第17話 警察
ホテルを出ると、散開の合図を送る。カラスたちがバラバラの方向に飛び去った。
私も教授からもらった武器を革包みから取り出して拳銃を左のポケットに、短剣を右のポケットに入れた。コートがずしっと重くなるのを感じる。少し迷ってからコンパスは首から下げることにした。チェーンが女性ものだからか、なかなか綺麗だ。
胸を張ってホテルから遠ざかる。このまますぐに秘密基地の方へ行ってもよかったが、帰ることへの気まずさから駅の方に向かうことにした。クロウも少し離れて上空にいる。私はすぐに雑踏のなかに紛れ込んだ。
どっと疲れがでる。ついつい後ろを振り返ってしまう。誰か追いかけてきていないか確認したが、ホテルはそれどころの騒ぎではなかったようだ。駅前を抜けて、人がまばらになってくると、クロウはまた私の方にとまった。人々が奇異の目でこちらを見るのがわかったが、まあいい。
「無理をしやしたねぇ。あっしゃどうなることかと……」
「私もびっくり! でもこうして教授からの、父さんの置き土産を手に入れられた……ただ……」
クロウは首をかしげる。
「ただ、ルネにつながるものはなかったね」
「それは言っても仕方ねぇことでさぁ。あの夜は、急にやってきやしたから……」
うんと言ったが、これではルルに持っていって喜ばれるものではない。もしかしたらそんな危険なものを持ってきてどうするんだと怒られるかもしれないと思いながら左ポケットのなかの拳銃と、弾丸をなんとなく触る。冷たかったが、すこし安心する。唐突にクロウが声を出した。
「ありゃぁ、まずいかもしれやせんぜ」
と言って上空に舞い上がった。
それを目で追いかけてから、視線を戻すと明らかに警察の人間がこちらを胡散臭そうに見ている。私は視線を軽くそらして、そのまま秘密基地のある橋の方へ歩く。警官が自転車に乗ったまま、こちらへ来るのがわかった。
堂々としているんだ知世子。だって私はルネともTとも渡り合ったんだ。警察なんて……とは思ったけど、私は見るからに怪しかった。声をかけられる……やばい……。
「君、そこのコートを着た君だよ。ちょっと止まりなさい」
最初は無視した。だってなにも怪しまれるようなことをしていないのだから、気づかなくて当然だろう。それでも警官はこちらへ寄ってきた。
「君だよ」
あー、これはどうしようもない……というか、ポケットのなか銃刀法違反そのものじゃないか……それでも冷静さを保って、なんですか? と答える。
「君ぃ……学生だよね?」
まだ若い警官。それこそ学生あがりだろうか? というくらい若かったが、身体はたくましい。こんなやつに取り押さえられたら抵抗もできないだろう。
「そうですけど……」
「学校は?」
「今日は休みで」
見え見えの嘘だが、それくらいしか言うことがない。
「君、さっきカラスと一緒にいたよね。ホテルがカラスに襲撃されたんだけど、君なにか知らないかな」
見られてたか……チッと軽く舌打ちしてしまった。
「いえ、特には……」
「悪いけど、学生証とか持ってる?」
図々しいやつだ。
「今日は持ってないです」
「じゃあ、他に持ってるものは? ちょっとポケットのなかのもの出してみてくれない?」
ナンパかこの野郎、と思ったが、相手は警官だ。どうしようか……と思った時、ふと昔、警察に勤めようとしていた友人がまず職質されたら相手が本物の警察官かどうか確認するといいと言ってたのを思い出した。
「あの、その前にちょっと言いたいんですけど……」
「なにをかな?」
なんでこいつはこんなに高圧的なんだろう。私が女で学生で、変なコートを着ているからだろうか……まぁそれは否定できないし、このコートの下は血だらけだ。
「あなた、本当に警官ですか? そうやって警官のふりをしてレイプする人とかいるって……」
相手は若干の怒りをみせた。怒れ、怒れ、人は怒るほど判断能力が低下する。
「あのねぇ」
相手の言葉を遮るようにして
「警察手帳。見せる義務がありますよね?」
「わかった。見せるけど、そしたら君についても教えてね」
といって警察手帳を見せてくれた。ふーん、こんなんなんだ。ドラマとかだともっと派手な印象があったけど……じっと見つめながら、頭を回転させる。今のところヴィジョンはない。ただ、上空でクロウが旋回していることだけ確認した。
「いいかな。で、君はどこの学校?」
私は行っていた看護学校の名前を口にする。
「それから、ちょっと荷物を見たいんだけど。ポケットのなかのもの出してくれる?」
ここで出せば、署まで来てもらおうという展開は明らかだ。
「ちょっと、ここで出すのは恥ずかしいものを持っているんです……もうちょっとあっちでもいいですか?」
と言って、木のある方を指差す。もちろんその木の上にカラスの姿を確認している。そう言いながら歩きだすと、警官もついてきた。
少し木陰に入ってから、私はポケットのなかから剃刀を取り出した。一気に相手の緊張感が高まるのを感じる。そう。今はここに集中してもらおう。
「これ、こういうの持ってると捕まったりしますか?」
「いや、これ自体に違法性はないけど、なんで持ってるのかな?」
私は無言で左手の服の袖をまくりあげた。リスカの跡が残っている。相手は、これで私をメンヘラだとカテゴライズしただろう。と同時に、私が違法薬物を持っている可能性についても考えるだろう。
「これ、こうやって切るんです」
そう言って、剃刀で自分の腕を切ってみせた。警官は唖然としている。もちろん彼だって、血に弱いわけではないだろうがそれでも血を見れば人はなんらかの反応を示す。
やめなさい! 相手が怒鳴って私から器用に剃刀を奪った。流石は警察官。そういうのは得意らしい。
「切ったらいけないんですか?」
私は睨みつけるように言う。その間も、周囲を視界の端で確認する。クロウはうまくやってくれているみたいだ。段々とカラスが集まってきている。そろそろ畳み掛けだ。
「私の剃刀です。返してください」
「そうは行かない。ちょっと手当するから署まで来て」
そう言って警官は乱暴に私の腕をひっぱる。彼はすっかり私のポケットのなかのものは意識していない。
「痛い!」
と大声をあげると、周囲の人たちが一瞬、こちらを見る。警官がたじろぐのを感じる。
「いやでもねぇ君。そういうことはやってもらっちゃ困るんだよ」
相手は諭すように言った。私も、ごく穏やかに返す。
「私、昨日、すごく嫌なヤツにあったんです。背はこれくらいで」
手振りで小学生くらいの高さを示す。警官は、なんだろう? といぶかしんでいたが私の話に耳を傾けている。
「で、そいつが言うには、人を見た目で判断しちゃいけないって」
まぁ、私の場合は明らかに怪しいけどね。
「いや、そういうわけじゃ……」
流石に怪しいから連行とは言えないか。
「それから、もう一つ。危機感が大切だって」
と私はゆっくり話した。相手は何を言っているんだ? と理解不能という顔つきだ。
「警察の人ってもっと危機感があると思ってました」
そう言って、右手を高くあげて空を指差す。
「ちゃんと上、見てましたか?」
カラスがどっと、津波のように押し寄せてきた。サンキュークロウ! 私はそれに合わせて、走るのでも、速歩きするのでもなく、その場からゆっくり歩きだした。警官はなにが起こったのか分からないという感じでうめき声をあげている。
すぐにクロウが肩に降りてきた。
私は余裕だった。こんなこと大したことじゃない。
警官が喚いているすぐそばから拍手が聞こえてきた。
「やあ、流石だね。橘さん」
聞いたことのある声。私は足がすくんだ。
そこにはTがいた。
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