第16話 作戦

 作戦はシンプル。目標は……とりあえず、教授がなにか残していないか調べること。


 障害は一般人とホテルの使用人、それからファミリー。彼らを出し抜く。私はカラスたちをまとめるようにクロウに頼んでから、ホテルまで徒歩で移動。その間もクロウに監視させてファミリーに見つからないようにする。


 いざ、ホテル。そこは真っ白い建物で駐車場が楕円を描いている。私の服装は教授のボロボロのコートと、その下からのぞくスカートだけだ。まずホテルのボーイに呼びかけられたが無視する。「ちょっとちょっと。お客さんですか?」とボーイは慌てたが、そうね、と軽く返した。


 ホテルの自動ドアを開けるとタイミングを見計らってカラスの軍勢が一気に流れ込んだ。ホテルの関係者も、一般の客も慌てふためいてパニックになる。もちろん、カラスは人を襲わないから危害はない。

 それでも、カラスは人を襲うと思っている人々の心理を利用したのだ。もちろん仲間たちが怪我をしないように、軽く暴れまわっているうちにクロウと精鋭のカラス三羽と一緒にエレベーターのボタンを優雅に押す。だれも私たちのことなんて気にしていない。ただ、空中を飛び回っているカラスたちにおろおろしているだけだ。


 エレベーターの扉が閉じる。これを合図にカラスたちは各々、好きな場所に止まってもらうことにしている。ホテルは静まり返るだろう。無言の圧力の怖さは知っている。なんせ作戦名はザ・バーズなんだから。


 エレベーターが上昇するにつれて、緊張感が増す。そしてヴィジョンが見えた。ファミリーと思しき男が二人いる。ドアが開くが、二人とも危機感がないのかこちらを無視している。フロアに入ってきたらどうにかするつもりなのだろう。


 私はポケットのなかから剃刀を一本取り出して半透明のカバーを外した。もちろん殺すつもりなんてない。


「ドアが開いたら、クロウたちは右の奴を抑え込んで。私は左の男を制圧する」

 制圧なんて言葉はいつ覚えたのだろう……。


 チーンというベルの音とともにドアが開いた。私は左の男の背後から近づく。男が気がつくまでにコンマ数秒だ。さっと後ろから抱きつき、剃刀を首元に当てる。


「死にたくなければおとなしく」


 私は声を低くする。


「それから武器、そっと床に落として」


 相手は戸惑ったようだが私が剃刀に力をいれるとゴトリという音とともに、銀色に光る拳銃が落とされた。


 クロウの方を見ると、こちらも完全に制圧している。

 私は教授の部屋まで行くと、男にありがと、と告げてから首元を掻っ切った。もちろん、これも死に至るほどの深さではない。調節はお手の物だ。だが相手はまるで窒息したように低くうめいて、床に倒れる。刃物で切りつけた痛みというのは、その深さにかかわらずある一定の効果がある。致命傷かどうかは切られ慣れているかどうかでしか判断できない。


 教授の部屋はあの時来たままだった。

 Tがいなかったのは僥倖だろう。教授の武器箱はすぐに見つかった。革製で真四角な武器箱。中を開けると拳銃とナイフ、杭などが整頓されていた。その中に小さな金色に光るロケットを見つけた。パカリと開けると、まだ若かった頃の教授と女性。たぶん吸血鬼の女性とのツーショットが収められていた。


 私はそれをそっと武器箱に戻した。それから部屋中を漁ったがなにも出てこなかった。クロウが警戒の声をあげた。ファミリーがやってきているのだ。奴らは銃を持っているし、私のことを見つけたら射殺しかねない。時間がないでさぁ、諦めやしょう。とクロウが言う。でも私はなにかしら手がかりがあるのではないか、それがルルを助けるのではないかと必死だった。


 そうだ、最後に戦ったのは私の部屋だ。すぐ隣のドアを開けるといたる所に銃痕が残り、ルネの眷属と思われるコウモリの死骸がある。同じくルネの眷属と思われる犬の死骸も頭蓋骨に銃弾を受けて死んでいた。

 さしずめ、ファミリーの掃除屋が来るのを待っていたということだろう。でも私はこんなものを見に来たわけじゃない。


 ベッドの上を見ると、例の革包が無造作に転がっていた。今ならこれの意味が分かる。いつまでも剃刀を使っているわけにもいかないしね。それを持ち上げた途端、クロウが部屋に舞い込んできた。やつらだ。どっちから? 非常階段とエレベーター。ただ数は少ない。突破できる数でさぁ。


 突破と言ってもリスクが付きまとう。私は少し考えてからヴィジョンがくる予感がした。非常階段に走り始める。クロウが

「そっちからも来まさぁ」

 と言っているが無視して、階段を駆け下りる。たしかに下から数人上ってくる音がした。でも狙いはそこじゃない。


 十二階、つまり教授の部屋の階の一つ下の階に駆け出ると、エレベーターの下降ボタンをすべて押した。そして物陰に隠れる。

 小さい頃、よくこんな遊びをした。チーンというベルとともにエレベーターが下から上がってくる。黒服が周囲の様子を窺っているが、十二階だと気づくとすぐに「閉める」のボタンが押された。

 直後、別のエレベーターが上から降りてきて開いた。婦人が一人乗り込もうとしている。見えたヴィジョンだった。私たち、つまりクロウと、三羽のカラスはそれに乗り込んだ。こんなに堂々と降りてくるとは思っていないだろう。


 ただ婦人はこちらをしきりに気にしている。まぁそうだよね。軽く微笑んで見せたが、婦人はそっぽを向いた。一階についた。ザ・バーズ作戦は成功しているようだった。一般の客も怯え、床にへなへなとうずくまるか、逃げるかしていた。

 ホテルの従業員は少し冷静だったが、それでも天井ばかり見ている。いつカラスが降りてくるか分からないからだ。それは黒服も同様だった。数人がロビーにいたが下手に拳銃も出せないし、上からの攻撃を恐れるあまり上ばかり見ている。


 エレベーターから悠々と私が降りてくるなんて頭が回らないだろう。Tなら予想するかもしれないが……私は、エレベーターを降りるとわざとらしく指を鳴らした。

 合図だ。カラスが一気に、狂ったように急降下を始める。彼らはこれを恐れていたのだ。最初に襲撃、その後の静寂、そして再度の襲撃。彼らの心はこの襲撃を恐れていた。効果は抜群。パニックになった人々に押され黒服は私たちの姿を捉えたようだったがもう遅い。


 カラスの大群を背負うようにして私はホテルを後にした。収穫は……教授の残した武器だけだったが、それで満足するしかない。きっと明日の新聞には「白昼にカラスがホテルを襲撃、謎の少女」みたいな文字が踊るのだろうと思うとテンションがあがった。


 私はここにいる。そんな気持ちがした。

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