第5話 あたしたち、家族になりましょうっ!

 神鳥は地に下り、身をかがめルーナに背中に乗るように促した。


「わ、わかりましたっ。がんばります」


 おずおずとしながらもルーナは神鳥の背に跨る。


「奴の攻撃は全て我が避ける。お前はただ魔法の詠唱に全神経を注げ――行くぞ」


 神鳥は羽ばたいた。翼の羽ばたきで砂塵が起きる。

 そして、一気に上空へはばたいた。冷たい空気が翼を撫でる。久々に味わう空の感触。もはや懐かしい高揚感。


 神鳥は自分より一回りも小さい怪鳥と対峙した。


「ケーッ」


 怪鳥は雄叫びと共にがむしゃらに爪を突き立ててきた。

 対して神鳥は空にたゆたう空気さえ体の一部のように扱い、軽やかに避ける。背に跨るルーナの負担をなるべく最小限にし、詠唱のための不安材料を少しでも取り除く。


「いけるか? ルーナ」

「は、はいっ――」息を整え、杖を構えたルーナは詠唱に入る。「――混沌たる稲光よ。我は望む。我が意に従いて閃光と化せ――エレクトランス!」


 ルーナが構えた杖の先端から雷の槍が放たれた。力強く直進する雷の槍はぶれることなく怪鳥の翼へと直撃する。


「ケェェェ――……」


 全身が痺れたように痙攣したかと思ったら、弱々しく翼を動かして、怪鳥は空の彼方へと逃げて行った。


 依頼は達成した。あの怪鳥はもうこの近辺には手を出さないだろう。


「よくやったなルーナ」

「いえ……グリちゃんこそカッコいいです」


 なるべく体を揺らさないようにゆっくりとグライド飛行し、地面に足を付ける。ゆっくりとルーナが地面に下りた瞬間だった。


 同時に体から魔力が粒子となって溢れ出す。「ど、どうしたんですか?」ルーナの心配をよそに体が光り輝く。


「む……時間か」

「グリちゃん!? 大丈夫ですか!?」


 輝きと共に、神鳥の体が縮んでいった。

 赤いトサカに白い羽、丸々としたボディに黄色いクチバシ――またニワトリのごとく姿へと退化してしまった。


「やはり一時的なものであったな……しかしそれも」


 神鳥は傍に立つルーナを見上げる。

 彼女の持つ魔力が神鳥を真の姿へと変えた。不思議なものだった。あの魔力を体に取り込んだ時、どこか懐かしい感じがした。以前あの魔力を近くで見たような。


「でもすごいですねっ、グリちゃん」

「む?」

「本当におっきな鳥さんにも変身できるんですねっ」


 微妙に誤解している。


「いや、あれが本来の姿であってだな」

「でもこっちのが可愛くて好きですっ」


 とまたひょいと神鳥は抱えられてぎゅっーと抱きしめられてしまった。そしておもむろにブラシを取り出し、優しく翼を撫でてくる。


「気持ちーですか?」

「う、うむ……」


 やはりブラッシングは気持ちがいい。どうしてもこれには逆らえそうにない。


「全く……だが懐かしい気分になった」

「え?」

「お前を背に乗せていると、昔を思い出した。以前一緒にいたパーティの賢者を背に乗せたことがあった。不覚にもお前の魔力がその時の賢者に似ていてな」

「へぇ~。グリちゃん昔も同じように変身して賢者さんを乗せてたんですね」


 変身ではない。


「賢者ミラ=エリンシェル――あれから五十年ならまだどこかにおるやもしれぬな」

「ミラ=エリンシェルって名前の賢者ならあたしのおばあちゃんですね~。おばあちゃんとも知り合いだったんですね~」

「またいつか会いたいもの――今なんと?」


 聞き間違いだろうか。今、ミラのことをおばあちゃんと?


「おばあちゃんとも知り合い?」

「いやその前だ」

「ミラおばあちゃん?」

「ルーナ――お前、本名はなんと言う?」


 まさかと思うが――。


「ルーナ=エリンシェルです。言ってませんでしたっけ。あたしの魔法、おばあちゃんに教えてもらったって」

「ルーナ=エリンシェルだと……っ! お前の祖母は間違いなく賢者ミラ=エリンシェルなのか? 勇者ロラン、戦士ラゼルと共にいた……」

「昔話でそういう人たちと冒険してたって聞きました。そういえばおっきな鳥さんも途中から一緒にいたって言ってましたね」

「……なるほど」


 ようやく、だが少しだけ合点がいった。なぜあの森で顕現したのか。


(この娘に出会うためだったのだな)


 先ほど得た魔力の懐かしさもミラの孫ならわかる。まだ魔法使いとして未熟でありながらも、その潜在能力の高さを垣間見えたのも、ミラの孫というなら得心が行く。


(ならば道は決まったな)


 この娘について行けば、おそらく得られるだろう。不完全な状態でこの世に顕現した理由と、魔王がまだ生きているかもしれないという答えを。


「ルーナ、我がお前と会ったのは運命かもしれぬ。今度はこちらから頼む。一緒に旅をして――」

「あっ、わかりました!」


 突然、パンっとルーナは手を叩いた。何を得心したと言うのだ。


「ど、どうした?」

「おばあちゃんと一緒に旅していた鳥さんって……」


 ようやく気付いたか。別に無理に理解してもらうつもりはなかったが、わかったのなら――。


「グリちゃんの憧れの鳥さんだったんですね!」

「…………む?」


 どうしてそうなる。

 まあいい。無理に誤解を解く必要もあるまい。


「それで――よいのか? 一緒に旅をするのは」

「はいっ、もちろん。よろしくお願いしますっ――でもその前に」


 ぐ~、と腹の音が鳴った。ルーナの腹の音だ。


「お腹が空いたので、村に怪鳥のことを報告がてらご飯にしましょう」

「うむ」

「そしてもう一回、温泉に入りましょう。きっと依頼の後の温泉は格別ですよ~」

「であるな」


 神鳥を抱きかかえたルーナは「ごっはん♪ ごっはん♪」とるんるんスキップで下山していく。


「こらこら、あまりはしゃぐと転ぶぞ」

 と神鳥が注意すると「ふふっ」となぜかルーナが微笑んだ。


「どうした?」

「ふふ、いえ、なんだかお父さんみたいだなって思いました」

「そうか?」

「はい、あたしの両親も冒険者であんまり家にいたことなくて、叱られたことなかったんですけど、もし叱ってくれたら今みたいなのかなって」


 そういえばルーナは祖母であるミラに魔法を習ったと言っていた。

 ――どうやらルーナは子供の頃は寂しい想いをしていたようだ。


(親の温かさを知らずに、か)


 神鳥はゆっくりとクチバシを開く。


「……ならしばらくは我が親代わりになっても構わん」

「え?」


 言ってて気恥ずかしくなって、

「べ、別にお前が嫌ならよい。忘れてくれ」


 慌てて誤魔化そうとする神鳥に対し、ルーナは柔らかな笑みを浮かべた。


「ありがとうございますっ。嬉しいです。グリちゃんがお父さんってなんだか変な感じですけど」

「むう」

「家族っていいですよね」

「ああ、そうだな」


 優しくぎゅっと抱きしめられる。初めは慣れなかったこの感覚が心地よく感じる。


「温泉楽しみですね」

「……ああ」


 昨日も入ったから温泉は二度目だというのに――。

 これから村で入る温泉が一度目より楽しみでしかたなかった。

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【ファミリーチキン】復活したらニワトリっぽくなってた神鳥、魔法使いの卵と家族になってナデナデされる。 永松洸志/ファンタジア文庫 @fantasia

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