第23話 決闘
ドアをそっと開けて滑り込むように中に入る。
「タバコ、うまく吸えなかった」
ルルは笑って、タバコの包みを取り出して一本口に咥えてライターをよこせと手を出したので、私が火をつけてあげた。美味しそうにタバコを吹かす。なんだか違うなぁ。さまになっているというか。
私はさっき心に決めたことを口にしなければならない。
「ルル、私ね、決めた……ルルと一緒にいたい」
ルルはため息をつくようにタバコをふーっと吐き出す。
「率直に言う。これから私はルネと会う。話し次第では戦いになる。私は弟を殺すことになる。もしくは弟の手にかかる。そんなものを見たいのか?」
そんなわけじゃない……そんなの見たくない……でもルルの言っていることは本当だ。
「じゃあ、私がそれを止める」
「どうやって?」
それはわかんないけど……最初の日に二人が戦ったのを思い出す。あんなの手に負えない。ルルがタバコの灰を落とそうとするとそれが、ポロッと落ちてルルのパンツに焦げ跡を残すのが見えた。ヴィジョンだ。
私は慌てて、ルルがタバコの灰を落とした瞬間に手のひらをかざして、灰がルルのパンツに落ちないようにした。
あつっ! 反射的に手を引きそうになったけど、軽く灰を手のひらで跳ねさせる。数度、繰り返すと火は消えた。熱かったぁ。
「私には少し先が見える」
「タバコの灰が落ちる未来か、それでなにが見える。私とルネとの戦いの結果か?」
ルルはあざけるように言った。
そこまでは見えない。でも、でも……。
「私はルルと一緒にいたい。それだけなの」
「わかった。必ず戻る。約束しよう」
「だって、もし死んじゃったら?」
私は必死だ。ここでなんとか粘らなければいけない。
「そしたら骨でも拾いに来てくれ」
「それじゃあ、一緒にいられないよ!!」
ほとんど泣いている。
「そんなに死にたいのか!」
急にルルが声を荒げて、身体がびくっとした。そんなのお構いなしにルルはまくしたてる。
「私は一〇〇年ほど生きてきた。友も失った。家族も失った。戦争はなにもかも焼き払った。私のすぐ近くに迫撃砲が落ちて、他の者たちは死んだが、私は生き延びた。なぜ私だけ生き延びたのか。なぜ私だけ、生き続けているのか。この想いがお前に分かるか!」
「わかんないよ! だから一緒にいたい!」
私も大声を出す。
「それが苦痛なんだ! いずれ別れると分かっていて、なぜお前と一緒にいなければならない? 私はまたお前の死を見届けなければいけないというのか?」
それから少し声のトーンが落ちた。
「もうそんなのは、うんざりなんだ。誰にも死んでほしくない」
それからルルはゆっくりと言葉を続けた。
「なぜ、お前を助けたと思う? 理由なんてなかった。ただ、目の前で人が死ぬのがいやだったんだ。人死には慣れないものだよ」
一瞬、教授とルルが重なった。
「だったら、ルルへの恩を返すよ。私だって、少しは成長したよ。昔の私じゃない」
「恩なんてどうでもいいんだ。あの時はただ、チョコに生きて欲しかったから言ったんだ。そのまま家に送り届けようと思っただけだったんだ……なのに、私は、私は君を巻き込んでしまった」
「なら最後まで巻き込んでよ! もう、私に帰る家なんてない! ルルと一緒にいたい」
わかった、わかった、とルルはうなだれている。
「なら、どうやって私といる? チョコの気持ちはわかった。そして嬉しい。けれど危険なんだ。死んでほしくない」
「だって、ほら。私だってホテルから武器を持ってこれたし、Tとも対等に話し合えた」
そう言って、私は武器の包みをほどいた。ナイフを握る。その瞬間だった。首元に冷たいものが押し当てられた。ルルのダガーだ。
「今の一瞬で即死だ……チョコの気持ちは嬉しい。嬉しいさ。必ず帰ってくる。約束する。それで我慢しろ」
私はナイフの刃の部分に手をやり、少し痛かったけど押しのけた。血が滴る。
「私だって、決めた。ルルと一緒にいる」
わかった。わかったよ。と言って、テーブルやら椅子やらを片付けはじめた。狭いがスペースができる。
「そのナイフで私に引っかき傷でもつけられたら、連れて行ってやる。チャンスは三回だ」
「行くぞ!」
と言った瞬間にルルは消えた。
気がつくと、首元にルルのナイフが押し付けられる。それも力が入っていて、少し首元が切れたようだ。
私はナイフを構えたが、そもそもどう構えたらいいのか分からない。それでもルルみたいに逆手に構えた。もし怪我させたらと思って鞘に入れたままだ。それに目をやったルルが、鞘で人を殺せると思っているのか? 全力で来い、と言う。
私は黙って鞘を外した。銀色の刃が光った。同時に、教授と父の顔が浮かんだ。お願い二人とも……!
だが結果は同じだった。間合いは二メートルはあるだろうに、ルルは一瞬にして視界から消えて、現れた時には私の首元に精確にナイフを当てている。今度は、ナイフの先端で軽く切られた。思わずうめきそうになったが、こらえた。
実戦なら死んでる。実戦なら死んでる? この言葉にデジャヴを感じた。ナイフで首元を切られて、同じことを考えた。でも、過去にそんな経験はない……考えろ。
ヴィジョンだ。ヴィジョンが遅れて来ているのだ。先読みが追いつかなくて、後から見えているのだ。なら先を読めれば……。
でも、なんでルルは消える? いくら小さいとはいえ、ルルの大きさで人間の動体視力を超えるなんて時速300㎞出したってありえない。
さっきのルルの動き、もし消えるとしたら、それは視界から消えたに過ぎない。だとしたら一瞬で死角に入って、また出てきているのだ。
分かった。ルルが消える。私はナイフを首元に素早く構えた。金属と金属が跳ねる音がした。その衝撃で私はよろけた。ルルは直立した体勢からまるでレスリングの選手のように身を低くして視界から消えているのだ。
次の初動が見えた。ヴィジョンだ。右から。私は的確に受けた。また金属の鈍い音がしてルルが引く。今度は、腹部を狙ってくる。私は身を躱した。ダンスステップと同じ要領だ。少し先が見えれば、相手の攻撃は当たらない。もちろん見えればの話だが……でも、少なくとも今は見えている。
身体が熱くなるのを感じた。一撃、たったの一撃でも与えればいい。でもルルを怪我させたらと思うと、それも怖かった。でもつべこべ言ってられない。ここで傷一つつけられなければ終わりなんだ。でも怖かった。怪我させるのが怖かった。どうしたらいいの……。
ルルが次のモーションに入った。いや、それはヴィジョンで、実際ルルのモーションは見えない。次は? 身を低くしてからの突き上げ。私は軽く後ろに一歩下がった。これで充分なはず。
でもそこでヴィジョンは終わらない。そのまま身体を回転させて蹴りを入れてくる。こんなの受けたら吹き飛ぶどころの話じゃない。私は上半身を可能な限り、後ろに反らせた。こんな芸当ができると思ってなかったから自分でも驚いたが、ルルの蹴りは空回りした。
その瞬間に、ルルの長い髪の毛が顔の前を横切った。そこにナイフを合わせる。ルルの髪の毛が切れて舞い上がった。
それに飛びつくようにして私は掴んで、ルルに見せつけた。
ルルが大きくため息をつきつつ言う。
「それはズルい。そしてここまで伸ばすのにどれほど、時間がかかったと思っているんだ……」
半分、笑っている。
「合格?」
私はルルの髪の毛の束を持ったまま言った。
「合格とは言えないが、不合格とも、言えない。傷つけたことは傷つけた。特に心をな……」
ルルはそれでも長い自分の髪を愛おしそうに撫でた。だが、とルルは続ける。
「チョコは本気で私を傷つけようとはしなかった。隙はあったはずだ……。それがチョコなのかもしれないな……」
と一人でつぶやいた。私は切り取ったチョコの髪の匂いをそっと嗅いでから、ポケットの中に入れた。変態っぽいかな。
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