい。空軍も機材を民間会社に払い下げ、既存の超重爆をジェット化する計画を発表した。随分遅い気がするが、もう幾つか試作機が出来ているはずだ」


「流石の情報筋ですね。現役時は何を?」


「俺は山茶花から鋒山まで飛ばしていた。富嶽だけは漏れたが基本的に四発機を専門にして、気まぐれ程度に双発機もやったこともある。今は短距離路線を託されて、少し寂しい気がする」


「長距離だとハワイ便の定期運航ですかね。ダグラス社の隣に日の丸機があるのは面白いと思います」


 東京国際空港は日本でも中心の空港だが、世界的には地方ローカルに過ぎない。戦後に建設資材が国内に回されるようになると、政府は国土改造計画の一つに空の便を拡充する政策を掲げた。よって、東京国際空港はターミナルの拡張工事が行われ、潤沢なユダヤ資本を盾に埋め立て事業を続ける。そして、嘗てとは見違えるほど巨大な国際空港が誕生するが、将来の需要拡大を見込んで60年以降に大規模な埋め立てを予定した。


 東京国際から国際便では中華民国、インドネシア、シンガポールなどアジア圏が多く運航される。太平洋方面は少数だがオーストラリア北部とハワイの便が占めた。その他には臨時のチャーター便として、軍関係者や政府関係者を乗せて運航する。さらに、日本の航空会社だけでは捌き切れない場合は、オーストラリアのカンタス航空が穴埋めに入った。


「お、噂をすれば臨時ハワイ便です。富嶽を旅客化しただけはあり、とんでもない巨鳥で笑えてしまいます


「あれがジェット化されるという。中島・川西社の技術力は欧米以上だぞ」


 台湾や中華民国といった短距離路線では、専ら小振りな双発旅客機が運用される。大日本航空は国産機の中島・川西社の短距離用旅客機『スズメ号』を使用した。国産旅客機は同社が最大シェアを占める。彼らは第二次世界大戦で高速爆撃機から戦略爆撃機、超重爆撃機、飛行艇を世に送り出して連合国も枢軸国も驚嘆させた。戦後も陸海空軍の発注を受けているが、民間航空会社に活路を見出し、ダグラス社やボーイング社に負けない「メイド・イン・ジャパン」で勝負を挑んでいる。


 そんなスズメ号は軍用輸送機が基の頑丈設計であり、ターボプロップエンジンの航続距離の組み合わせが高く評価された。中華民国の航空会社も導入しており、アジア圏の短距離路線では当たり前に見られる。ただし、双発のため輸送能力に限界を生じて、あくまでも、短距離輸送に特化した。


 オーストラリアやハワイなどの長距離にはDC-4やDC-6に代表される四発旅客機が主流になる。中島・川西社も重爆撃機を基に軍用の2500馬力ターボプロップを装備した『かわせみ号』を投入した。軍用機がベースでは極めて頑丈であることが強みに挙がる。しかし、相応に高コストで整備が難しいなど弱点も多かった。


 かわせみ号の失敗を受けて中島・川西社は何を考えたのか、驚くべきことに超重爆『富嶽』の旅客機化を敢行する。世界の主流が四発機でジェット化が加速しているにもかかわらず、六発の超大型旅客機を開発するのは狂っていると焚きつけられた。


 もちろん、そんなことは重々承知している。


 富嶽のジェット旅客機化は土台となる基礎作りの色が濃かった。ジェット化に対応できる大型機を作成し、今後の開発に繋げるテストヘッドに据える。とは言え、日本からドイツまで無補給大陸横断爆撃を成し遂げた超重爆撃機がベースなのだ。クドイが、頑丈さと大量の貨物積載量、搭乗定員の多さは群を抜いている。ダグラス社とボーイング社の機を圧倒した。後に世界最大級の民間旅客機と知られてしまう。ジェットの後続機が誕生しても簡単に引退できず、極少数が製造されると『オオハクチョウ号』と名付けられ、超長距離のチャーター便に充当された。


「ジェットか。戦闘機はターボジェットエンジンを採り、圧倒的な速度を得られるが、馬鹿程に燃費が悪くて交換時期も早かった。お金を稼ぐ旅客機には適さないな」


「基本的にターボファンですよね。ジェットの速力にまぁまぁの燃費の良さが売りと聞きました」


「その通り。ボーイング、ダグラスに負けじと中島・川西が開発している。流石に欧米への売り込みは厳しいが、ATPO内の優遇で新進気鋭の航空会社とオーストラリア、カナダに仕掛けるさ」


 先から述べている旅客機のジェット化は熾烈な競争に依る。軍用の戦闘機もジェット機に転換しているため、旅客機も速達性の向上を図ってジェット転換を急いだ。そう簡単なことではなく、欧米の有名メーカーでも苦労が絶えない。そもそも、同じジェットと雖も細かな違いがあって流用すらできなかった。


 軍用機にはターボジェットエンジンが基本的に定められる。圧倒的な速力を得られるジェットの代表格だが、速力の代償に燃費が著しく悪く、耐久性も決して芳しくなかった。各国でジェット戦闘機が出現しても航続距離は短く、増槽を吊り下げても零戦に及ばない。よって、少ない出費で多くの儲けを得たい民間会社には適さないことは明白なのだ。


 そして、ターボファンエンジンの出番である。ターボファンは簡潔に言うと「ターボプロップの低燃費」に「ターボジェットの高速性」を両立させた。それなりに高速で燃費に優れている。航空機メーカーは挙ってターボファンを選択しているが、開発は遅れに遅れて運航開始は1960年以降にずれ込むと大方予想された。


 日本の各メーカーは三人寄れば文殊の知恵で総力を結集させる。中島・川西社の後継機に三菱製のターボファンを搭載した試作機を制作し、大企業家か中小企業か問わず、軍人、大学教授まで含め入れて、欧米のマンモスメーカーを打倒するべく研究に明け暮れた。そして、運航開始まで漕ぎ付けても欧米市場は厳しい。よって、アジア太平洋条約機構・APTO内部の優遇を活かし、アジア諸国の航空会社やオーストラリア、カナダへ売り込みを仕掛けた。


「さて、世間話は程々にしよう。漏れはないか」


「ありません。バッチリ二重丸です」


「よし、じゃあ出ようか」


 国産旅客機を開発するという悲願は叶う。しかし、長く市場を支配したマンモスメーカーが立ち塞がった。欧米による寡占を崩し日の丸が台頭するのはいつになるか楽しみである。

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