第4話 さあ、怪鳥さん退治ですっ!

 空を飛ぶということがどれだけ楽だったのか、この姿になってようやく身に染みた。


 山岳地帯というだけあって、地面には大小さまざまな石が転がっている。急斜面といえないまでも坂になっているのもあり、足場は最悪だ。

 小さくて細い鳥足では石一つ越えるので精いっぱいだ。バサバサと翼を羽ばたかせてちょっとでもジャンプの飛距離を稼ぎ、少しずつ進んでいく。


(くっ、我がこの程度の足場に……むっ?)

 ――などと苦慮していると、背後からひょいと体が持ち上げられた。


「大丈夫ですか? グリちゃん。しばらくあたしが抱えてあげますね」

「すまぬ、助かる」


 両腕でしっかりと抱きかかえられる。冒険者というだけあって、ルーナは足場をひょいひょいと超えていく。悪路を歩きなれているのだろう。


「でもどこにいるんでしょうね。怪鳥さん。山道登っていけばあえるんでしょうか?」


 ごつごつした山肌がずっと続いているだけで怪鳥らしき鳥は全く見かけない。


「我が空を飛べたら容易かったのだがな」

「グリちゃん、飛べるんですか?」


 ルーナが顔を覗き込んでくる。そういえば自己紹介はルーナによって中断されていた。


「言ってなかったな。我は神鳥グリンカムビ。かつて勇者と共に魔王を打ち倒した神の使いである。我の真の姿は巨大な鳥の姿だ。その神々しさにかつては民に崇められていたほどだ」


 少し大きな街の図書館にいけば神の鳥の文献の一つや二つは必ずあるほど有名だ。さらに大きな街では神の鳥を祀る祭壇もある。


「そうだったんですね……」


 目を見開くルーナ。ようやく理解したか、この身が偽りの姿であり、本来は偉大な――。


「グリちゃんってすごいロマンチストさんですね」


 む、どこかずれている。


「いや、本来の姿が巨鳥であって、この姿は仮の姿でだな」

「はいはい、そういう夢を見るのもかわいいですよ?」


 ルーナは微笑ましい表情でくすくすと笑っている。


「……」

 本来の姿に戻れないのなら言っても、理解してもらうのは無理か。困ることではないし、構わないだろう。


「ん? あれ? 鳥さん?」

「あまり我のことを鳥だのなんだの――む?」


 ルーナは上を見上げていた。どうやら今のは自分に対して言ったことではないようだ。神鳥も見上げると、幾多もの鳥が何かから逃げるようにして空を飛んでいた。


「あっ、あれは!」


 その鳥の後方、人間を遥かに超える体躯を持った巨大な鳥が飛んでいた。茶色い羽毛に黒い爪を持っているのが窺える。おそらくあれで間違いない。

 あれが村で被害を出していた怪鳥だろうか。縄張りを誇示しているのか、他の鳥を追い立てているように見える。


「どうやらあれのようだな。どうするルーナよ」

「とにかく依頼の通り、こっちから仕掛けます。追い払えれば麓の被害も減るはずです」

「そのためにはまずは気を引かねばな――」


 そう思っていたのだが、怪鳥はひとしきり鳥を追い払うと、

「ケェーッ」

 地上にいるこちらに狙いを定めてきた。


「こ、こっちに来ます!」

「荷車も食料もないのに、人を襲うのか? やれるか、ルーナよ」


 神鳥はぴょんとルーナの腕の中から抜けて、地面に立った。


「わ、わわっ、ま、魔法魔法!」


 背中から杖を取り出し、怪鳥に向かって構えるも、

「混沌たる稲光よ。我は望む。わ、我が意にした――痛っ! 舌かみました~」

「おいっ、来るぞ!」

「ひゃあっ!」


 空から急降下してきた怪鳥が鋭い爪を突き立ててきた。間一髪、ルーナは横っ飛びで避けるも、これでは落ち着いて詠唱できる状況ではない。

 そもそも魔法使いは前衛の戦士がいてこそ輝く後衛だ。詠唱時間という致命的な欠点を補うだけの実力がなければソロで戦うのは難しい。


(仕方がないか)


 戦闘経験が浅いのか、襲い来る怪鳥に対し、冷静さを失っているようだ。このまま戦っても勝機はなさそうだ。


「ルーナよ、一度退くぞ! 今のお前では無理だ」

「は、はいっ」とルーナは地面の神鳥を抱きかかえ、駆けだした。背後から鋭い爪がルーナを強襲するも、紙一重でそれを躱していく。だが当たるのも時間の問題だ。


(しかしなぜ、あの怪鳥は執拗にルーナを狙う?)


 人間を襲うには理由がある。めぼしい食べ物を持たないルーナが標的にされる理由は――。


(まさか……我か?)


 先ほど野鳥を追い立てていたことから同族の鳥類にチアして縄張り意識が強く働いているのかもしれない。


「ルーナよ! 我を狙ってるやもしれぬ。お前は離れろ」


 ばさばさと翼を羽ばたかせ、ルーナの腕から逃れようとするも、逆にぎゅっと抱きしめられてしまった。


「そんなっ。だ、ダメです!」

「このままでは共倒れだぞ!」

「狙われているならなおさらあたしが守らないと……あっ!」


 地面に散らばっていた石に足を取られたのか、ルーナは思いっきり転んでしまった。神鳥は腕に守られて傷はないものの、ルーナは――。


「うぅ……」

「足を擦りむいたのか?」


 砂利に絡まられて足だけでなく、腕や顔も擦りむいているようだった。もはや走って逃げることは叶わないだろう。

 空からは獲物を狙う怪鳥が翼を広げ、急降下してきた。


「ダメっ」


 ルーナは神鳥を守るように腕に抱きかかえたまま、地面に座り込む。


(このままでは……っ)


 奴の大爪にルーナが引き裂かれる未来が容易に想像できる。


(せめて我が十全であれば……)

「グリちゃんを守らないと……っ」


 ぎゅっとルーナが怪鳥から庇うように強く抱きしめてきた。


(むっ……なんだこれは)


 神鳥は異変に気付いた。ルーナの腕が弱々しく光っている。いや、ルーナの全身から淡い光が漏れ出しているようだ。


(これは魔力か……)


 淡い光は粒子となって空中に溢れ出している。粒子一つ一つがルーナの魔力だ。

 高位の魔法使いのみが魔法を唱える時に発現する現象――以前、勇者パーティにいた賢者ミラが同じような現象を起こしていた。


 本来なら普通の魔法使いに起こる現象ではない。これはおそらくは無意識だろう。『グリちゃんを守りたい』という強い意志がルーナの持つ潜在能力を呼び起こしたのかもしれない。


 だがこれは好機だ。


(これを我に吸収できれば――)


 魔力の粒子を神鳥は全身で吸収する。羽の一枚一枚から足先までルーナの持つ魔力に満たされていく。


(いけるかもしれぬ)


 魔力の満ちた神鳥はルーナの腕から逃れ、空へと羽ばたいた。


「グリちゃん!?」


 全身から力が溢れ出す。魔力の光に包まれた体はみるみるうちに元の姿へと変貌を遂げる。

 純白の翼と深紅のたてがみ、金色のクチバシを携えた本来の姿――神鳥グリンカムビへとその身を変えた。


「グリちゃん……? すごい……きゃっ」


 急降下する怪鳥の爪を、神鳥は純白の翼で受け止めた。鋼のごとき強靭な翼は矮小な怪鳥の爪を全く通さなかった。


「クケーッ」


 怪鳥が間合いを取り、こちらを威嚇する。神鳥グリンカムビとなったこの身で、このまま奴を捻るのは簡単だが、それではおそらく意味がない。


「ルーナよ、背に乗れ。我の上から、目の前で奴に魔法を放つのだ」

「あたしが、ですか?」

「奴には人間に対する恐怖心を植え付けねばならぬ。人間であるお前が奴を撃退できれば、もうこの近辺で奴は人間に悪さをしまい――それに」


 と神鳥は続けて言った。


「これはお前の依頼だ。冒険者たるものの務めを果たせ」

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