第2話 中央アジアの平定はいばらの道

「日本軍の車両が通行する!銃を下ろせ!」


 現地語の怒号が飛び交うのに慣れない者は思わず硬直するが、ひとたび慣れた者は九式戦闘装甲車から頭を出して双方に敬礼した。軍人である以上は現地軍に対して敬意を示すのが常識だろう。


「今や慣れましたがね。イスラエル軍とアラブ諸国の軍は我々を確認すると、大急ぎで銃などの武器を下ろしてくれます。我々が中東の平和を監視し、利害を調整する仲介者であることを理解してです」


「しかし、日本は親欧米と思われても当然といいますか」


「はい、おっしゃる通りです。親欧米の立場と見られて当然です。しかし、先の大戦中に中東にも我々の軍が一定数が置かれました。その時から駐留が続いてアジアの解放を訴え続け、正々堂々とアメリカに反抗する姿勢で信頼を得ることに成功しました。イスラエルは日ユ同祖論があり、アラブ諸国にはアジアの大国に頼りたい。双方に日本が絡んでいると」


「なるほど…上手い外交です」


 中央アジアの中央地域では紛争が絶えなかった。ユダヤ人の独立国家であるイスラエルが独立を宣言し、周辺のアラブ諸国との間に大規模な戦闘が発生している。後に第一次中東戦争と呼ばれる戦争だ。この戦いに各国は表向きは静観を貫いて介入しないが、職務を遂行すると国連が動き始めて停戦勧告決議を発する。やむなく、両勢力は停戦を受領した。


 停戦後は国連の分割案を基に調整が図られたが、各国に不満が残って小競り合いが発生することは確定的である。小競り合いから全面衝突に至ると世界的な海運が混乱するため、現地に国連軍を設置して双方の監視と調整を行うことが提示された。この国連案はイスラエルもアラブ諸国も門前払いする。


 イスラエルにとって実質的な欧米である国連は信用できなかった。アラブ諸国も第二次世界大戦中の暴挙から欧米を突っぱねる。これでは緩衝材を設けられないと困り果てたが、イスラエルとアラブ諸国も不満は抱いても、大義無い不要な小競り合いは御免で共通した。


 よって、両勢力は独自に対話の場を設けて監視役兼仲介役に日本を設置することで合意する。イスラエルにとって日本は日ユ同祖論による兄弟姉妹で親しみを覚えた。日本は親欧米と見られがちだが、実際は独自路線を走っており、混同は許されない。したがって、十分どころか唯一無二の頼れる兄貴分と見た。


 アラブ諸国は日本が同じアジアで親しみやすく、第二次世界大戦中は地中海へ移動する際の通り道のため、両国の人間が交流する機会が多く設けられている。円滑な通行のために外交を展開した。しかし、米ソがレンドリースの輸送線を構築する目的で武力制圧した事件で一変する。この事件に対して日本は即座に軍隊を派遣して、事実上の占領をやめるよう通告した。日本はアラブ諸国を代表して米ソに立ち向かったのである。結果的に米ソ占領は日本軍に委託されて見た目は変わらなかった。ただし、日本軍の統治は太平洋で実績がある通りで現地第一が占める。


 国連の追認を得て日本政府の代表者を含めた、日本軍監視団が両勢力の緩衝地帯に展開した。両軍は日本軍の車両や兵士が通行する際は暗黙の了解で武器を下す。明文化されていないにもかかわらず、申し合わせたかのように、イスラエル軍もアラブ諸国軍も一切手を出さなかった。


 仮に片方が不慮の事故でない限り、手を出した場合は監視団への攻撃とみなされる。この場合は報復措置が執られて仲介役を放棄した。片方の陣営の仲間として介入される恐れがある。それ以前に、日本と友好関係を結ぶことで旨味が多く、欧米の支配的な資本から逃れられた。具体例に中東の石油をアメリカが虎視眈々と狙っている。日本政府は投資を表明し先手を打った。現地に石油から利益まで全てをしっかり還元する仕組みを用意する。これにより、日本へ優先的に且つ安定的な石油の供給を確約した。


「面白いことにですね。イスラエルにもアラブ諸国にも、日本製が広く浸透しています。あくまでも、民間企業の商売ですが旧式の武器弾薬を格安で売りました。なんてことをと思いましょうが、こればかりは世界の真実なので、どうかご理解ください」


「欧米が世界中に売っていることは、知っています。それと同じことですか」


 驚くべきことに、イスラエルにもアラブ諸国にも日本製が流通している。どちらも自衛のため装備を整える必要があった。とにかく数を揃えられる先を探すと日本と欧米が定まる。欧米からも購入するが日本が抜きん出た。日本製中古の重火器と対戦車砲、野砲を羽振り良く購入する。日本軍は未だに装備刷新の最中にあるため、質の良い中古品でも格安だった。中には言い値で買ったり、廃棄品と偽って無償で買ったりと自由である。


 例外的に航空機はチェコ製、戦車はスクラップのM4中戦車と豊かだ。戦後で装備が溢れかえっている中では多少の選り好みはすれど、特に一本化することなく、安く買えるものを爆買いしている。そうして充実化を急いでいるが、将来的な国産化のため、コピーや独自改良も行った。


 かくして、両勢力は突発的な事態に備えても日本軍には敵わないと見ている。日本軍は既に艦艇から小銃まで最新に更新した。戦闘機はジェット機に交代しており、F-86やMig-15を上回る、第一世代ジェット戦闘機の『緑電』がいる。小銃は短6.5mm弾はそのままにAk-47と並ぶロングベストセラーの八式自動小銃を携帯した。そして、何よりも鍛え上げられた高練度の前に戦いたいわけがない。


「仮に続く戦争が発生した場合はどうなりますか」


「分かりません。少なくとも、我々は退避せず人道支援に入ります。軍事介入は原則不可能です。必要最低限の自衛しか許可されていません。ただし、片方が我々を本気で潰しにきた時は別です。本国が直ちに報復に出て即応体制による陸海上陸兵団が到着し、後続の戦車又は機動砲兵師団が砂漠を駆け回るでしょう」


「有事の準備は出来ていると」


「はい」


 監視団という仲介者の性質上から武力衝突が発生した際は自制を求めた。戦いが止まらないと判断すると、現地市民の生活を守る人道支援にシフトする。水と食糧の提供から医療を維持し、必要があればキャンプを建設した。どちらにもパイプを有するが故に中立の立場で人道支援に徹する。


 ただし、これが日本軍監視団を狙った攻撃になると一変した。下手人を確認してから自衛の戦闘に入り、即応体制の陸海上陸師団が急行するだろう。彼らが橋頭堡を確立してから、戦車師団と機動砲兵師団が雪崩れ込む計画が組まれた。ギリギリで交渉が上手く行けば留まるが、決裂したら完膚なきまで叩きのめす。


 国連から認証された動きである以上、国際社会を代表して鉄槌を下すのだ。


「ただ、アラブ諸国はソ連南下もありました。日本は若干イスラエル寄りになる可能性があると」


「兵隊の視点からソ連の影響力が高まっているのを感じます。今まではお古の戦車が多く見られました。しかし、イスラエルとの戦争を睨んで、新型の戦車を導入しているのを確認しており」


「やはり…」


「まぁ、イスラエル軍は戦術で対抗できると、踏んでいるようですがね」


 中東情勢は全く読めない。アラブ諸国はソ連の南下に合わせてソ連製装備を導入し始めた。軍内に日本製とソ連製も並行させるのは複雑だが、彼らにとっては勝たなければならない。日本とソ連の関係性を気にする余裕は皆無だ。この中東におけるソ連南下により、アラブ諸国がソ連側に移った場合は未だ検討中である。


 とは言え、完全にソ連勢力圏となれば、日ユ同祖論を盾にイスラエル側に回った。今は中立だが日本も未来永劫を輝かしくするため手段を問わない。中古品の売却から最新装備の輸出に切り替えることはいつでも可能だ。


「ここは混沌の大地なんです。平定には一世紀かかるとも」


「いばらの道ですか…」

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