第3話 一緒に温泉に入りましょうっ!
「気持ちいーですねえ……」
「うむ」
村の宿屋での食事後、神鳥たちは屋外温泉に入っていた。湯舟は石垣で覆われ、さらにその周りは竹の柵で覆われている。空に浮かぶ二つの月に照らされ、たまに心地の良い涼しい風が吹く。
そんな中で神鳥は翼を折りたたんで、湯舟の上でぷかぷかと浮いていた。波立った湯で体がゆらゆらと揺れるがそれすらも気持ちがいい。
「しかし温泉とは良いものだな。心が洗われるようだ」
体の芯から温まる用だ。気持ちよさに思わず、ホロロロ、と喉を鳴らす。温泉に入った後の勇者たちのホクホク顔が思い出される。なるほどこういうカラクリだったわけだ。
「そーですね~、あたしも温泉は大好きですぅ。子供の頃、おばあちゃんに連れられてよく温泉に行ってました~」
石垣にもたれかかりつつ、「ふぅ~」と大きく息を吐くルーナ。とてもリラックスしているようだ。
「それは良いものだな。家族で入る温泉も良いものだろう。この身では味わえない幸福だ」
魔王を滅するがために生まれた神鳥には家族なんていない。生まれた時から孤独で、魔王に対しての使命を帯びて現世に顕現した。
人のみに許された家族という存在は正直羨ましいものではあった。
「おばあちゃんも冒険者だったんで、一緒に温泉に入っている時とかよく冒険の話を聞かされてました~」
「今のお前があるのはその祖母のおかげなのだな」
「ですね~。おばあちゃんからよく魔法の才能があるよって言われて、それからいろいろ教えてもらってたんです」
目を伏せ、どこか憂いを帯びた表情をする。
「おばあちゃん、あたしが冒険者になるちょっと前に亡くなっちゃったんです。もう一度会えるなら会いたいんですけどね」
「辛いことを思い出させてしまったな」
「いえ! いいんです。心の中で折り合いはつけてますし、今は今で楽しいですからっ」
にっと白い歯を見せて笑うルーナ。あまり心配することではなさそうだ。
だからこそ少し気になった。
「ルーナよ、お前は仲間はおらぬのか? 冒険者とはパーティを組むものだと、聞いたものだが」
と訊ねると、あはは、と乾いた笑みを浮かべ、
「あたし、人見知りで……人と話すのが怖いんです。だからパーティに誘うのも気が引けちゃって……」
と、湯舟に顔を静めてぶくぶくと泡を出していた。
思えば男の冒険者二人と話す時もどこか緊張した様子だった。ソロで冒険する人もいるというが、こういう性格が原因なのだろうか。
「でもどっちかって言うと、あたしの力不足が原因かもです。中級魔法もまともに扱えないあたしがもし足を引っ張っちゃうと思うと怖くて……もっとあたしが強かったらそんな心配しなくてもよかったんですけど」
自己肯定感が低いのだろう。実力不足を懸念して仲間の輪に入れない冒険者は勇者と旅をしていた時に、何度か見たことがある。
(実力が足りていないからこそ仲間とそれを補い合うそれがパーティの意義であるのにな)
言っても詮無いこと。これは彼女自身の心の問題だ。彼女自身の手で解決しなければならない。だが――。
「実力不足で嘆くなら、その手伝い――我がしてやってもよい」
「え?」
「魔術のことなら我にも多少心得はある。望むなら魔術の知識を授けてやっても良い」
「それってあたしと一緒に来てくれるってことですか?」
「構わぬ。我も知りたいのだ。なぜ今、我がこの世界に顕現したのか。魔王はまだ滅されていないのか。どうして不完全の状態だったのか」
――そしてなぜ復活したのがあの場だったのか。
確かめなければならない。そのためには冒険者と共にあった方が情報は集めやすいだろう。神鳥は続けて、
「もしまだ魔王が現存しているなら我はまた世界を守るため、戦わねばならぬ」
次こそ刺し違えても魔王を滅さなければならない。
いたってマジメに言ったつもりが、なぜかルーナにきょとんと首を傾げられてしまった。
「世界を守るって……何を言ってるんで――あっわかりました。あれですね」
「あれ?」
「ほら、年頃の男の子が冒険者とか勇者とかに憧れてカッコつけるやつです。あたしの故郷の男の子もそんな感じでした」
信じていないようだ。それよりか痛い人扱いされている?
「違う! 本当のことだ!」
「またまた。はいはい、魔王を倒すためがんばりましょ~」
「くっ」
どこか小バカにされているようで癇に障るが、魔王と言われて特に危機感は覚えていないようだ。やはり魔王は――いや、それを知らなければならない。
「――とにかく、しばらくの同道を頼む」
「はいっ! あたしも嬉しいですっ! 初めてのかわいいお仲間ができましたっ!」
「こ、これ! やめんかっ」
とまたぎゅーっと抱きしめられてしまった。湯舟の上でばしゃばしゃしながら神鳥は抵抗する。
妙に馴れ馴れしいのが気になるが、これもまあ悪い気はしなかった。
※
「う~ん、いい朝ですっ」
宿から出たルーナは背伸びをして青空を仰いだ。仰ぎすぎて頭から落ちそうになったシャッポを「あわわ」と慌てて被りなおしていた。
確かに快晴の空で絶好の冒険日和だ。
とことこと隣へ歩いて行った神鳥はぐっとルーナを見上げて、
「これからどこへ向かうつもりだ?」
「そうですねぇ~」
顎に指を当てて悩むルーナの元に一人の初老の男が近寄ってきた。
「すみません、冒険者とお見受けしますが……」
「え、は、はい! あ、あたしですか?」
ルーナはびくっとして初老の男を見やる。
「私はこの村の村長を務めているサジクと申すものです。冒険者さまに折り入って頼みたいことがございまして……」
まだ初老のわりに顔にしわが多い。気苦労が絶えない様子が表情からうかがえる。
「この村、近辺に最近になって怪鳥が現れましてな。度々、商人の荷車を襲うのだそうです。もしよろしければその怪鳥を追い払っていただけないでしょうか?」
怪鳥が人を襲うというのは決して珍しいことではない。商人は荷馬車に食料を運ぶことも多く、頭の良い怪鳥ならそれを狙って襲うことがある。人間は抵抗しない、という刷り込みがあるから、何度も荷馬車を襲うのだろう。一度でも手痛い反撃を与えれば二度と襲うことはなくなるだろう。
(さて、ルーナはどうするつもりだ?)
ルーナはどこか悩むような表情をしていた。だがすぐに意を決したのか、うんと頷き、
「わ、わかりましたっ。あたしに任せてくださいっ。怪鳥はあたしが追い払いましょう」
少し震える声で胸を張ってそう答えた。どこか虚勢を張っているように見えてしまう。
「ありがとうございます、冒険者さま。怪鳥は北の山岳地帯から飛んでくる姿を度々目撃しております。おそらくそこに巣があるのでしょう」
(ふむ)
これは良い試金石になるかもしれない。今のルーナがどれほどの実力なのか、怪鳥との闘いで推しはかれるかもしれない。
「が、がんばりますっ」
当のルーナは緊張でがちがちだが……大丈夫だろうか。
不安を残しつつも、神鳥たちは北の山岳地帯へと向かったのだった。
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