Q3.家族は無事だったんですか?

 灯里の自宅まで辿り着くのに、そう苦労はなかった。学校にあれほど集まっていたのは何だったのかと思うくらい道中にゾンビは少なかったし、ごく少数のそれも灯里の身体能力を持ってすれば簡単に撃退することが出来た。


 多少気になることがないではなかったが、それよりも無事自宅に辿り着いた安堵と喜びで灯里の胸はいっぱいになる。玄関にはしっかりと鍵がかかっていて、家の中が荒らされた様子もなかったからだ。


「ただ──」

「よせ」


 親を安心させようとことさら大きな声でただいま、と言おうとすると、周防がそれを制止する。


「何よ」

「……上にいる」


 不満の声をあげる灯里を無視し、周防は二階への階段を見上げた。


「上はわたしの部屋しかないけど……?」


 玄関には鍵がかかっていたのだ。庭や裏口からゾンビが入った様子もない。だったら両親は無事なはずだ。そのはずなのに、いつもよりもさらに険しく引き締められた周防の表情を見ていると、灯里の胸は不安にざわついた。


 そしてその不安は、階段を登って自分の部屋に近づくに連れて更に大きいものになっていく。致命的な思い間違いをしているような、そんな予感。


「君はここにいろ」

「わたしの部屋よ」


 今まですべて仕事を押し付けてきたくせに、こんな時ばかり蚊帳の外に追い出そうとする周防にきっぱりとそう答え、灯里は不安を打ち消すように自分の部屋の扉を開ける。


「そんな……」


 そして。


 自分が見落としていた……いや。

 あえて考えないようにしていた可能性に向き合うことになった。


「嘘……お父さん。お母さん……」


 灯里の母親は、ベッドの上に横たわっていた。その首は不自然な方向に折れていて、医学の知識などない灯里でももう死んでいることははっきりと分かる。

 そして父親は、猿ぐつわを噛まされ、後ろ手をベッドの脚に縛り付けられた状態で、正気を失った目を血走らせもがくように暴れていた。


 彼は既に、ゾンビになってしまっていたのだ。


 ゾンビは、ゾンビ同士争うことはない。だから、この家の中は平穏無事だった。学校と違って餌になるものが存在しないから。


「周防くん……周防くんなら、治せるよね? わたしにやったみたいに……」

「無理だ」


 縋るような灯里の言葉を、周防は一刀両断に切り捨てた。


「君が助かったのは発症前だったからだ。仮に彼をリビングデッドにしても、ただ死なないゾンビが出来上がるだけだ」

「そんな……」


 その場にへたり込む灯里。それを横目に、周防は父親に近づく。


「何をする気!?」

「殺す」


 周防の返答は簡潔だった。


「そんな事……っ」


 させない。そう言おうとして、灯里は口ごもった。それは周防こそが、灯里に言いたい言葉であると気づいてしまったから。


「邪魔だ。外に出ていろ」


 乱暴な口調で周防は部屋の外を指差す。


「……いや」


 灯里は首を横に振り、ゆっくりと立ち上がる。

 そして大きく息を吸い込み、吐き出した。もはや動いてない彼女の心肺にとってそれは何の意味もないことだ。だが、覚悟を決める手段にはなった。


「わたしが、やる」


 周防は少し驚いたように目を見開く。そしてそのままなにか言いたげに、彼はしばし灯里の顔を見つめ続けた。


「……そうか」


 だが結局、出てきた言葉はそれだけだった。何事もなかったかのように彼は踵を返し、灯里の後ろに陣取る。


「なるべく苦しめないようにしたいんだけど、どうしたらいい?」

「好きな方法でいい。どのみち苦痛を感じるような神経は残っていない」


 一応尋ねてみると、返ってきた答えは相変わらず素っ気ないものだった。


「だが君の力であれば、首の骨を折るのが一番確実で手っ取り早い」


 母親の亡骸を一瞥し、周防は言った。母の肩口には噛み傷がある。先に彼女が噛まれ、ゾンビと化したのだろう。父は母を殺し、その際に噛まれて自分もゾンビになることを悟った。


 故に、帰ってきた灯里を襲ってしまわないように自分で自分をベッドに縛り付けたのだ。灯里の部屋を選んだのは、両親の寝室は和室で布団しかないし、他に自分を固定できるような家具もないからだろう。


「ごめんね……お父さん」


 灯里の手の中でゴキリと鈍い音がなり……そして、一体のゾンビはその活動を停止した。

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