【ファミリーチキン】復活したらニワトリっぽくなってた神鳥、魔法使いの卵と家族になってナデナデされる。
永松洸志/ファンタジア文庫
第1話 ニワトリさん、捕まえましたっ!
黒い瘴気を纏った矢が天高くから降り注ぐ。
純白の翼と赤いたてがみ、金色のクチバシを携えた神の鳥――グリンカムビは勇者たちを背に乗せ、迫りくる矢の雨を搔い潜って空を翔けていた。
その神鳥の遥か上空には雷雨を操り、矢の雨を降らせる張本人――魔王が漆黒の翼を広げていた。
激しい雷雨と瘴気の矢弾に神鳥は表情を曇らせた。
「これでは我の翼をもってしてもは近づけん。魔王め、消耗戦を望むつもりか」
瘴気の矢が翼をかすめる。直撃したら背にいる勇者と賢者も無事では済まない。
「私に任せて。矢弾なら防護魔法で防げると思う」
賢者がそう言うと、ふわりと賢者の全身から淡い光の粒子が周囲に拡散する。
――魔力の結晶だ。
高位の魔法使いが魔法を唱える時に発生する現象だ。
神鳥に跨りながらも賢者は短い詠唱の後、宙に舞った粒子が賢者の持つ杖の先端に集まった。
「ティンクルドーム」
と同時に神鳥の周囲を取り囲むように薄い球体の膜が張られた。
おおっ、と勇者が感嘆の息を漏らす。
「――神鳥、近づいてくれたらあとは僕の剣で魔王にとどめを刺せる」
勇者が剣を構える。神鳥は頷く。
「承知した勇者よ――二人ともしっかり掴まっておれ」
闇の空を両翼で切り裂き、神鳥は一気に魔王へと肉薄する。賢者の防護魔法のおかげで瘴気の矢弾と雷雨は直撃することなく弾かれる。
魔王が眼前に迫る。
「行け! 勇者!」
「はああぁぁっっ!」
勇者は光の剣を振りかぶると、光の刃が魔王を切り裂いた。
『ぐおおっ……』
空を飛ぶ魔王は一瞬ひるむ。だが致命の一撃とはいかなかった。
『あと一歩、その刃届かなかったようだな――』
至近距離による魔王の魔法が放たれる直前――。
「それはどうかしら――シャインレイジング!」
賢者による光の一閃が魔王を切り裂く。
『なに……っ! ぐあぁぁ……』
切り傷から光の粒子が溢れ出し、魔王の体が消滅していく。
『おのれ! 貴様らだけは許さぬ!』
「っ!?」
粒子となり消える直前、魔王が放った黒の矢は神鳥の胸を貫いた。
「神鳥! 大丈夫か!?」「ひどいケガ……」
背の乗る勇者と賢者の心配の声に神鳥は弱々しくも答えた。
「……心配はいらぬ。この程度では死にはせん――それよりも見よ、空が晴れていく」
「おお……」
黒雲に覆われていた空がみるみる内に晴れ、清々しい青い空が頭上に広がっていた。
この世を支配していた闇の根源が今、断たれた。そう心に確信させるほど穏やかな陽光が神鳥たちに降り注いでいた。
「地上に下りるぞ二人とも」
勇者と賢者にはあと一人、戦士の仲間がいる。戦士は空中で戦えないから地上で待ってもらっていた。ふらつきながらも神鳥は地上に待つ戦士の元へ向かった。
豊かな草原の上には大柄な男戦士が物憂げな眼でこちらを見つめていた。神鳥が傍に着地すると、戦士が駆け寄ってきた。
「魔王は倒したのか!」
「ああ、だが神鳥が……」
「ぐ……っ!」
もはや両足で止まることもできず、神鳥は翼を広げ地に倒れ伏してしまう。柔らかな羽毛の一部が血で赤く染まっている。
「待ってて私の回復魔法で――」
慌てて杖を構えようとする賢者を神鳥は言葉で制した。
「無駄だ、賢者よ。この傷では間に合わん」
「だけど、だけど……っ」
賢者は泣きそうな顔をしていた。
「……案ずるな、賢者よ。我は神鳥グリンカムビ。一時の休眠でこの程度の傷は癒せる」
「一時って……?」
と勇者が首を傾げる。
「少なくとも勇者らの生きている内には会えまい」
「そうか……」
神鳥の全身から淡く黄色い光の粒が溢れ出してきた。その粒が風に乗って空へと昇っていく。もう残された時間は少ない。
勇者たちの目には涙が浮かんでいた。
「……悲しむことはない。むしろ楽しみだ、お前たちの子孫に我らの戦いの武勇伝を聞かせるのがな……」
「神鳥グリンカムビ。僕たちは忘れない。君と共にあったこの人生を」
「私も、私の子供にも――孫にだって、あなたのことは語り継いでみせる」
「俺もだ、俺の里にも神鳥の勇士は必ず伝えよう」
勇者――ロラン=ディラック。
賢者――ミラ=エリンシェル。
戦士――ラゼル=ゴードン。
三人の眼前で、神鳥――グリンカムビは淡い粒子となって空へと消えて行った。
――その後。
三人の勇士と共に戦った神鳥の記憶は人々の間で伝承となり、語り継がれることとなった。
――そして月日は流れ――
※
「む……」
神鳥グリンカムビはゆっくりと朧気に瞼を開いた。
森だ。辺りに木々が生い茂っている。種別もわからない鳥の鳴き声、葉を揺らす音が耳に飛び込んでくる。
だがおかしい……景色が逆さまになっていた。下に空があり、上に地上がある。いや違う自分の体が逆さまになっているのだ。新たに転生した際に地上に落ちて逆さまになったのか。
それと――環境音に混じって何やら妙な音がする。パチパチと木が爆ぜるような音だ。それに焦げ臭い煙のような臭いがする。火だ――体のすぐ近くで木が燃えているのだ。
離れなくては――そう思って翼を広げようとして――。
「っ!」
組まれた木の棒に足が縛られていて動けない。ハッとして首を真上に向ける。頭のすぐ真上、いや地上か、そこには焚火があった。チリチリと頭に火があたる。ようやく状況を把握した。
今、自分の体は焚火で炙られている! 組まれた木の棒に足を括り付けられ逆さ吊りして炙られているのだ。一体だれが!?
「おっ、こいつ生きてたのか」
「生きがいいな、先に仕留めとくか?」
焚火を囲むように周囲には冒険者風の男が二人地面に座っていた。同時に違和感を覚える。
人間がでかい。ゆうに人間の二、三倍近くはある。自分の体は人を一人乗せるくらいの大きさだ。その自分と比較して目の前の男たちは倍近い体躯がある。
(まさかここは巨人族の里なのか? それに周りの木も――)
薪も足が縛ってある木も巨大だ。巨大樹の森なるものがこの世に存在するとは知っていたが、辺りの森がそうなのか……?
(熱い!)
冷静になっている場合ではない。燃やされる。このままでは丸焼きにされる!
神鳥は体をよじり、足を縛っていたロープをつつく。ロープが古かったのか少し突いただけでロープが千切れ、神鳥は地面に落ちた。一瞬だけ体が火に巻かれるがすぐに脱出する。
「あっこいつ! 逃げるな!」「待て!」
飛び立てば追いつけまい――そう思って翼を広げるも体が鉛のように重く飛べない。仕方なく細い鳥足を動かし、茂みの奥へと駆けて行った。
(どういうことだ? やはりおかしい)
周りの木々、木の葉の一片にいたるまで一回りも二回りも大きい。まるで巨人の森に迷い込んだみたいだ。
(いやまさか――)
もしかすると周りが大きいのではなく、自分が――。
駆け回っていると、広い湖に出た。一抹の不安を覚えながら、神鳥は湖に近寄る。
(これは……どういうことだ?)
湖に反射して映った自分の姿に神鳥は驚愕した。
赤いトサカ、白い羽、丸々としたボディ、小さな黄色いクチバシ――そこに映っていたのは紛れもない。
(ニワトリではないか!?)
雄々しく美しい神の鳥の威厳はまるでない。食用のチキンと瓜二つの姿が湖に映っていた。やはり周りが大きくなっていたのではない。自分が小さくなっていたのだ。
元々あった深紅のたてがみ、純白の翼、金色のクチバシが退化した姿だとはわかっているものの――傍から見たらただのニワトリだ。
自身の姿に茫然としていると、後ろから誰かに抱きかかえられた。
(マズい! 捕まったか!? ……ん?)
「わぁ鳥さん、すごく綺麗な羽毛ですねぇ……」
あの男たちではない。女の子だ。冒険者だろうか。動きやすそうな服装にレザーアーマーを着けている。さらには丸いシャッポを被っていた。人間の中では年は若い方だろうか。おそらく成人はしていない。幼く丸い顔立ちをしている。
よく見ると背中に大きな杖を背負っている。駆け出しの魔法使いといったところだろうか。
どちらにせよ得体の知れない人間には違いない。神鳥は羽をバサバサと羽ばたかせ、女の子の腕の中でめいっぱいの抵抗を見せる。
「わわっ、大丈夫ですよ! 何もしませんから!」
女の子にぎゅっと抱きしめられて、身動きが取れない。そうこうしている内に男二人が追い付いてきた。
「いたいたあの鳥だ」「お嬢ちゃん、冒険者かい? 悪いけどそれは俺らの晩飯なんだ。返してくれないか」
男二人が詰め寄って来る。
(晩飯だと! 我は神鳥グリンカムビなるぞ!)
ぐぬぬ、と心の中で怒りをあらわにするが、このニワトリのような姿では言っても威厳はないだろう。
どうやって逃げようか思案していると、女の子はおずおずといった様子で口を開いた。
「よ、よろしければ……」
「ん? なんだいお嬢ちゃん」
「この子、あたしにくれませんか? お礼はしますので」
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