酢豚が食べたい!

 .





 酢豚が食べたい。


 酢豚とは、下味をつけた角切りの豚肉を用い、衣をつけて油で揚げ、甘酢あんをからませた中華料理である。


 わたしは小さい頃、酢豚という料理を勘違いして覚えていた。

 わたしの中では、『酢豚とは適当に切った野菜を甘酢あんでからめたもの』だった。

 甘酸っぱい味だから、酢豚の“酢”は分かる。

 でも、どうして酢豚という料理名なのか。

 酢豚の何処に“豚”があるのか疑問で仕方なかった。


 わたしの疑問は学校給食で解決した。

 学校給食のメニューに酢豚が出たのだ。

 そしてその時、


「わぁっ! この料理、お肉が入ってる!」


 小学校低学年だったから思ったことをそのまま口にした瞬間、


「え? 酢豚なんだから、お肉入ってるよ?」


 教えてくれた子は“なに言ってんだ、こいつ”みたいな顔をしていた。

 お互い『???』状態だった。

 他の子たちは、


「やだー、この酢豚パイナップル入ってるー!」


 だったのに、わたしだけ「お肉入ってる!」って言っていた。

 酢豚に肉が入ってることが衝撃で、パイナップルが入ってることについてまで頭がまわらなかった。


 家に帰って、どうして我が家の酢豚には肉が入ってないのか母に聞くと、


「うちの酢豚にも豚肉入れてます」


 との回答だった。

 もしかして、酢豚の肉を食べててもわたしは分かってなかったんだろうかと不安になる。

 でも、


「……あの野郎が酢豚の肉だけ食っちまうんだよ」


 母はキレていた。

 あの野郎とは父のことだ。

 我が家の酢豚に豚肉が入ってなかった理由。

 それは、父が一人で豚肉だけ食べてしまうから。

 フライパンの中にある酢豚を各自皿へ盛り付ける時に父は肉を全て持って行って、食べるのだそうだ。

 酢豚の肉の量を増やしたり他にも工夫したけど、無意味だったとのこと。


「なにそれ、知らない……」

「そりゃ、あんたたちが食べる前に一人だけ先に『晩酌だ』って言って隠れて食べてるんだもの。知ってるわけないじゃん」

「お母さん、注意しなよ……」

「何度言っても全く直す気ないから知らん」


 衝撃だった。

 酢豚の豚肉の“カス”を食べても、肉だと認識するわけがなかった。


「給食で酢豚出てたんでしょ。なら、もう家で出さなくていっか」

「あのね。給食の酢豚、パイナップル入ってた」

「あたしは入れないけど、どうだった?」

「お肉のことで頭いっぱいで、パイナップル食べたか分からない」

「次出た時、感想聞かせて」


 それから、我が家から酢豚が消えた。

 でも、父が仕事の飲み会とかでいない時に母は酢豚を作ってくれて、「甘酸っぱいたれにからめた肉って美味しいっ!」と感動した。

 ちなみに父が「最近、酢豚食ってねぇな……」と呟いたら、「あたしは子どもに肉無しの酢豚を食べされる気はありません」と母に言われて、一人でキレていた。


 余談だけど、わたしは酢豚に入ってるパイナップルは有り派だ。

 好きではないけれど、温かいパイナップルを食べることがないから珍しいなと思って食べている。


.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る