Q2.なんでそんなに強いんですか?

「無理無理無理無理! わたし、喧嘩なんてしたことないもん!」

「安心しろ」


 渡された木刀を抱きしめるようにして嫌がる灯里。その肩を周防はぽんと叩き。


「喧嘩じゃなくて、これは一方的な殺戮だ」


 そのまま、廊下をうろつくゾンビの群れに向かって押した。


「こ、この人でなしぃぃっ!」


 途端に殺到してくるゾンビたち。灯里は無我夢中で木刀を振り回す。だがその先端がゾンビに触れた瞬間、体格のいい男子生徒のゾンビが派手な音を立てて吹き飛んだ。


「あ……あれ?」


 恐怖のあまりに気づいていなかったが、ゾンビたちの動きがいやに鈍い。木刀なんて握ったこともなかった素人の灯里でも、簡単に攻撃を当てることが出来た。しかも、当てれば一撃で吹き飛んでいく。


「……どういうこと?」


 気づけばゾンビたちは全て地に伏せ、動かなくなっていた。確かに灯里は運動神経が良い方だが、それでも自分より体格のいい男性数人に囲まれて無事に済むほど人間離れしていない。ましてやゾンビになった人間は、常人よりも遥かに凶暴になっているのだ。


「君の身体能力は、僕の魔術によって強化されている。君の身体はもう死んでいるから噛まれても痛みを感じることはないし、傷もすぐ治る。感染することもない。今の君は、ゾンビに対して無敵だ」

「なるほどね。そういうこと」


 つまり周防は、自分の身を守るために灯里をリビングデッドにしたのだ。感謝して損したかも、と灯里は思う。


「強化されてるって、どのくらい?」

「だいたい元々の二倍強と考えてくれればいい」

「ショボくない?」


 灯里は思わず率直な感想を漏らした。彼女がよく読む漫画だと、そういうのは十倍とか百倍とか、そのくらいの単位が当たり前な気がしたからだ。


「100m走の世界記録は9秒58。高校生女子の平均は約14秒だ。単純計算でも倍の速度になれば7秒。つまり──」


 周防はあまりピンと来ていない顔の灯里に、端的に告げた。


「今の君はウサイン・ボルトよりも早く走れる」


 * * *


「すごい……風になったみたい!」


 周防を首にぶら下げるようにして、灯里は凄まじい速度で廊下を駆ける。周防は単純にタイムを半分にして言ったが、実際はそれ以上のものだった。なにせ周防を背負ってなお、ゾンビたちより早く走れている。


「これのどこが倍なのよ!」

「筋力量を倍にすればその分筋肉が重くなる。鍛えれば鍛えるほど非効率になるんだ。魔術による強化にはそれがない」


 人はただ立っているだけで、自分の体を支えている。つまり数十キロのものを支える力を持っていると言うことだ。

 その力を倍にするということは、自重と同じくらいの重さのものを抱えても、普段通り以上の行動ができるという事にほかならない。


「はっ!」


 だがそれ以上に、灯里の身のこなしが優れていた。平衡感覚や反射能力も増加しているとは言え、大幅に強化された肉体を十全に扱い、あれほど腰が引けていたゾンビとの戦いも今や楽々とこなしている。元々運動神経のいい少女であるとは言え、異常と言っていい飲み込みの速さだった。


「で、これからどうするの?」


 校舎裏をうろついていたゾンビたちを叩きのめし、ぴょんと跳躍して塀を乗り越えながら、灯里は尋ねる。


「南の自衛隊駐屯地を目指す」

「自衛隊? 何で?」


 周防の言葉に、灯里はキョトンとしてそう尋ねた。


「庇護を得るためだ。おそらく警察組織ではこの規模の災害はどうにもならない。災害時の避難所である学校はこのザマだ。安全を確保できる戦力がある場所があるとするなら自衛隊が最も可能性が高い」


 周防にとっては当然の計画。


「……わかった。でも、その前に家によっていい? 家族が無事か確かめたいの」


 しかし灯里は少し思い悩んだあと、そう尋ねた。


「無駄だ。どうせ死んでいる」


 周防はそれを、一言で切り捨てる。


「なっ……そんなの行ってみなきゃわかんないでしょ!?」

「それは単に君の想像力が足りないだけだ」


 学校の外がどうなっているか、直接目にしたわけではない。けれど周防にはある程度予想がついた。


「行けば後悔するぞ」

「そっちがね」


 ぐっ、と拳を握りしめ、灯里は周防に相対する。身体強化をかけているのは周防なのだから、それを切ってしまえば彼女に勝ち目はないというのに。それもわかっていないか……あるいは、わかっていながらも引く気はないのか。


「分かった。そこまでいうなら好きにするといい」


 おそらく後者だろう。周防は両手を上げて降参の意を表明した。


「そうさせてもらうわ」


 眉を吊り上げ、肩を怒らせながら灯里は背を向け歩き去っていく。周防は黙ってその後を追いかけた。


「……無駄なんじゃないの」


 その気配を感じたのか、振り返らずに灯里は問う。


「身体強化も肉体の修復も僕が近くにいなければ出来ない。一人で無事に帰宅できる自信があるのか?」


 周防の問い返しに彼女は答えず、ただ不機嫌そうに歩を進めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る