第2話 博多屋台物語ー2 

 中学、高校と終え、ある会社の事務員として就職した。中小企業とはいえ、地域ではそこ、そこの規模の会社だった。大手の会社の電気部品を作っていた。事務職と云っても、普通科で商業科のような簿記知識もなく、専ら雑役係だった。会社方針でお茶くみは禁止であったが、忙しい社員に代わって、コンビニにお弁当・飲み物を買いに行ったり、郵便局に行ったり、コピーをしたり、結構忙しかった。尚子はこの仕事を気に入っていた。皆からも便利屋さんと重宝されていた。

 3年、5年過ぎても仕事内容は変わらなかった。後から入って来た女子社員がそれなりの仕事を任されても、尚子には別段不満がなかった。上司がそうしようと思えばそう出来た。尚子がそう云えばそう出来た。しかし、気配りの出来る便利屋さんとして職場の連中は尚子にそうあって欲しかった。皆がそう思っているならそれでいいと尚子も思っていた。


 総務部、経理と人事が主な仕事だった。課長が二人、主任が二人、それぞれに大卒の女子社員がいた。その中の一人、総務部には珍しい歩外折衝を担っていたが、尚子に高飛車だった。でも、他の社員にもそうだったから別段気にならなかった。

ある日、事件が起きた。尚子に取っては事件だった。その女子社員がミスを犯したのだった。課長の𠮟責は想像以上に厳しかった。その女子社員は言い訳をした。課長の怒りは増した。普段使わない言葉も出た。尚子は席で聴いていて、女子社員にも一理があると思った。確かに会社の信用に関わる大事なことだった。その社員にも詰めの甘さがあった。しかし、課長の指示の仕方には、どちらにも取れる要素が含まれていた。


 ここでだ、尚子が自分でも想像だにしなかった行動に出たのだ。課長にその旨を伝えたのである。その場にいた職員は全員尚子の行動に驚いた。そして尚子に同調する頷きになった。課長は一瞬何かを言いたかったようだが、女子社員に「以後気を付けたまえ。席に戻ってよろしい」と云って、尚子を無視した。

尚子にはお咎めなしだったのだが、尚子には職場は以前と違ったものになった。その女子社員は尚子には高飛車でなくなった。課長は変わらぬ様子をしたが、無視する態度に変わった。他の職員も「尚子さんあれ頼むね」「あれしてね」「あれまだ」とかの便利屋さんとしての気安さが減った。

 なんだか、尚子は窮屈に感じるようになった。別段断固とした決意ではなかったが、やめる決断をした。課長は何も言わなかった。僅かだが退職に手当を増してくれた。


 辞めたはいいが、便利屋さん以外の特技を持たない尚子に何が出来よう?事務員は嫌だった。思い切った仕事をしたかった。中州を歩いていると、『ホステス募集』の貼り紙が目に入った。「ホステスか…」、美貌には自信がなかった。でも、人に不愉快を与える顔とも思えなかった。バストの線に目が行った。豊かとはいえない。ぺちゃぱいの部類だろう。でも、スタイルは悪くない。

 思ったが吉日!それを逃したら、やっぱりやめるだろう。その足でその店に入った。店は準備中らしくバーテンダーの男性が二人、忙しくカウンターの向こうに居た。ホステスが2,3人カウンター席で化粧を整えていた。一斉に尚子の方を見た。服装が場違いだったようだ。

 その旨をカウンターの男性に伝えると、奥のドアーから店の主任らしき男性が蝶ネクタイ、白いカッターシャツスタイルで出てきた。上司課長と同じぐらいの年齢、45歳ぐらいだった。生憎く、ママが今日は休みなので明日の夕方5時に来るように言った。


 ママは和服を着た、50歳ぐらいの恰幅のよいスタイルだった。上から下まで目をやった。品定めをしているようだった。テーブル席に座らせ、正面から尚子を見てこう言った。

「あなたは、この世界に向いてないわね。顔が悪いとか、スタイルが悪いとかではないのよ。服装はどうでもなるわ。でもね、あなたは男の人に好かれる何かが欠けているように見えるの。ごめんね、魅力がないと云う意味ではないの、水商売のこの世界に来る男性にはよ。水商売ばかりの世界が長かった私の感じよ。手が足りないから募集しているのだから、あなたでもいいのよ。でも、あなたのタメにならないと思うの。分かって貰える」

 別段、体のいい断りでもなさそうだし、言っていることが多分当たっているのだろう。「ハイ」と頷いて店を出た。すぐに家に帰る気はしなかった。父はいつものように屋台に寄って帰るだろう。


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