第2話 ナデナデさせてくださいっ!

 視線を逸らしながら女の子はそう口にした。なんだか怯えているように見える。


「お礼って?」


 首を傾げる男たち。女の子はポケットに片手を突っ込み、

「こ、これ……珍しいポワートの実です。錬金術師に売ればそこそこいい値が付くと思います……」


 四角いトゲトゲの木の実を二つ、男たちに渡した。それを受け取った男たちは「おおっ」と歓声を上げる。


「知ってるよ、これ。この前魔物を引き寄せるために使ったからね。これなら十分お釣りがくる……。よし交渉成立だ。これで鳥は君のものだ」


 そう言うと男たちはほくほく顔でこの場を去って行った。

 緊張が解けたのか、女の子は「ふぅ……」と胸を撫で下ろしていた。


「鳥さん、大丈夫ですか? 心配しなくても私は食べたりしませんよ」

 と言って女の子にゆっくりと地面に下ろされた。目的が分からない以上、この女の子も油断ならない。


 神鳥は女の子に向かい合い、ゆっくりとクチバシを開いた。


「……お前は何者だ? 我を助けて何の益がある?」

「え!? 鳥さん喋りました!?」


 腰を抜かしそうな勢いで女の子は驚いていた。無理もない、普通ニワトリは喋らない。

 ふむ……少し補足が必要か。


「我の名はグリンカムビ。魔を滅するがため女神より遣わされた神鳥だ。以前、我は勇者と共に魔王討伐を――」

「めちゃくちゃ良きです!」


 勢いよく抱きかかえられ、そのまま豊満な胸に体を押し付けられる。


「あたし前からかわいい使い魔欲しかったんですよ! グリちゃん、あたしの使い魔になりませんか?」

「ぐ、グリちゃん……?」

「はいっ、グリンカムビって名前だと噛んじゃいそうなので、グリちゃんですっ」


 まるでペットみたいな名前だ。だが反論は聞き入れてくれなさそうだ。


「あたしは魔法使いのルーナって言います! ぜひぜひあたしと一緒に来てくださいっ」


 ぎゅーっと抱きしめられる。人に抱きしめられるなんて初めての体験だ。胃がきゅっとなって痛みを覚える。神鳥はバサバサと羽を羽ばたかせて抵抗する。


「離さぬか!」

「ああ、暴れないで――くしゅん!」


 羽毛が鼻先に触れたのか、冒険者で魔法使いの女の子――ルーナが盛大にくしゃみをした。その隙に神鳥は腕の中から脱出する。


「我は神鳥であるぞ! そのような扱い、無礼ではないか!」


 クケェーッ、と羽を左右に広げ威嚇するも、この体では威厳はまるでない。


「はぁはぁ、ぜ、ぜひ……ブラッシングさせてください。あたし、かわいい使い魔にブラッシングしてあげるの夢だったんです……」


 手をワキワキとさせながら、じりじりとルーナが近寄ってくる。涎を垂らし、息を荒くしていた。不気味さを通り越して恐怖すら覚える。


「させるわけがなかろう!」


 タタっと神鳥は地を駆けだした。本能で告げている。あの娘に捕まってはいけないと。


「あっ、待ってくださーい! 撫でさせて! ブラッシングさせてくださーいっ!」


 神鳥は茂みの中を駆け続ける。この身で空が飛べたら容易に逃げ切ることはできたものの、なぜだかこのニワトリのような姿では自由に羽ばたくことすら叶わない。


「捕まえました!」

「は、離さぬか!」


 足も小さいからすぐにルーナに捕まり抱きかかえられてしまった。すぐさま取り出したブラシで羽が撫でられる。


「くっ、や、やめい」


 シュッとブラシを羽毛に差し込まれ撫でられる――心地よい感覚が全身を包み込むようだ。いつしか抵抗を止め、ルーナの腕の中でぐったりとしてしまう。


「大丈夫ですよ~、痛くないですからね~」


 初めての感覚にうっとりとしてしまう。


(なんだこの得も言われぬ感覚は。ブラッシングとはいったい……)


 巨大な体ではブラッシングなんてされたことはなかった。そもそもブラシが小さすぎるからだ。この体だからこそ味わえる悦びなのかもしれない。


「気持ちいいですか~。こことかどうですか?」

「わ、悪くないぞ」


 しかし神鳥としての威厳が問われる。このまま身を委ねてよいものかどうか。


(いやいかん! 我は神鳥。流されてなるものか)

「娘――ルーナと言ったか? 我は現世の情報がほしい。今はオルディーネ歴何年――くっ」


 気持ちよさに思考がとろけてしまう。今がいつで魔王の軍勢が今どうなっているのか、現状を知らなければならないのに、流されてしまう。


「今はオルディーネ歴561年ですよ? あっここ気持ちよさそうですね~」


 さわさわとブラッシングしながらも答えてくれた。確か魔王を討伐したのは510年。あれから五十年近くは経っているというわけか。


(予定では百年ほど眠るつもりであった。こうも早く目覚めたとなると、魔王の復活が近いのか?)


 神鳥は魔王と対をなす神聖なる存在。魔王の復活に呼応して神鳥が予定より早く現世に転生したのかもしれない。ならば一刻も早く魔王の居所を知り、この身を完全体に――。


(く……いかん。うとうとしてきおった)


 ブラッシングを受け続けて脳がとろかされてしまう。ルーナの腕の中で眠ってしまいそうだ。


「ル、ルーナよ。そもそもお前は何の目的でこの森に立ち入った? 我を撫でるためではあるまい」

 話題を提供し、睡魔に打ち勝とうとする。


「冒険者ギルドって知ってますか?」

「知っておる。冒険者が依頼を受ける窓口であろう」


 ギルドには各方面から討伐や採集やらの依頼が集まる。一般の冒険者はそのギルドに冒険者登録し、依頼を受けて生計を立てている。無論、ギルドに登録しない冒険者もいるが、それは名指しで依頼を受けられるくらい有名な人だけの極稀の例だ。


「ギルドでこの森に錬金素材の植物が多く生えてるって聞いて採りに来たんです」


 以前、勇者たちもギルドで情報を集めて各遺跡や森などに素材集めに出向いていた。懐かしい記憶だ。当時は賢者ミラが植物について詳しくて、そこらに生えている雑草を集めて路銀の足しにしていた。錬金の素材になるからと言っていたが、勇者たちは怪訝な表情をしていたのを思い出す。


「そろそろ、夕暮れ時ですね……」


 見上げると木々の隙間から見える空に赤みがかかっていた。もう夕方だったのか。


「夜は危険だぞ。夜行性の魔獣に襲われた冒険者も多いと聞く」

「そうですね……今日の採集は終わりにします」

「野宿するのも危険だぞ」

「実は近くの街道沿いに村を見つけたんです。今日はそこで一泊させてもらう予定です」


 意外と抜かりはないようだ。拠点を抑えておくという冒険者としては基本的なことはできているようだ。


 しかし――村か。夜も更けてきたし、このままニワトリの姿で森を歩き続けるのも危険……だが。


「あの……グリちゃんも一緒に来ます? お腹すきません?」

「む……」


 確かに目が覚めてから小腹がすいていた。この未完全な体が原因だろう。


「それに温泉もありますよ……?」

「温泉……?」


 以前、勇者から聞いたことがある。冒険の後は温泉に入るととびっきり気持ちがいい、と。巨大な神鳥の姿では入ることは叶わなかったが、今の姿なら浸かることができそうだ。


「どうします?」


 小首を傾げて、顔を覗き込んでくるルーナに神鳥は――……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る