Q7.どこからそんなの出てきたんですか?

「何……今の」


 震える声で、灯里は問うた。


「見苦しいものを見せて悪い」

「そんな話してない!」


 すぐに周防が服を戻してしまったため、目にしたのは一瞬だった。だがむき出しの骨と生々しい臓器だけが露出した腹部は、鮮明なまでに灯里の目に焼き付いていた。それは灯里やゾンビなんかよりも、よほど生きた人間の肉体とは思えない光景だ。


「どういう事……!? なんで正人のお腹がなくなってるの!?」

「魔術と言っても、全くなにもない所から無限に有を取り出せるわけじゃない。大きな欠損を補うには材料がいる。それだけの話だ」


 淡々と、当たり前のように周防は述べる。


「それじゃ野犬にはあなたが食べられたようなものじゃないの!」

「ぜんぜん違う」


 周防は首を横に振った。


「君の身体は僕が生きている限り修復できるが、逆は無理だ。君の肉体が噛まれても感染しないが、僕の肉体が噛まれれば感染する。ゾンビになれば魔術の制御は不可能だ。つまり、君も死ぬ」


 そして何故こんな説明を今更しなければならないんだ、とでもいいたげな様子で言う。


「だから僕は君の安全が確保できるまでは何があっても生き続けなければならない」

「何よ、それ……」


 それじゃあまるで、と灯里は思う。


「わたしの安全が確保できたら死んでもいいみたいじゃない」

「約束しただろ? リビングデッド化をいつでも解除すると」


 周防は不思議そうに確認する。


「解除する方法は唯一つ。術者の死だ」


 それはつまり。彼は初めから、灯里が望めばいつでも死ぬつもりだったということに他ならなかった。


「解除したって、わたしもただの死体に戻るだけでしょ?」

「違う。預かっていた魂を返せば、君の肉体は生を取り戻す。死んだ肉体の中で活性化出来なかったウイルスは死滅しているから、生き返っても感染することはない。運が良ければ抗体もできているかも知れないな」


 解除する必要性なんてないはずだ。そんな思いを、周防は丁寧に潰していく。


「今は危険すぎるから、解除するわけにはいかないが」


 自分の命惜しさに灯里を見捨てたというのは、とんでもない勘違いだった。周防はそもそも自分の命など全く勘定に入れていなかったのだ。


「……長話しすぎたな」


 舌打ちせんばかりの口調で、周防は灯里の背後を見やる。慌てて振り返ると、巨大な毛むくじゃらの影がのそりとこちらに向かって歩いてきていた。


「何あれ……熊……?」

「ヒグマのゾンビだな。動物園からでも逃げ出したか、それとも……」


 いいつつも、周防は灯里を背に庇うように前に出る。


「瀬名。逃げろ」

「逃げろって……正人はどうする気!?」

「僕は何とか時間を稼ぐ。幸い……」


 周防が言いながら手をかざすと、周囲の死体がゆっくりと身体をもたげた。


「武器になるものは大量にある」


 無数の死体がヒグマに群がるように駆けていく。だが、ヒグマの前足の一振りで、数体の死体が粉々に千切れ飛んだ。


「何ボサボサしてる、さっさと逃げろ!」

「正人を置いて逃げられるわけ無いでしょ!?」


 初めて聞く周防の怒鳴り声に、しかし灯里は負けじと怒鳴り返す。


「僕だって適当なところで逃げる。だが視界が通ってないと死体を操れない。君がいると邪魔なんだ!」


 そう声を荒らげる周防の顔を、灯里はまっすぐ見据え。


「それ、ウソでしょ」


 静かな声で、そう指摘した。


「逃げる気なんてない。死ぬまで時間を稼ぐ気でしょ。違う?」

「……根拠は?」

「ない。なんとなく。でも……」


 灯里はずっと、周防は自分の身を守るために一緒にいるのだと思っていた。

 だが、彼にはそもそも生き残るつもりなどなかった。

 ならば全くの逆だ。彼は、灯里を守るためにずっと一緒にいてくれたのだ。


「正人ってもしかして、わたしのことすごく好きでしょ」


 返答はなかった。代わりに、呆れたような特大のため息が返ってくる。


「それで──どうする気だ」

「こうする」


 灯里は周防をひょいと抱き上げ、背中に負った。身体能力が強化されているとは言え、不安になるような軽さだ。


「わたしは逃げる。正人は時間を稼ぐ。二人なら、同時にできるでしょ」

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