5. あの日の僕ら 86~90


-86 背中を押した店主と恋人のバイオリン-


 裕孝は龍太郎から受け取った瓶ビールと香奈子からのプレゼントをずっと握りしめて震えていた、煙草を燻らせながら龍太郎は裕孝の肩に手を優しく置いた。


龍太郎「中身何だろうな、取り敢えず開けてみろよ。」


 開けてみると白いピクチャーレーベル仕様のCD-Rが1枚入っていた、表面には何も書かれていない。


龍太郎「中見てみろよ、そこにパソコンがあるから。」


 すぐそばにあったラップトップにCDを入れると、画面には「音楽CD」と表示されていた。再生してみるとギターをつま弾く音が流れた。


裕孝「これって・・・。」


 裕孝がいつも聞いている大好きな曲、聞くと前向きな気持ちになれる曲。

 某有名男性アイドル2人組のヒットソングで、元々はシンセサイザーで演奏された民族楽器風の音色での前奏が印象的なあの曲だ(世の中には大人の事情という物があるのでこれ以上は詳しく書かない事にしておきます)。

 驚くべきことはもう1つあった。聞き進めていくと主旋律がバイオリン、そう香奈子だったのだ。


裕孝「あいつ・・・、俺の為にこんな・・・。」

龍太郎「良い子じゃねぇか、俺はこれ好きだぜ。ちゃんと礼を言わなきゃだな。」


 バイオリン優しい音色につい涙を流す裕孝、そんな中調理場から王麗が龍太郎を呼び出した。


王麗「父ちゃん!!サボってないで早く麻婆豆腐を10人前作っておくれ、1人じゃどうにもならないじゃないか。」

龍太郎「チィッ・・・、仕方ねぇな・・・。」


 龍太郎はまだ十分残っている煙草を灰皿に擦り付けて調理場へと入って行った。

 今までに無い位沢山泣いて涙を流しまくった裕孝は龍太郎から貰った瓶ビールを呑み干して店内に入り、座敷へと向かった。


龍太郎「ほら、行ってこい。」


 香奈子にどういった言葉をかけるべきか迷う裕孝の背中を、丁度近くにいた龍太郎が押した。


裕孝「ありがとう。」


 流しきったはずの涙が再び零れ落ちた。

 香奈子は恋人がCDを片手に泣いている事に気付いた。


香奈子「あれ泣ける曲だっけ?」

裕孝「嬉しすぎてつい・・・、な・・・。前奏のオカリナの音が好きになりそうだ。」

香奈子「本当?苦労した甲斐があったよ。オ・・・、オカリナの練習大変だったんだもん。」

裕孝「バイオリンじゃなくてオカリナもだって?!」


 裕孝は驚愕した、香奈子が大学の音楽科でバイオリン奏者を目指して勉強しているのは知っていたのだが自分の為に他の楽器まで練習しているなんて思いもしなかった。

これは後から聞いた事なのだが曲を聞きながら身近にある楽器で出来る様に香奈子自らが改めて譜面を書いた上でバイオリンやオカリナだけではなく、ギターやパーカッションまで全て香奈子が猛練習して演奏を行っていた・・・、というはずなのだが・・・。

感極まっている裕孝を横目に事情を全て知っていた好美が小声で話しかけた。


好美(小声で)「あれバイオリン以外は全部あんたの譜面見て私が作ったDTMじゃない。」

香奈子(小声で)「今更引き下がって言えないじゃん、間に合わなかっただなんて。」


 そう、引っ越しの荷物が思った以上に多く、梱包作業の時間が伸びてしまったが故に結局好美に泣き入って最近趣味で作っているというDTMで伴奏を作って貰ったらしい。

 ただバイオリンだけでもと必死になって収録に臨んでいたのでCDにタイトルを書く前に力尽きてしまい、真っ白のまま渡す事になってしまったのだ。


好美(小声で)「どうすんの?私全部言っちゃっても良いんだよ。」

香奈子「ごめんって、倍のお金払うから話合わせてよ。」

好美(小声で)「よく分かってんじゃん、ふむ・・・、仕方ないね。」


-87 未だ複雑な関係の3人-


 数名が香奈子から裕孝へのプレゼントの件で盛り上がって行く中で美麗と福来子、そして安正の間でははっきりしておきたい事があった。安正の心中でははっきりしている事なのだが、安正の優柔不断さを知っている女子2人からすれば不安に1つの悩みとして抱え込んでしまう問題だったのだ。


美麗「ねぇ安正、これから私達とどう付き合っていくつもり?」

福来子「美麗の言う通りだよ、ずっと複雑な気持ちを抱える必要があるの?」

安正「そりゃあ、2人とは仲良くしていきたいよ。でも・・・。」


 素直に美麗を自らの恋人として受け入れるべきか未だに考えていた安正は目の前の現実をどう受け入れるべきか悩んでいた、正直言うと2人の女性に両腕を引っ張られている様で最高の気分なのだが今はそれ所では無い。


美麗「安正!!はっきりしてよ!!私はあんたの彼女で良いんだよね?!」

安正「う・・・、うん・・・。」

福来子「じゃあ私の気持ちはどうなるの?!「大好き」って言ったの、結構勇気がいったんだよ?!」

安正「そう・・・、だよな・・・。」


 きっかけがどうであれ、福来子が安正に対する気持ちを露わにしたのは真実だ。そして安正からすれば目の前の女子大生達が自分達との関係をはっきりさせたいのも真実だ、これは簡単に解決できる問題ではない。

 安正は少し俯いて考え込み自分なりの答えを導きだそうとした。


安正「美麗は俺にとって高嶺の花だった、さっき美麗に言った通り遠くで笑顔を見ることが出来ればいいと思っていた。その美麗が俺の事を好きだって言ってくれた事が本当に嬉しかった、キスを受け入れたのもこれ以上に幸せになる方法は無いと思ったからだ、でもその直後に久留米から「大好き」って言われて美麗には申し訳ないけど少し心が揺らいだ。

 でも自分の気持ちの名前を教えて貰って分かった、今の俺にとっては恋人と言えるのは美麗だけだ、美麗、大好きだ!!」


 安正は酒の勢いからか、それとも大きくなり過ぎた美麗への気持ちからか、勢いよく美麗を押し倒して唇を重ねた。それを見た福来子は涙を流して店の裏庭に走って行った、やはり安正への想いが強く残っているからだろうか。

 勢いよく走って行く福来子を見ていた王麗が追加注文された春巻きをテーブルに置いて重い一言を吐き捨てた。


王麗「桐生、あんた調子に乗っていないかい?今のはあんまりだよ。」


 そう言うと王麗は手に持っていたお盆を調理場の流しの近くに置いて裏庭へと向かった。


王麗「大丈夫かい?」


 福来子は出てすぐのベンチで泣いていた、大粒の涙が延々と零れていた。

 王麗はベンチへと座り、福来子を抱き寄せた。


王麗「そりゃあ、泣きたくもなるよね。今でも安正の事が好きなんだろ?」

福来子「女将さん・・・、どうやってこの気持ちを抑えたら良いんですか?目の前で美麗とキスされて悔しくてたまりません!!」


 自分の娘の幸せを願うのは親の義務だ、しかし福来子の気持ちも大切にすべきだと考えた王麗の心中は複雑で仕方がなかった。


王麗「我慢しなくても良いのよ、女の子だもの。今は泣きたいだけ泣きなさい、私が傍にいるから。」


 福来子はずっと泣いていた、注文が殺到したので龍太郎が王麗を呼び出そうとしたが流石に無理だと思って引き上げていった。

 想像以上に時間がかかったがやっと注文された料理を全て作り終えた龍太郎はお玉を片手に未だにキスをし続ける2人の元へと歩いて行った。


龍太郎「おい安正、いつまで俺の娘とキスし続けているつもりだ!!それとお前、福来子ちゃんの気持ちも考えろ!!」

美麗「パパ止めないで、私が求めたの!!何も失いたくないの、今の幸せも!!」


 美麗の過去を知る龍太郎は少し陰のある表情を見せた。


龍太郎「美麗(みれい)、そうさせる為に秀斗はお前に心臓をやったと思っているのか?」

美麗「秀斗・・・。」


-88 優しい風と強く誓った恋人-


 龍太郎がここまで本気で美麗の事を叱った事は初めてと言っても良いのではなかったのだろうか、きっと命を賭して美麗を守った事に対する感謝の表れなのだろう。


美麗「そう・・・、だよね・・・。」


 美麗は安正を押しのけて体を持ち上げ、テーブルの上の紹興酒を1口呑んだ。


龍太郎「きっと秀斗は今の美麗みたいに遊び人になってほしいと願っていたとは到底思えないがな、ただお前自身がそう思うならそうすればいい。」


 きっと違う、秀斗は心から頼りより添える人に出会って欲しいと生前からずっと願っていたはずだ、きっと大空の向こうでも変わらないでいるだろう。

 秀斗自身を、そして秀斗の願いを美麗に思い出させるかの様に柔らかな風が窓から吹き込んできた。


龍太郎「そうだ・・・、安正。少し手伝ってくれないか?番号はこれだな・・・。」


 松龍にはカラオケの機器があった、隆彦たちの打ち上げのグループ以外の客が帰って行ったので少し余裕が出来た龍太郎は番号をメモ書きしてとある曲を入れた。


美麗「これ・・・。」


 数十年前、今では本人の毒舌で有名となった芸人がデビューしたての頃にある番組の企画で世界を旅した際に歌った曲だ。


美麗「これ、秀斗が好きだったやつ・・・。」


 優しさに満ち溢れた芸人達の歌声に癒される人は少なからずいただろう、美麗も秀斗に借りた8cmのシングルCDで聞いた時にその1人になっていた。

 ただ龍太郎と安正の歌声では中々そこまで行き付かなかったが、テレビ画面に表示される歌詞が美麗の心を癒していった。


美麗「パパ、ごめんなさい。そうだよね、秀斗は私に本当に心から愛せる人を見つけて欲しい、そして自分を愛した様に本気で愛して欲しいって言ってたんだよね・・・。」


 曲が間奏に入った時に一言。


龍太郎「分かってんじゃねぇか・・・。」


 龍太郎はそう返すとまた歌唱に戻った、やはり本人みたいな優しい声は出ていないが美麗は再び涙を流していた。

 美麗が気を紛らわす為、やけ気味に炒飯を喰らいながら聞き入っていると曲が鳴り終わった。


龍太郎「安正、これは風の噂で聞いた話だがお前はかなり優柔不断な人間だと聞く。今のままで美麗(みれい)を守り、幸せに出来るとでも思っているのか?」


 龍太郎の言葉を聞いて安正はウォッカの入ったグラスを隆彦から奪い取って一気に煽ると態度を180度変えて答えた。


安正「やってやろうじゃねぇか・・・、秀斗みたいに上手く出来るか分からねぇが俺なりに美麗(メイリー)を守るって誓ったんだよ・・・。」


 龍太郎は拳を握り安正の頬を殴った、しかし安正は倒れる事無くその場に力強く立っていた。ただ口から少量だが血が滲み出ていたので美麗が龍太郎に殴りかかった。


美麗「パパ!!そこまでしなくても良いじゃない、私の彼氏に何てことしてくれんのよ!!」

安正「美麗!!やめろ!!」


 安正は必死に美麗の肩を持って引き止めた。


美麗「何で?!何の理由も無いのに理不尽に殴られたんだよ?!悔しくないの?!」

安正「龍さんは美麗に対する俺の気持ちの強さを試したんだよ!!」


 確かにそうだ、よく考えれば龍太郎や王麗は今まで気に入らなかった客をお玉で殴る事は多々あったが己の拳で殴ったのは今日が初めての様な気がした。


龍太郎「安正、秀斗の代わりを上手くやれとは言わん、ただ俺の娘を死ぬ気で守れ。」

安正「はい!!」


-89 修羅場の理由-


 何も知らない者からすれば先程安正が龍太郎に対して誓った「美麗を守る」という言葉は聞こえが良かったかもしれないが、現状を知る打ち上げのメンバーからすれば決して良い物では無かった。

 福来子の幼馴染で同じ学科に通う正は数秒程考えてから立ち上がった。


正「俺、ちょっとトイレ・・・。」


 そう伝えてトイレの近くの出入口からハンカチ片手に裏庭に出ると福来子は未だに泣いていた、抑えきれない気持ちという物があったのだろう。


正「福来ちゃん・・・。」

福来子「たーやん、来てくれたんだ・・・。」


 幼少の頃からずっと一緒に遊んでいた仲だ、放っておける訳がない。実はその事を理解していた桃がこっそり背中を押したそうだ。


桃「あんたが一番、あの子の事を理解しているんでしょ。何となく悔しいけど。」


 やはり正にとっての一番でありたいと思う気持ちはあるが、桃も福来子と良き友となりたかったが故に今回の行動を取ったのだという。

 数分後、今度は守が立ち上がった。


守「俺、チェイサー欲しいから水取って来るよ。」

裕孝「あ、俺も。」


 何ともあからさまな行動なのだろうか、別に松龍はセルフではないと言うのに。きっと正と同じ行動を取るのだろうと思った好美は少し笑いながら見送った。


好美「バカね、早く行きなさいよ。」


 守達は店で配っているポケットティッシュをありったけ手に取るとラップトップのある調理場側の出入口から裏庭に出た、その時には福来子は少し落ち着いた様子だった。


守「大丈夫か?」

福来子「まも・・・、ひろ・・・、うん・・・。」


 物心がついた時から4人で毎日の様に外で遊ぶ仲だったが故に安正の事が許せなかったのだという。


正「あいつ・・・、とっちめてやろうぜ。」

守「そうだな、許せねぇ・・・。」


 しかし、座敷に向かおうとした3人を引き止めたのはまさかの福来子だった。


福来子「待って!!私がそうさせたの!!」


 実はこの騒動は安正に美麗の事を一途に愛して欲しいが故に福来子が美麗と計画して行った事だったのだ。松龍にいたほぼ全員が2人の掌の上で転がされていたのだという。


守「お前はそれでいいのかよ!!」


 守は騙された事より福来子が安正の事を簡単に諦めた事が許せなかった、しかし福来子は大爆笑していた。


福来子「何言ってんの、私他に彼氏がいるんだけど。」

守「へ?」


 一方、事情を知る女子3人も店内で笑っていたらしい。


好美・桃「本当私たちの彼氏って素直なバカなんだから!!」

香奈子「というか原因を作ったのは私達じゃない?」


 実は今まで起こった事は全部、安正の覚悟を試す為に美麗と福来子を中心に乗り気だった松戸夫婦、隆彦、美恵、文香が行ったドッキリだったのだ。最初わざとトラックを止めてキスした件からドッキリは始まっており、結婚詐欺での指名手配犯も文香の後輩刑事が扮した偽者だったという。写真もかなりの悪戯好きだった文香が作った偽物であった。

 ターゲットである安正以外の男子3人が事情を知らなかったのは、恋人達が連絡を怠った事を利用し、彼氏達がどういう行動を取るか様子見して酒の肴にしようとしたからだ。

 美麗の恋心と龍太郎が殴ったこと以外はほぼ嘘で、男子4人は全員騙されていたのだ。


-90 あの日の僕ら-


 自分達が企画したドッキリだと言うのなら、どうして福来子は先程までずっと泣いていたのか不思議で仕方がなかった。


福来子「ごめん、たーやんとまも君があまりにも本気だったから後に引けなくて。」

守「何だよ、全部演技だったのかよ。」

正「やられたぜ・・・。」


 打ち上げのメンバー達がドッキリの成功を喜ぶ中、美麗は龍太郎の行動について問い詰めた。いくら自分達が計画した行為上での演技だと言っても少し酷では無かっただろうか。


美麗「パパ、どうして安正を殴ったの?!いくら何でもあんまりだよ!!」

龍太郎「あれ位防ぎきれないヤワな男がお前を守れると思うか?」


 父親の行動は決して演技ではなかったらしく、真意からの行動だった様だ。娘を持つ父親の心理というやつなのだろうか(作者は未だ独身の為分かりません)。


安正「良いんだ美麗、龍さん、いやお義父さん!!有難うございました!!」

龍太郎「フン・・・、まだ早いわ・・・。」


 安正の事を認めたのか、龍太郎は少し微笑んでいた。

 時は過ぎ、数年後。父・操の事情で学生最後のお盆を今住んでいる街で迎えた好美は叔母・佳代子が笑顔で映っている写真が置かれている仏壇に手を合わせていた。


好美「あれから早かったね、あまり会いに行けなくて本当にごめんね。」


 ゆっくりと顔を上げた好美に香奈子が一礼した、香奈子の左手の薬指には指輪が光っていた。


香奈子「本当にありがとう、お母さんも喜んでいると思うよ。特にこのお菓子、お母さんチョコ好きだったもん。」

好美「良いの、守の所に持って行くものが少し多く出来たから。」

香奈子「何、これ余り物なの?」

好美「内緒よ、内緒。それにしても本当に裕孝君と結婚するんだね。」

香奈子「うん、ずっと前から決めてたからね。お母さんにもウェディングドレス姿見せたかったな・・・。」

好美「天国からきっと見てくれると思うよ。」

香奈子「うん、そうね。」


 大学4年になってから好美の就職関連や守の教職関連が理由でなかなか2人の予定が合う事が無かったが、とある理由でこっそり守に会いに向かっていた。龍太郎が持病のぎっくり腰をこじらせ、バイト(というより松龍)が急遽休みになった事も理由の1つだった。

 ほぼ同刻、最寄り駅に圭の姿があった。1年から3年の間はずっと、お盆には他県にある母方の実家に帰っていたのだが、今年はこの街にある父方の実家へと帰って来たそうだ。どうやら理由は好美と同じらしい。


圭「久々だな、守は元気にしているかな。まさか彼女なんか出来ていないよね。」


 はやる気持ちを抑えて守の家へと向かうと丁度守が家の前に出て来ていた、反対方向からは同年代と思われる女の子が歩いて来ていた。


圭「久しぶり、元気だった?」

守「うん、久しぶり。」

圭「もしかして、光さんのお墓に?」

守「うん・・・。」


 そう、圭の目的は先日外回り中に熱中症で突如亡くなった光の墓へと向かう事だった。どうやら好美も同じらしい、光が夏場よく松龍で冷やし中華を食べていたからだ。

そんな中、圭がいきなり切り出した。


圭「ねぇ、あの時の言葉、覚えてる?私、守の事「好き」って言ったよね?」


 そう聞くと圭が突然、守に顔を近づけてキスをした。


守「うっ・・・。」


 その光景を見てしまった好美がすぐそばで体を震わせていた。


好美「守!!その女誰よ!!なかなか会えないと思ったら浮気してた訳?!」

守「待ってくれ、好美!!」

好美「何よ、守なんかもう知らない!!」


 好美はお菓子の入った袋を落とし、号泣しながら去って行ってしまった。


圭「嘘・・・、ごめん・・・。」

守「・・・。」


 守は泣きながら圭に背を向けて家に入って行った。

 あれから季節は巡り、2人は社会人になった。守は光と同じ営業の仕事をし、好美は自動車部品の工場で働いていた。あれから2人は全く連絡を取っていないし話してもいない。

 そんな中、守の携帯に1件の着信があった。画面には知らない番号が表示されていた。


守「もしもし?」

電話「もしもし、突然のお電話失礼致します。倉下好美さんのご関係者の方のお電話でよろしいでしょうか。私、倉下さんが働いている工場の副工場長をしております島木と申します。」


 どうやら職場での緊急連絡先の1つとして守の番号を登録していたらしい、電話越しの島木の雰囲気が重々しく感じた。


守「あの・・・、どの様なご用件でしょうか?」

島木(電話)「突然のお電話大変申し訳ございません。私の口から誠に申し上げづらいのですが、好美さんが高所から転落して亡くなりました・・・。」

守「えっ・・・。」


 守は思わず携帯を落として泣いた・・・。

 数日後、近くの葬儀場で好美の葬儀がしめやかに行われた。美麗から連絡を受けた好美の両親が現地に駆け付けていた、因みに大学3年の時のお盆で会っていたので3人は面識があった。


瑠璃「守君、美麗ちゃん、桃ちゃん、来てくれたのね。有難う。」

操「昔からドジな娘だったが、まさかここまでとはな。すまんが、最後に顔を見てやってくれないか・・・。」


 3人が棺桶の中をゆっくりと覗き込むと、そこにいたのは確かに守の大好きな好美だった。

守は思わず涙が溢れ出し、今までに経験した事が無い位に顔をぐちゃぐちゃにして大声をあげて泣き叫んでしまった。


守「好美ー!!」


 桃と美麗の隣で守は共に号泣した、こうなる事が分かっていたならあの日ちゃんと好美の事を捕まえておくべきだった!!手を掴んでおくべきだった、謝るべきだった!!はっきり「違う」と言うべきだった!!

 ただ、もうこの世界に好美はいない、もう2度と戻る事は出来ないのだ。

 

「あの日の僕ら」に・・・。                         (完)

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夜勤族の妄想物語2 -5. あの日の僕ら- 佐行 院 @sagyou_inn

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