5. あの日の僕ら ㊻~㊿
-㊻ 罪を犯した男と救われた女-
ほぼ同刻、松龍で1人ランチをしていた金上を龍太郎が裏庭に呼び出した。先程までずっと中華鍋を振っていた店主は裏庭に出たばかりの所にあるベンチに座り、遠くを見ながら煙草を燻らせながら聞いた。
因みに美麗は授業があったので大学にいた
龍太郎「かんちゃん、今幸せか?」
金上「勿論、美麗(メイリー)と一緒になれて最高に幸せだ。」
龍太郎「そうか・・・。」
龍太郎は何処か物寂しそうに煙草の煙を深く吸い込んで吐いた。
龍太郎「少し、時間あるか?お前にお願いしたい事があるんだ。」
金上「うん。」
少し重々しい雰囲気がその場を包んだ。
龍太郎「美麗(みれい)にクリスマスの思い出を作ってやってくれるか?」
金上「そんな事、当然の事だ。」
龍太郎「今から言う事を聞いてもか?」
金上「えっ・・・?!」
龍太郎は燻らせていた煙草を灰皿に擦り付け、背中を大きく曲げて言った。
龍太郎「あいつな、重い心臓の病気で長くないんだよ、もう1年もつか分からない。」
金上「えっ・・・?!」
美麗は小学生の頃から定期的に大学病院に通っていたが、何度も手術を受けても一向に快方に向かわず今はドナーを待つしかないと医者も様子を見ていた状態だった。
病院側からはずっと入院して様子を見させて欲しいと言われていたのだが、大好きな金上の隣にいたいという美麗本人の意思を優先して自宅で過ごす事を許可してもらっていたのだ。金上はあの時の「寂しかった」という言葉がここまで重かったなんて思わなかった。
金上「龍さん、俺絶対美麗を幸せにする・・・、誓う!!」
龍太郎「ありがとう、娘を頼んだぞ・・・。」
婚約以上に重い約束をした金上は涙を流しながら大学に戻る事にした、龍太郎から告げられた言葉を思い出す度に瞼の裏に美麗の笑顔が映った。
金上「う・・・、う・・・、くっ・・・美麗・・・。」
金上は泣きながら横断歩道を渡ろうとした・・・、その時。
キーーーーーーーーーーーー!!!!!ドーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!
女性「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
金上は信号無視をした車により数メートル先まで飛ばされた、金上を轢いた車はそのまま去ってしまった。
その場に・・・、偶然美麗がいた・・・。美麗はずっと金上を抱き上げて泣いていた。
美麗「かんちゃん!!目を開けてよ!!かんちゃん!!」
金上は救急車で大学病院に運ばれたが数時間後に脳死が確認された。
美麗「クリスマスに一緒にイルミネーション見に行くって言ったじゃん!!かんちゃん!!こんな悪い冗談やめてよ!!お願い、目を開けて!!」
連絡を受けた金上の両親と松戸夫婦が病院にかけつけたがもう遅かった。
王麗「かんちゃんは・・・?」
美麗「うっ・・・、うっ・・・。」
ベッドの上で安らかに眠る金上を見て王麗は涙を流した。
王麗「あんた・・・、本当に出禁になるなんてね・・・。」
数日後、金上の手荷物からドナーカードが見つかった。どうやら心臓は移植できる状態らしいので数日後に美麗への移植手術が行われた、金上は命ながらに美麗を守った。
金上は美麗の体内で、そして思い出と心の中で生き続けていく・・・。
-㊼ 美麗の涙-
金上の告別式がしめやかに行われ、守、好美、正、桃、裕孝、そして香奈子の6人が集まり、そして店を臨時休業にした松戸夫妻が駆け付けた。しかし、その場に美麗は来ていなかった。
王麗「この度は・・・。」
全員王麗の声に合わせて頭を下げると金上の母で王麗の同級生である洋子が近づいて来た、ずっと涙をこらえている様だ。
洋子「麗(れい)・・・、まさかこうなるとは思わなかったよ。皆も秀斗(しゅうと)の為にありがとうね。」
王麗「洋子・・・、辛かっただろう。うちの美麗(メイリー)に秀斗君の心臓をくれてありがとう。」
2人共互いの肩を抱いて涙を流していた、そして洋子が辺りを見廻した。
洋子「あの・・・、そう言えば美麗(みれい)ちゃんは?」
王麗「うちの子なら部屋にずっと籠っているよ、あれからずっと塞ぎ込んでいるみたい。」
十数年待ち続けた恋人が目の前で亡くなったので無理もない。
洋子「犯人、まだ捕まってないんだって。車も被害届が出ていた盗難車で山の中に捨てられていたって聞いたわ。」
王麗「そう・・・、まだ解決しないんだね・・・。」
必死に涙をこらえる王麗、すると洋子が懐をごそごそと探り始めた。
洋子「麗、お願いがあるの。美麗ちゃんにこれを渡してくれる?」
洋子は小さな箱を王麗に託した。式場から家へと戻った王麗は真っ直ぐ美麗の部屋に向かいドアを静かにノックし、2人だけの会話にする為に中国語で話しかけた。
王麗(中国語)「美麗、開けるよ?」
美麗「・・・。」
何も言葉を発しない美麗、王麗が部屋へ静かに入ると泣き疲れたのかベッドの横で美麗がうなだれていた。
ただそれ所では無い問題が起きた、娘の左手首に大量のリストカットの痕を見つけた母は娘の頬をビンタした。
王麗(中国語)「馬鹿な事しなさんな!!かんちゃんがそんな事望むとでも思ったの?!」
美麗(中国語)「止めないでよ!!かんちゃんがいないなら、この世界にいる意味が無いの!!会いたいの!!」
娘は母の膝で泣き続けた。
美麗(中国語)「返してよ!!私の大好きなかんちゃんを返してよ!!」
王麗(中国語)「今でもあんたとかんちゃんはずっと一緒だろ、そうだ・・・、これ。」
王麗は膝でずっと震えていた美麗に洋子から託された小箱を手渡した、箱をゆっくりと開けると中にはハート形のイヤリングが入っていた。
美麗(中国語)「これ・・・。」
事故の数日前、2人はいつものショッピングモールにいた。美麗はパワーストーンの専門店で例のイヤリングを見ていた。
美麗(日本語)「可愛い・・・。」
その後2人がフードコートでランチを食べていた時、突然秀斗が立ち上がった。
秀斗「ちょっとトイレ・・・。」
美麗「うん・・・。」
その場を離れた秀斗はダッシュで先程の店に戻り、美麗の眺めていたイヤリングを恋人の為に注文と支払いを終えて美麗の待つフードコートへと戻って来た。
そして告別式の日、「大好きな美麗へ」とだけ書かれた手紙と共に金上家へと届いたのだ。
美麗(中国語)「かん・・・、ちゃん・・・。」
-㊽ 引き裂かれた娘と両親-
美麗は再び泣き出した、秀斗からの少し早いクリスマスプレゼントに感動したのか、それとも秀斗の死を未だに受け入れる事が出来ないからか。
王麗は両方だと思った、それが故にずっと娘の事を抱いていた。
泣きつかれた美麗は再び眠り始めた、暗い現実から逃げようとしたためか数時間程度眠り込んでいた。
その頃、龍太郎は店のカウンターで1人ヤケ酒を吞んでいた。
龍太郎「馬鹿野郎・・・、違うだろうが・・・!!」
確かに秀斗にクリスマスの思い出を作ってくれと頼んだが決してこんな形の物ではない。
龍太郎が1人男泣きをしていると、住居部分となっている2階から王麗が降りて来た。
王麗「父ちゃん、私も貰って良いかい?」
龍太郎はすぐ近くにあったグラスに注いだ。
王麗「良い子だったね、惜しい事をしたよ。」
龍太郎「全くだ、あいつ程一途な目をした奴はいなかったな。」
龍太郎の目で一粒の涙が輝いていた。
店主が涙をこらえていると、泣きつかれて眠っていた娘が降りて来た。リストカットの痕は王麗が包帯で予め隠していた、流石に今の龍太郎にはあの傷跡は刺激が強すぎる。
美麗「私も貰って良い?」
真実から逃げたいのか、それとも辛さを忘れていたいのか、美麗は多めに要求して一気に煽った。
美麗「うっ・・・、くっ・・・。」
声を殺して泣き続ける美麗。
美麗「おかしいな、まだ涙が出るなんて・・・。」
王麗「良いの、今日は泣きたいだけ泣きなさい。」
流した涙の量が秀斗への想いの大きさを表していると母である王麗は優しく語った。
その横で龍太郎は1人震えていた、「義理の」という形ではあるが心から親子になりたいと願っていたからだ。
王麗「あんたも泣きな、男女関係なく泣きたい時は泣けば良いんだ。」
龍太郎「すまん・・・。」
龍太郎は静かに泣き始めた、それを見た美麗が龍太郎の胸で泣き出した。
美麗「パパ・・・。」
一瞬だけ美麗を泣かせた秀斗を殴りたい気持ちになったが、もう秀斗はいない。どうしようもない怒りを何処にぶつけようかと龍太郎は悩んだ。
龍太郎「畜生・・・。」
龍太郎にとって人生でこれ程泣いたのは初めてだった。
そんな中、偶然テレビのニュースを見ていた好美から電話があった。
好美(電話)「ねぇ、テレビ見て。」
ニュースによると指名手配されていた連続殺人犯が逮捕されていた、乗っていたであろう盗難車から見て、どうやら秀斗を襲ったのはこいつで間違いなさそうだ。パトカーの後部座席に映る犯人は何事も無かったかのような表情をしていた。
美麗「許せない・・・、許さない!!」
翌日、洋子の元に警察から電話があった。昨日から取り調べをしているが、犯人は未だ黙秘を続けているそうだ。
美麗を気遣った守と好美はクリスマス・ディナーの予約を取り消した、美麗の辛そうな表情を思い出すと自分達だけ楽しむ訳にはいかないと思ったからだ。
美麗「そこまでしなくても良いのに、何かごめんね。」
好美「ううん、一番辛いのは美麗だから謝らなくて良いよ。」
-㊾ 墓参りの後-
2人は美麗の力になりたかった、しかし何もできなかったのでただ悔しかった。それを知った美麗は2人の気持ちだけでもうれしかった。
しかし、暫くの間美麗はテレビを見る事が出来なかった。ニュース番組が放送される度に犯人の顔が映るからだ。あの「無表情」を決して見たくなかったのだろう。龍太郎と王麗も美麗がホールで働いている時は店のテレビを消す様にしていた、実際はしっかりと動作するのだがずっと「故障中」の貼り紙を貼り付けていた。
客①「テレビ、まだ治んないの?」
王麗「ごめんなさいね、うちの店お金が無いんだよ。」
客②「こんなにいっぱいお客さんがいるのに?」
王麗「そうなの、バカ店主が全部競馬や競艇に突っ込んじゃうもんだから。」
調理場で咳ばらいをする龍太郎を横目に現実味のあるジョークをかます王麗、そんな両親の気遣いが何よりも嬉しかった美麗は数日後、大学の帰りに好美と待ち合わせをして花束を購入した後、秀斗の眠る墓地へと足を運んだ。
「金上家之墓」と書かれた墓石を見つけると花束と生前好きだった缶ビールをお供えして涙ながらに手を合わせた。
美麗「心臓をありがとう、かんちゃんとこれからも生きていけると思うと嬉しくなって来たよ。ずっとウジウジしていても仕方がないから前を見ようと思うんだ、寂しくないって言ったら嘘になるけどずっと見ててね。また会いに来るし、ずっとかんちゃんの事は大好きでいるつもりだから「さよなら」なんて言わないからね。じゃあ、またね。」
後ろで手を合わせていた好美は美麗の力強い言葉に感動していた、ただ美麗本人はずっと震えていた。やっぱり女の子なのだ。
好美「かんちゃんが美麗にくれた人生、大切に生きていかなきゃね。」
美麗「うん・・・。好美、一緒に来てくれてありがとう。今日ってうちでのバイト休みだったっけ?」
好美はシフト表を確認した。
好美「えっと・・・、明日まで休みだけど。」
美麗「じゃあ、今から呑みに行こうか!!」
好美「いや、あんたコロっと変わり過ぎでしょうが。」
2人は近くの居酒屋に転がり込んで日本酒を冷酒で頼んだ、周りから見れば結構本格的なチャイナ服を着た女子大生が町中華で餃子で青島ビールや紹興酒を吞んでいるという滑稽なシーンが繰り広げられている。
しかし、先程までケロっとしていた表情はいつの間にか涙で崩れていた。
美麗「かん・・・、ちゃん・・・。」
好美「あんた、泣き上戸だったっけ。」
美麗1杯1杯を噛みしめる様に吞んでいた、ちびりちびりと・・・。
好美「あんた、何処からどう見てもおっさんじゃないのよ。」
美麗「チャイナ服着てるおっさんが何処にいるのよ!!何処からどう見ても可愛い女の子でしょ!!」
美麗は顔が赤くなっていた、吐息がかなり臭くなっている。よく見ればキツめの焼酎を生(き)で呑んでいた、好美がせめてロックにしようと提案すると美麗は断固拒否した。
美麗「かんちゃんはこの呑み方が好きだったの、私もこの呑み方を好きになりたいの!!」
好美「だからってあんた無理し過ぎだって・・・。皆さん、本当にすみません。」
周囲の人間に気を遣いだす好美、ただ他の客は迷惑がっていないどころか美麗に同情し始めたのだ。
客「お姉さん、お酒は楽しく呑むもんよ。何かあるんなら聞くわよ?」
美麗「何?おっさん優しいじゃない・・・。」
好美「もう・・・、本当にごめんなさい。・・・、ってあれ?美恵おばちゃん!!」
本当に偶然なのだが仕事を終えた好美の叔母で操の妹でもある倉下美恵刑事のお馴染みの店に入っていた。
美恵「こら!!「お姉ちゃん」だろうが!!」
好美「痛い!!痛い!!酒の力でいつもより強くなってんじゃん!!」
美麗「この人良い!!もっとやっちゃえ!!」
-㊿ 仲の良い親子-
好美は美恵に目の前のチャイナ服を着た女の子の事を先日逮捕された連続殺人犯によるひき逃げの被害者の恋人だと紹介した。
美恵「そうだったの・・・、それは残念だったわね。そうやってヤケ酒しちゃうのも無理ないわ、嫌な事本当に思い出させてごめんなさいね。」
美麗「いえ、もう過ぎた事なので。」
美恵と好美の行動に爆笑していた先程とは打って変わって、墓地にいた時と同様のテンションになってしまっている美麗。心のどこかで秀斗との楽しかった過去を思い出してしまったのだろうか。
好美「いや、悪いのは私。無理矢理紹介しちゃったもん。」
美恵「でも・・・、美麗(みれい)ちゃんだっけ?ちゃんと前を向こうとしている事は良い事よ、秀斗君から受け取った心臓を本当に大切な宝物だって思っているなら尚更じゃないかな。」
美麗「暗い顔ばっかりしている訳にもいかないので、これからの人生を思いっきり楽しんでやろうと思ってまして。」
事故が起こったあの日以前とは比べものにならない位良い表情を見せた美麗、好美はその様子を見て一安心していた。これも酒の力のお陰なのだろうか。
美麗「心臓の音を聞く度に何処か安心するんです、1人じゃないんだって。」
美恵「そっか・・・、良い話を聞かせて貰ったわ。お酒がより一層美味しく感じるのはこのお陰かな、お礼にここ奢らせてよ。」
好美「流石美恵おば・・・、お姉ちゃん。」
美麗「ご馳走になります。」
美恵「良いのよ、というよりあんた達、これが狙いだったんでしょ。」
目の前の刑事に思惑が見事にバレてしまったのか、顔を赤くしてグラスに注いであったビールを一気に煽った2人。
好美・美麗「ビール、おかわり!!」
店員「お客さん、大丈夫なんですかい?」
美恵「店員さんの言う通りよ、あんた達呑み過ぎなんじゃないの?」
美麗「こんなのまだまだ序の口ですよ、好美ももう1件行くよね?」
好美「あ・・・、当たり前でしょ?」
急にテンションの上がった美麗から少し圧を感じたのか、それともただの若気の至りなのか、好美は物怖じしながら答えた。
今夜は遅くなりそうな予感がしたので好美は松龍にいる王麗に連絡を入れた。
好美「女将さんごめんなさい、美麗(メイリー)がやたらと楽しそうにしているので今夜遅くなりそうです。」
王麗(電話)「あらあら、一応そうなると予感はしていたけどね。好美ちゃん、美麗の事頼んでも良いかい?あ、決して警察のお世話にだけはならないでよ。」
好美「あの・・・、ある意味お世話になってます。」
王麗(電話)「えっ、どういう事?」
好美が刑事である美恵に御馳走になっている事を説明すると、王麗はスピーカフォンにするように頼んだ。
王麗(電話)「刑事さんすみません、うちの娘がお世話になっちゃって。」
美恵「良いんですよ、私自身楽しんでいますし。」
王麗(電話)「そう仰って下さるなら助かります、今度うちの店にもお越しください。」
美麗(中国語)「何店の宣伝しちゃってんの。」
王麗(電話・中国語)「折角のチャンスなんだから活かさないと駄目じゃないの。」
突然始まった中国語での会話について行けなかった2人。
美麗(日本語)「・・・ごめん、お母さんと話す時どうしても中国語になっちゃうの。」
王麗(電話・日本語)「本当だよあんた、乗った私だって悪かったけどね。それにしても次は何処に行く予定なんだい?」
美麗「美味しい春巻きでも食べに行こうかと。」
好美「後餃子ね。」
王麗(電話)「なら帰って来なさい!!」
娘達の冗談に対して母によるキツめのツッコミが入ったのでまるで漫才の様だと大爆笑していた美恵、親子の様子からは事故直後の悲しみなど微塵も感じなかった。
面白くなりそうだと思った刑事は、今夜2人にとことん付き合う事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます