博多屋台物語

北風 嵐

第1話 博多屋台物語ー1



『屋台酒』


いろんなこと


 あったなと ひとり酒


こんやは冷える。


お前のことを


 おもって 飲んでるよ


なんであんなに


 楽しかったのだろう


野郎ばっかりの せいしゅん。


北風嵐ー『下手な詩集より』


 北島三郎が歌う『博多の女』はこんな歌詞から始まる。

夜の那珂川(なかがわ)肩よせて♬・・夜には早い、うっすらと人の顔も見える日暮時、那珂川を渡る橋の向こう側を、母が見知らぬ男の人と歩いていた。陽の沈みを背にした尚子には母は気付かなかったようだ。それが尚子が母を見た最後だった。

 父は事情を察していたのか、捜索願も出すこともなく、別段騒ぐ様子もなかった。父はお酒に溺れるとかそんなこともなく、依然と変わらぬ勤め人の仕事を続けた。変わったことと云えば、尚子に以前より優しく言葉をかけるようになったことだった。その前は殆ど母任せだった。

 尚子、小学校3年の時の出来事だった。父の寂しさを思い、自分の寂しさは顔に出さなかった。もう、それぐらいのことは分かる歳にはなっていた。父は職場の配置を変わったらしく、早く帰ってくるようになった。夕食が面倒な時は近くの屋台に出向いた。あの博多の長い屋台ではない。家の近くの商店街の入り口に並ぶ4,5軒の屋台だった。

 

 父の行く店は、おでんの店が殆どだった。大根、厚揚げ、こんにゃく、ごぼう天、父の定番だった。それにコロ(鯨の本皮を油で揚げたもの)を必ず注文した。それでチビチビと酒を飲む。ご飯は滅多に注文しない。あまり、店の人と喋ることもなく、静かな酒だった。お店の人も、他の常連さんも心得たもので、必要以上には話しかけなかった。尚子は、大根は当時苦手だった。厚揚げ、竹輪、そしてコロでご飯を食べた。

 食べ終えると、その店の子と遊んだ。その男の子は尚子より1年下だった。尚子と同じように母親がいないのか、いつも店の傍の椅子に腰かけていた。たまに混んだ時などは食器や皿を片付けていた。そんなときは尚子も手伝った。


 小学校5年になった頃には、炊事、洗濯、掃除は尚子が全てこなすようになった。父は又、以前の職場に戻してもらったようで、帰りは遅くなった。父は屋台で飲んで帰ってきて、尚子はお茶漬けだけの用意をして一人で食事をした。ただ父の休みの日だけは、その屋台に一緒した。いつの間にかその男の子は来なくなっていた。そのことを訊いてはいけないような気がして、屋台の男の人には訊くことはなかった。


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