第3話 博多屋台物語ー3
中洲にも屋台街はあるが、那珂川を渡って天神まで出た。一度、一人で入ったおでんの屋台店を思い出したのだった。そこは、70代半ばぐらいの老人が一人でやっていた。冬でも夏でも年中おでんをやっていた。最近、屋台はいろんなメニューを出すし、洋食屋台も増えた。そこはおでんオンリーであった。父とよく一緒に行った屋台のおでんと味が似ていた。
大根、好きになっていた。厚揚げ、こんにゃく、竹輪を注文した。お燗の酒も注文した。
「お姉さん、今日は元気がないね、どうしたい?」
「私、2度目ですが憶えているんですか?」
「若い娘が一人で来て、燗酒注文するってそうないよ」
父と幼い頃から屋台おでんを一緒した話をした。
「そうかい、でも、前来たときは元気はつらつとした顔してたよ。いい顔だと思ったよ。俺好みだと思ったよ。この歳で口説いているのではないよ。それで憶えているんだよ」
さっきの、そっき、老人と云っても、男性に「好み」と云われたのだ。悪い気はしなかった。もう1本酒を注文した。
「お姉さん、コロはどうだい?」
「置いてあるんですか、高いんでしょう?」
「うちは高くはないよ。うちは美味いのだか、まずいのだか分からないが、味が変わらないと云われるよ。コロは良い出汁が出るんだよ。それを高いからやめたとなると、味は変わってしまうだろう。何も全部原価以上でなければならないと云うわけでもあるまい」
「じゃー、コロください。ジャガイモも」
そんなことで、仕事探しの帰りにちょくちょく寄るようになった。
「どうだい、仕事は見つかったかい?」
「なんだか、面接ではねられるの。アルバイトは嫌なの…」
「お前さん、この屋台をやってみる気はないかい?」
「ええ~、私全く素人ですよ。自分の食べるものぐらいは作れるけど」
「この出汁があるだろう。ここに具だけ入れりゃいいんだ」
「そんなに、簡単なんですか?」
「まー、簡単ではないが、そう難しくもないや。出汁を汚さない、味を変えない」
「味を変えないね?」
「客が云うだろう、何々が欲しい、何々はないかい?とかね。新メニューとかも入れたくなる時もある。すると味が変わるのさ。うちの売りは変わらない味だ。変わるのが好きな人もいる。じゃあ、変わらないのを好きな人もいるってことさ。欲をかかなきゃ、それで十分食べていけるよ」
「私でいいんですか?」
「お前さんなら、それが出来そうに思うんだ」
「譲って貰うって、お金もいるんでしょう?」
「俺もいい歳だ。そう十年も生きられないや。その程度の貯えは出来たさ。やる気があるかないかだ。それが一番だ」
「あります!やる気だけはあります!」
「そうかい、1カ月付くから、その間に覚えるんだよ」
「1か月…、ですか…」
「長きゃいいって訳ではないさ。短い方が集中して覚えられよ」
「1カ月で覚えられなかったら?」
「そのときゃ、諦めて貰うしかないね」
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