第五章 優しい夜明け
200億円を手放す時
第32話 長谷川雄大が長谷川雄大を捨てた幼い日
☆双葉サイド☆
何というかお兄ちゃんとデートもどきをする事になった。
それはとても嬉しく。
そして何だか複雑だった。
お姉ちゃんの件も.....友作さんの件もあるから。
だけど今日は心から楽しみたいって思う。
友作さんの件に関しては取り敢えず待機してほしいという形になった。
今村さんによって、であるが。
その合間をぬって今日は映画を観に行く。
だけどそんなに長居する気分でもなかった。
お兄ちゃんには伝えてある。
お姉ちゃんもそうだけど友作さんの件もあって長居をする気分じゃない、と。
その言葉にお兄ちゃんも納得してくれた。
それはそうだな、と。
お兄ちゃんも長居する気は無い様だった。
「.....アイツに再び会えたら良いんだが」
「そうだね。今村さんに楽しんでって言われたけど何だか複雑」
「取り敢えずスマホは常に確認しよう。.....じゃないと何だか不安だわ」
「それは確かにね」
そして私達は映画館に赴く。
それから映画のチケットを購入してからポップコーンを買って炭酸を買ってから.....そのままシアターに入る。
そうしてから.....約1時間30分の映画を観た。
☆
「面白かったね」
「そうだな.....康子ちゃんが最後、幸せになって良かったわ」
ゴミを処理してもらい。
そのままシアタールームを出てみる。
そしてお土産を買う為に売店に寄ってみる。
ストーリーとしては骨肉腫という癌の治療で車椅子生活になった主人公にヒロインが生き甲斐を見つけてあげる、というストーリーだった。
何だか今の私達の境遇に似ている気がする。
思いながら私はお兄ちゃんを見る。
お兄ちゃんはグッズを選びながら顎に手を添える。
「お兄ちゃんは.....ああいうストーリーは好き?」
「好きか嫌いかって言われたら好きだな。.....設定は」
「そうなんだね」
「だってみんな幸せになるじゃないか」
「そうだね.....確かに」
それから私は少しだけ嬉しく思いながら目の前のグッズをを見る。
先程の映画のグッズであるが。
そしてふと思った事を聞いてみる。
お兄ちゃんは例えば付き合った女性に莫大なお金とかあったらどうするの?、と。
するとお兄ちゃんは、お金には興味無いな、と答える。
それから、どれだけ愛せるか、だな、と話す。
「.....様はどれだけの愛を持って接する事が出来るかって事?」
「普通はそうじゃないか?大切な女性なら生涯愛したいしな」
「.....そっか。お兄ちゃんは相変わらず良い人だね本当に」
「良い人じゃなくて普通の考え方だ」
「まあそうなんだけどね。.....でもそういう考え方が今出来るのは凄いと思う」
「そうか?.....でもお前が言うならそうなのかもな」
そんな事をお兄ちゃんは言いながら笑みを浮かべる。
何だか幸せな時間だと思う。
お兄ちゃんとこうして触れ合える事が.....何よりも。
とても幸せな時間だと思う。
考えながら私はその幸せを噛み締めながら目の前の光景を見る。
「お兄ちゃん。パンフレット買っても良いかな」
「自由に買ったら良いんじゃないか。俺も買おうかな」
「そうだね。今日の記念に」
「ああ。.....じゃあ俺も買おう」
お兄ちゃんは口角を上げる。
それからお兄ちゃんはパンフレットを買う為に売店員さんに話し掛ける。
私も、同じもの下さい、と言いながら売店員さんからお金を払ってパンフレットを受け取る。
そしてそのパンフレットを胸に押し当てる様にする私。
するとお兄ちゃんが聞いてくる。
「そんなに映画が好きだったんだな」
と、であるが。
私は首を振ってからお兄ちゃんを見る。
違うよ。映画は確かに好きだったけど映画の為に買った訳じゃない、と笑みを浮かべながらお兄ちゃんを見る。
花咲く様な笑顔を浮かべながらお兄ちゃんを。
お兄ちゃんは、?、を浮かべて反応する。
「.....もしかして今日のデートの記念?」
「そうだね。今日というデートの記念だよ。.....俳優が好きとかじゃないもん。こんな何処にでも居そうな顔なんて嫌い」
「そうか。変わらずだな。お前も」
「私はお兄ちゃん一筋だから」
「.....」
そして胸にパンフレットを押し当てるのを止めながら私はお兄ちゃんの顔を見る。
お兄ちゃんは、双葉。.....感謝だな、と切り出して私を見る。
私はその顔を複雑な感じで見ながら歩くのを止める。
それから全ての。
これまでの意を決してお兄ちゃん、と話し掛ける。
お兄ちゃんは元気そうに私を見た。
本気で愛の告白をする様な感じで私は聞く。
「お姉ちゃんに告白したんだよね?.....それは何でだったの?」
「本気で好きだったからな。だから告白した」
「そうなんだね。初恋っていつぐらいだったの?」
「それは一葉.....」
「それは嘘だね。.....和子さんは?」
「.....え.....何でそれを知っている.....」
私の言葉に愕然とした。
青ざめた顔をしたお兄ちゃん。
それから、成程、と思いながらお兄ちゃんを見据える。
ジッと。
全てを知りたい、という感じで。
機は熟した。
本気で鳥籠に囚われていたのは.....お兄ちゃんだったんだな、と。
白姫和子さん。
長い癖っ毛のある黒髪が特徴的だった女の子だったらしい。
享年.....6歳。
ユーイング肉腫と呼ばれる小児癌で亡くなった。
幼稚園の同級生だったらしい。
丁度お兄ちゃんが幼い頃に最初に好きになった女の子。
お姉ちゃんから聞いた。
当然だが私達と幼馴染になる前の話ではあるが。
「まあ情けないよな.....俺も」
「それは情けないって言うんじゃないよ。お兄ちゃん。お兄ちゃんはあり得ないぐらい傷付いているから気が付いてないだけ。今までお兄ちゃんはお兄ちゃん自身の痛みを塞いできたんだろうけど。もう隠さなくて良いんじゃないかな。ずっと察されない様に隠してきたみたいだけど」
「俺は和子の.....一葉を生き写しの様に見ていたし。お前の事も生き写しの様に見ていた。だからこの痛みは隠すべきだ。情けなさすぎるからな」
「だけどお兄ちゃん。誰にもこの痛みを知られないまま抱え込むの?これから先もずっと一人で」
全てお前達の為だ、と言いながら私に向くお兄ちゃん。
だけどお兄ちゃん。それは卑怯じゃないかな、と私は言う。
私達を救っている癖に自分は蔑ろ?
それっておかしくない?、という感じで。
「それで良いの?」
「双葉。.....もう良いんだ。俺は。この傷は治らないから」
「治らないよね。でも痛みを軽くする事は出来ると思うんだけど」
「.....」
「今日で思い出したよ。癌で車椅子生活になった傷付いた彼と優しげな健気なヒロイン。それでね」
「.....」
そして私はお兄ちゃんの頬を持つ。
人が見ているが気にしない。
それから頭を撫でた。
大人が子供をあやす様に。
いつも救われるのに今日は逆だな、と思いながら。
みんな傷ついているのに。
お兄ちゃんはさらにそれの2倍ぐらい傷付いている.....んだな、と。
改めて気が付いた。
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