5. あの日の僕ら ㉛~㊵ お盆特別編
-㉛ 貢の初恋-
酔っぱらった桃の寝言によりすっかり雰囲気が気まずくなってしまった貢と香奈子の間を何とかしようと好美が機転を利かせて先程の逮捕劇の話をした。
香奈子「もしかしてさっきパトカーが止まってたやつ?」
香奈子がバイトから帰って来た時、2号棟の前には規制線が張られていたので家に入れなくなっていた住民達でごった返していた。香奈子が人ごみを掻き分けて見てみると丁度逮捕された成樹がパトカーで護送される所だった。
好美「貢君が走って捕まえたんだよ。」
香奈子「貢君?」
好美は2人が未だに互いの名前を知らない事を忘れていた。
貢「貢・・・、です・・・。貢 裕孝(ひろたか)。」
香奈子「変わった苗字ですね、初めて聞きました。」
貢「そうなんですかね、俺そういうの詳しくなくて。」
全くもって違う話題でだが盛り上がる2人を見て好美は一安心した。
丁度その頃、調理場では気を利かせた龍太郎が炒飯の注文が入った為に中華鍋で油を温めながら娘に声を掛けた。
龍太郎「美麗(みれい)、今日はありがとう。もう大丈夫だからお前も座敷行って呑んで来い。そこの冷えたグラスとビール持って行って良いから。」
美麗「良いの?お金払うよ?」
龍太郎「パパからのお祝いだ、受け取ってくれるか?彼氏と一緒に呑んでおいで、パパも後で行くから。あ、エプロンは脱いで行けよ。」
美麗「パパ・・・、ありがとう。」
冷蔵庫から冷えたグラスとビールを取り出し、金上がいる座敷に行こうとした美麗を今度は皿洗いをしていた王麗が呼び止めた。
王麗「美麗(メイリー)、ちょっと良いかい?」
美麗「うん、どうした?」
美麗は一旦瓶ビールを座敷に置くと母の元へと向かった、王麗は黒い小さな壺を持って娘を待っていた。
王麗「これ、ママ特製の黒糖梅酒だよ。あんたに彼氏が出来た時に一緒に呑んで貰おうと作ったんだ、後でママも行くから呑んでおくれ。守君や好美ちゃんにも分けてあげな。」
美麗「ママもありがとう・・・。」
美麗は王麗から受け取った壺を胸に抱えて座敷席に戻った。
金上「みぃちゃん、仕事はもう良いの?」
美麗「うん、パパとママが一緒に呑んで来いって。」
金上「そうか、じゃあお言葉に甘えて。」
金上が美麗のグラスにビールを注ぐと、美麗は嬉しそうに呑み干した。その光景を好美と香奈子が優しい目をして見ていた。
好美「あの2人、さっきの事件をきっかけに今日から付き合いだしたの。」
香奈子「あれって・・・、美麗(メイリー)かな?彼氏さんの方は誰か分からないけど。」
好美「金上君だよ、柔道部でさっきの犯人を貢君が捕まえた後に取り押さえてたの。」
香奈子「金上君って、あの金上君?!雰囲気変わったね・・・。」
美麗や金上と同じ小学校に通っていた為に金上の過去の姿を知っていた香奈子。
好美「金上君、ずっと美麗の事を一途に想ってたんだってさ。さてと、私も行こう。」
好美は守達が黒糖梅酒をロックで呑み始めたのでテーブルを挟んで反対側へと向かった、香奈子は4人の恋人達を羨ましそうに眺めていた。
香奈子「恋人か・・・。」
こう呟きながら眺める香奈子の横顔を見た貢に人生で初めての感情が生まれていた、香奈子の横顔を隣でずっと眺めていたい・・・。そう、貢は香奈子の事が好きになっていた。
香奈子「あの・・・、私の顔に何か付いてます?」
-㉜ 良い雰囲気-
香奈子の言葉により冷静さを取り戻した貢は少し顔を赤らめた。
貢「すみません・・・、お気になさらず。」
未だによそよそしい2人に好美が絡みだした。
好美「何で同い年なのにずっと敬語なのよ、もう一緒に呑んだ仲なんだからそんなの気にしなくてもいいじゃん。」
貢「仕方ないだろ、女の子とあんまり話した事が無いんだよ。」
そんな中、やっと目を覚ました桃が1人寂しく冷酒をちびちびと呑んでいた正の隣に座った。
桃「水・・・、水欲しい・・・。」
正「呑みすぎだよ、ほら。」
そう言うと水と間違って冷酒を渡した。
桃「あれ・・・、水ってこんな味だっけ?まぁ、いいか。」
好美「桃、まだ呑むの?本当相変わらずだね。」
誰もが皆冷静な判断が出来ていない中、好美が先程から感じていた事を正直に言った。
好美「ねぇ、さっきから貢君と香奈子って良い雰囲気じゃない?いっその事付き合っちゃえば?」
香奈子「何言ってんの、会うの2回目だよ。」
貢「う、うん・・・。」
貢は香奈子に意見を合わせて首を縦に振った、本当は横に振りたかったが。
何となく気を紛らわせたくなった貢はおつまみとして出ていたピーナッツを口に流し込んだ、口いっぱいに入ったので何も話せなくなっていた。
香奈子「そんなにピーナッツって好きになる物ですか?!」
貢「ふぁ・・・、ふぁい・・・。」
ぼりぼりと口内でピーナッツを砕く音が響き渡った、それを聞いた香奈子は大爆笑していた。その光景を肴に恋人たちはビールを煽った。
好美「アハハ・・・!!貢君、馬鹿じゃないの?!」
守「お前そんな奴だったか?!」
貢「ふ(う)・・・、ふふへ(うるせ)ー。」
美麗に至っては鼻から梅酒を出しかける位だった、隣にいる金上と付き合う事になったので一層笑顔が増している。
1人者同士の良い雰囲気の2人はやっと敬語をやめた。
香奈子「ねぇ・・・、連絡先聞いて良い?」
勇気を出して先に声を掛けたのはまさかの香奈子だった。
貢「う・・・、うん・・・。」
携帯を取り出した貢は香奈子のまさかの一言に動揺したのか、操作が上手く行かなかった。
貢「ご・・・、ごめん・・・。」
好美「あれ?貢君本気で惚れちゃったんじゃないの、顔が赤いよ。」
貢は慌てて否定した。
貢「違ぇし、酒が回って来ただけだよ。」
桃「もう、分かりやすくて何か可愛い!!」
正の冷酒を呑み干して顔がまた赤くなっている桃が大爆笑していた、座敷席の誰よりも楽しそうにしているので全員許容した。
香奈子「ねぇ・・・、水でも飲む?」
貢「うん・・・、助かった。」
美麗「もう、既に2人の答えは出たみたいだね。」
-㉝ 待ちわびた瞬間(とき)-
酒宴の夜が更ける中、守にはある感情が芽生えていた。授業やバイトの兼ね合いにより、最近好美とすれ違う日が多かったので、正直ご無沙汰だったのだ。少し寂し気な表情をする守に王麗が気付いていた。
実は好美も同じ気持ちでいた、先程から座敷で隣に座っていた時に守の手に指を近づけようとしていたのだがその度に守が立ち上がっていたので失敗に終わっていた。
そんな2人の様子をずっと見ていた王麗が守を呼び出した。
王麗「さっきから落ち着かないみたいだけど、何かあったのかい?」
守「実は最近好美とすれ違う日が多くてあまり会えてなかったんだ、いっそ酒の力を借りてでも今日好美とキスしたいなって思っちゃってさ・・・。」
王麗「悪い事は言わないからそう思うなら何もしないでじっとしてな、きっといい事が起こるはずだよ。」
十数分後、しびれを切らした好美が焼酎を一気呑みした。
好美「もう無理!!待てない!!」
そう叫ぶと守の両頬を両手で挟み無理くりキスをした、その様子を見ていた美麗が顔を赤くしていた。そんな娘の様子を父親は見逃さなかった。
龍太郎は美麗に紹興酒を手渡してカウンター席に座る様に促した。
龍太郎「どうした美麗(みれい)、パパに聞かせてくれるかい?」
美麗は恥ずかしそうに打ち明けた。
美麗「さっきさ、好美と守君がキスしていたのを見て私もかっちゃんとしたいなって思ったの。でもね、これが私のファーストキスになると思うともっと大切にしたいなとも思ってさ。」
龍太郎は煙草に火をつけながら答えた。
龍太郎「うん・・・、そうだね・・・。美麗の人生は他の誰でも無く美麗自身の物だから決してパパは止めはしないけど、一瞬一秒を大切にして欲しいと思うな。」
美麗「うん・・・、ありがとうパパ。」
十数年もの間持ち続けた金上への想いから「今日どうしても仕掛けたい」という気持ちが強くなっていたのだが、やはり何処か恥ずかしさを覚えてしまう。
美麗は葛藤した、好美みたいに人前で堂々と出来るだろうか、そう思うと息が荒くなり涙が溢れだして来た。
美麗は意を決して行動に出た。
美麗(小声)「ねぇ・・・、じっとして。」
美麗は金上の顎を掴んで唇を重ねた、長く・・・、長く・・・。
王麗「あらま、美麗(メイリー)ったら、これは大胆だこと。」
美麗は顔を拭う事も忘れて笑顔で泣いていた。
美麗「嬉しい、この日をずっと待ってた。」
そう言って強くハグをした。
互いの鼓動が皮膚を通して伝わって来た。
金上「今までの努力が報われた気分だよ。」
龍太郎は再び煙草に火をつけた。
龍太郎「美麗のあんな嬉しそうな顔を見たのは初めてだ、今日はトラブルがあったが良い日になったな・・・。」
王麗「本当だね、いつもは何処か寂しそうな顔をしていたのにね。」
幼少時代、金上が美麗に声を掛けなくなってからずっと心の片隅で孤独感を感じていた美麗。友人と遊んだり食事をしている時だっていつでも頭の中では金上の事を考えていたそうだ。
美麗は顔をぐちゃぐちゃにしながら泣き続けていた、その気持ちを受け止めるかの様に金上が恋人をずっと抱いていた。
美麗「うっ・・・、だ・・・、大好き・・・。」
-㉞ お盆特別編①・突然の電話-
松龍での大宴会から数日後、先日の代わりに水曜日のバイトが休みになったので1日暇になった好美はタイミングがぴったりの桃、美麗との3人で最近近所に出来たセルフのうどん屋で昼食をとっていた。
桃の食事する様子を見て不思議に思った美麗が本人に尋ねた。
美麗「噛まないの?噛まずに飲み込んでるの?」
桃「何言ってんのよ、うどんは飲み物じゃないの。私の地元の人達は皆こうだよ。」
桃の言葉を聞いて何かを思い出そうとする好美、しかし上手く思い出す事が出来なかったので改めて聞き直す事にした。
好美「桃って出身何処だっけ?」
桃「今更何言ってんの、香川よ香川。」
美麗「嗚呼、「うどん県」ね。だからか。」
美麗は幼少の頃に両親が録画して見ていたある番組の内容を思い出していた、はっきりと覚えていたのは印象が強かったからだ。
香川出身のある有名な女優が2人の司会者の目の前で饂飩を啜ったすぐ、反射的とも言えるタイミングで飲み込んでいたのだ。口に入れて直接喉に流し込むスタイルに司会者達は驚きを隠せずにいた。
桃「「うどん県」ね、やっぱりそう言われると思ったわ。」
美麗「じゃあ他に何があったっけ。」
好美「私ひろめ市場で呑みたい。」
桃「それ高知。」
美麗「私道後温泉行きたいかも。」
桃「それ愛媛。」
好美「あ、大塚国際美術館行きたいかも。」
桃「それ徳島、あんたの出身地でしょ。それにしても久しく帰ってない気がする、お母さん元気にしてるかな。」
桃は故郷の田舎を思い出していた、大きな橋の下に流れる清らかな小川で毎日男の子に混じって遊んでいた事を懐かしんでいた。
丁度そのタイミングで好美の携帯に着信があった、久しく見ていない女性の名前に少し焦っていた。饂飩を食べながら会話しようと考えた好美はスピーカーフォンにして出た。
好美「も、もしもし・・・。」
女性(電話)「もしもし、好美かい?あんたたまには帰って来たらどうだい、お父さんが寂しがっているだろう。高校から県外に出て以来全然だったじゃないか、一度は帰って来なさい。」
好美「母さん・・・。」
電話の相手は好美の母親、倉下瑠璃(くらしたるり)であった。好美は両親の反対を押し切って高校時代から県外で1人暮らしをしていたのだが、物欲が凄かった為にずっとアルバイトをしていて「お盆と年末は必ず帰る」という約束を守れずにいた。
高校での進路相談等に出席する為、瑠璃が好美の自宅へ赴く事はよくあったのだが父親は全くもって顔を見せなかったという。
瑠璃(電話)「あんた今度から休みだろう、それ利用しても良いんじゃないのかい?」
スピーカーフォンにしていた為に会話が丸聞こえだった為、美麗が気を遣って龍太郎に電話した。
美麗「パパ、お盆辺りに好美ちゃん里帰りできないかな。」
通常飲食店にとってお盆は書き入れ時なので本来は反対するはずだったのだが、龍太郎にとっては好美も美麗と同じで大事な娘同然だったので快く了解した。
龍太郎(電話)「勿論良いよ、たまには田舎でゆっくり過ごして来る様に伝えておいてくれ。そうだ美麗、良かったらお前も一緒に行ってきなよ。」
松龍の仕事が忙しかったために家族サービスが疎かになっていた龍太郎は、美麗に夏を満喫して欲しいと思い提案した。
しかし美麗は懸念していた、毎年お盆は夏祭りでかき氷の屋台を出したりと忙しくなるのでいつも短期のアルバイトを雇う位なのだが、好美だけではなく自分まで抜けて大丈夫なのだろうかと。
龍太郎(電話)「大丈夫だよ、梨(リン)ちゃんが来ることになっているから安心して。」
美麗「へぇ・・・、大丈夫なのかな・・・。」
-㉟ お盆特別編②・久々の故郷-
お盆直前、春麗の娘である安富花梨(やすとみかりん)が松龍での短期バイトへとやって来た。
美麗「本当に大丈夫なの?」
美麗が心配するにはちゃんとした理由があった、以前から店内でも夏にはかき氷を出していたのだがそこで花梨が大量の容器を割ってしまった事があったのだ。
龍太郎「大丈夫だよ、俺は梨ちゃんの事信頼しているから。(小声で)今年から紙コップに変更したからな。」
美麗「なるほど、じゃあ大丈夫だわ。」
花梨「叔父さん、何か言った?」
龍太郎「ん?気にしなくても良いよ、大丈夫大丈夫。」
女子大生2人は松戸夫妻達に見送られて最寄りの駅へと向かった。
高速バスと特急列車を乗り継ぎ、やっとの思いで徳島駅の2番乗り場に到着した。阿波踊りを見ようとする観光客や好美と同じ里帰りの人々で駅はごった返していた。
元々は数分後に発車する普通列車で移動する予定だったのだが・・・。
好美「ねぇ、乗る時間ずらして地下に行かない?」
美麗「いいけど、もう乗り場に「電車」来てるよ。」
好美「あ、徳島に「電車」無いから。あれ「汽車」だから。」
美麗「えっ?!」
これは徳島ではよくある件なので好美は飽き飽きしていた、一先ず好美の提案通り地下へと向かう事に。
美麗「何があるの?」
好美「良いから良いから。」
美麗は好美に案内されるがままにエスカレーターを降りて右に折れ、暫く歩くとそこには呑み屋街が広がっていた。昼限定のランチを食べていたり昼間から呑んでいる人達で盛り上がっていた、母親の瑠璃からこの情報を得ていた好美は徳島に帰ってすぐに吞みたくなってしまっていたのだ。良さげな店はどれだろうと物色しているとエスカレーターから向かって割と手前に大きな唐揚げとハイボールを売りとしているお店があった、我慢出来なくなっていた好美は早速席に座って注文した。
数時間後、すっかり出来上がってしまった2人がふらふらになりながらホームへと向かおうとすると2人に向かって手を振る女性がいた。
女性「好美ー。」
好美「お母・・・、さん・・・?」
気合を入れて来たのか何故か着慣れないチャイナドレスで2人を歓迎した瑠璃、しかし普段からチャイナ服を着ている美麗と被ってしまったらしい。
瑠璃「あら、お友達を連れて来るとは聞いていたけど、中国人の子と一緒って思わなかったじゃないか。ニ・・・、你好(ニーハオ)・・・。」
美麗「あの・・・、私ハーフですし普段は日本語しか話しませんから大丈夫ですよ。」
中国語は偶に王麗と龍太郎に言えない事を話す時に使う位だった、しかも美麗本人は中国に行った事すら無かったが今はそれ所では無い。
瑠璃「目立とうと思ってチャイナドレスなんて物を初めて着たのに意味無かったね、それにしても・・・、ん?あんた達今からビアガーデンに行くのにもう呑んだのかい?」
美麗「ビアガーデン?聞いてないよ。」
好美「そう言えばそうだった・・・、忘れてたよ。」
瑠璃が駅に来ることすら忘れていた好美、本来の予定のまま汽車に乗っていたらすれ違っていた。
瑠璃を含めた3人は駅構内のエレベーターで1番上まで上がり、従業員に料金を支払って広々とした屋外へと出た。数々の料理が並べられ、バイキング形式で楽しめる事になっている。
横に設置された冷蔵庫から冷えたジョッキを取り出して飲み物を自動で注ぐという仕組みになっていた。3人が空いたテーブルにバッグを置き、貴重品のみを手に料理の並んだ場所へと向かった時に好美の携帯に着信があった、守だ。
守(電話)「徳島には着いたかい?」
好美「うん、2人共無事だよ。」
瑠璃「好美、今の電話男の声がしたけど誰だい?」
-㊱ お盆特別編③・気まずくなっていた父との再会-
気を利かせた美麗が横から声を掛けた。
美麗「好美の彼氏の守君ですよ、宝田 守君。」
瑠璃「えっ?!好美に彼氏が?!大変だ、御赤飯炊かなきゃ!!」
好美「お母さん、大袈裟だから!!」
早く呑みたい好美は早々に電話を切って料理を取り始めた、沢山好美は多種類の料理を少量ずつ取っていた。
料理をテーブルに置いて酒を取りに行った、駅前にあるロータリーの方向からぞめきの音が聞こえて来た。
乾杯を交わした3人は暑い中でキンキンに冷えたビールを一気に煽った、女子大生達は先程まで呑んでいたのにも関わらず美味そうに呑んでいた。
瑠璃「あんた達、この後阿波踊りを見に行くだろ?」
好美と美麗の荷物は予め送っていたので身軽だった、なので自由に行動が出来た。
好美「行く、美麗も行くよね!!」
美麗「も・・・、勿論・・・。」
やたらと興奮している好美を見て少しタジタジとしてしまう美麗、でも折角徳島に来たのだから出来るだけ楽しんで行きたい。
3人は十分顔を赤くするとビアガーデン会場を出てエレベーターで下まで降りた、ただ酔った所為でボタンを押し間違えて一度地下に行ってしまったが全く気にしていなかった。
エレベーターを出てすぐの所にあるエスカレーターで上に上がり、出入口から外へと出ると3人は人ごみへと混じって行った。
瑠璃「2人共、離れない様にね。」
やはり夏だ、浴衣を着て街中を歩いている人達もちらほらいた。
阿波踊り連の衣装で自分達の出番を今か今かと待つ人々もいた、男踊りの衣装を着た女性達を見て何故か美麗が興奮していた。
鳴りやまぬ和楽器の音色が一層盛り上がりを見せていく頃、人ごみによる熱気が凄かったので3人は屋台で冷えた缶ビールを買って煽った。どんだけ呑むつもりなのだろうか。
桟敷席の並ぶ藍場浜の演舞場から移動して道路へとなだれ込む数々の有名連の踊りを見ながらビールを呑んでいく3人、何か肴が欲しくなってきた3人は屋台を探した。
美麗「ずっと歩いているからお腹空いちゃったよ、桟敷に座って見るのかと思ってた。」
瑠璃「桟敷は料金が高いからね、歩いてちらほら見るのが一般的なのよ。」
駅前から少し離れた東新町のボードウォークに変わった屋台が連なっていたので、そこで何かを買ってみる事にした美麗が1人興奮していた。
好美「嗚呼・・・、最高の気分・・・。」
大好きな酒を沢山呑み、久々の帰省と阿波踊りで好美が楽しそうにしていたから瑠璃は安心していた、ただ好美を酔わせたのには理由があった。
瑠璃「そろそろ帰ろうかね。」
好美「あ・・・、うん・・・。」
美麗「ん?」
好美の県外での進学に一番反対していた父とは正直会いづらい状態だった、好美は父と喧嘩したまま高校に入学したので実家に帰る事に少し抵抗していたのだ。
3人は汽車に乗る為に駅へと向かった、臨時運行もあったのにも関わらず全ての汽車が満員となっていた。
汽車と人ごみに揺られる事約20分、目的の駅へと到着した。好美の実家はその駅から歩いてすぐの所にあった。
瑠璃「父ちゃんただいま、好美達来たよ。」
奥の部屋で扇風機の風を浴びながら1人瓶ビールを呑む父、何故か体が震えていた。
好美「た・・・、ただいま・・・。」
好美の声を聞いた父・操(みさお)は体の震えを止めた、そして好美の予想と反して抱き着くと泣きながら歓迎の言葉を放った。
操「お帰り、父ちゃん寂しかったんだぞ、好美。」
-㊲ お盆特別編④・桃の父の趣味-
操は美麗の方に目をやった、娘の隣にいた友人がチャイナ服を着ていた為に少し焦っていた。美麗にとってはよくある事なので予想通りだった。
操「この子が言ってたお友達かい?まずいな・・・、中国語話せないんだ。」
今回の帰省でこの件は2回目、これはハーフの運命(さだめ)なのだろうか。
美麗「大丈夫ですって、私ハーフですので。」
操「良かった・・・、日本語ペラペラなんだね。」
美麗「私、中国行ったことも無いんです。」
ただ瑠璃にとってはそれ所では無い情報が1つ。
瑠璃「それより、父ちゃん大変だよ。好美に彼氏が出来たんだって!!」
操「好美に・・・、男・・・!!遂に人の物になってしまったか!!」
好美「まだ結婚していないから!!」
操「そうか、それより母さん小豆買って来い!!お赤飯炊くぞ!!」
好美「2人揃って同じ事言わないで、ほら父ちゃん呑んで!!」
操「お前と・・・、そう言えばお友達の名前を聞いてなかったね。」
美麗「美麗(みれい)です、松戸美麗。」
好美「そう言えば、どうして女将さんは美麗(メイリー)って呼んでんの?」
美麗「2人だけの時とかパパに知られたくない事を話す時とかは中国語を使うからね、でも今まで通りどっちでも大丈夫だよ。」
瑠璃は好美の言葉に不自然さを覚えた。
瑠璃「女将さんって誰だい?」
美麗「中国出身の私の母です、好美ちゃんはウチのお店でアルバイトをしているので。」
操「良かった、ちゃんと働いているんだな。安心したよ。」
3人で盛り上がっていると、美麗の携帯に着信があった。2人が無事に徳島に着いたかどうか心配になった王麗だった、流石は学生達のもう1人の母と言える。
美麗はスピーカフォンにして電話に出た、ただこの行動は一瞬で意味の無い物になってしまった。
王麗(電話・中国語)「美麗(メイリー)?あんたなかなか連絡してこなかったから心配したじゃないか、もう好美ちゃんの家に着いたのかい?」
美麗(中国語)「今着いたの。それよりお母さん、この電話皆に聞こえているから日本語にして貰って良い?それとも何か秘密でもあるの?」
操「おい、何て言ってんだ?」
好美「うん、全然分かんない。」
電話の向こうの雰囲気を察したのか王麗は日本語で話し始めた。
王麗(電話・日本語)「あらま、私とした事が。ごめんなさいね、うちの娘がお世話になります。私美麗(みれい)の母の王麗(ワンレイ)と申します、お見知りおきを。」
日本人達に合わせたのか、美麗(メイリー)の事を美麗(みれい)と、自らの事を王麗(ワンレイ)と呼んでいた。
瑠璃「あらご丁寧にどうも、日本人にしか思えない位日本語がお上手ですね。」
王麗(電話)「日本長いので平気ですよ、それより先程は失礼しました。」
瑠璃「何を仰いますやら、申し遅れましたが私好美の母の瑠璃と申します。」
王麗(電話)「あら素敵なお名前だこと、今度はこちらにも遊びにおいでて下さい。」
美麗が電話を切った瞬間、次は桃から着信があった。
桃(電話)「ちょっと2人共、好美は電話に出ないし美麗には繋がらないしでどうしてたのよ。」
美麗「ごめんごめん、ママと電話していたの。好美もすぐそこにいるよ。」
瑠璃「今度は誰だい?」
好美「桃、ほら何度か会ったでしょ?今香川に帰っているみたい。」
瑠璃「お隣じゃないか、知らなかった。」
その時、電話の向こうからエンジンと水しぶきの激しい音と男たちの怒号が聞こえて来た。
美麗「ん?あんた今どこにいんの?船の上なの?」
桃(電話)「丸亀の競艇場よ、父さんが最終レース買うってうるさかったから。」
-㊳ お盆特別編⑤・再会と恐怖の観光地-
まさかの場所からの電話に驚きを隠せずにいた好美、ただ美麗は冷静だった。
美麗「そうか、丸亀はナイターだもんね。」
好美「何であんたが知ってんの。」
美麗「たまにパパと行くもん。」
瑠璃「最近の女子大生の趣味って変わってんね、好美は最近何にハマっているんだい?」
最近の好美は毎日勉強とバイトに明け暮れていたので自分の時間を上手く取れないでいた、しかしどうにかして会話を繋げたかった。
好美「ショッピング・・・、かな?」
瑠璃「良いじゃないか・・・、また今度お母さんとも行かないかい?」
すると、少し離れた所から操の叫び声がした。
操「やられたーー!!」
桃(電話)「やった、入った!!」
どうやら桃と操は同じレースの舟券を購入して観戦していたらしい、今日1日通して操は負けたみたいだ。
桃(電話)「やった!!38000円取っちゃったよ!!」
好美「桃、そんな自慢をする為に電話して来たの?」
桃(電話)「ごめんごめん、あたしも明日そっち行って良い?」
好美「母ちゃん、良い?」
瑠璃「あたしは良いけど、父ちゃん、明日って2人を連れて出かけるって言ってなかったかい?」
操「ああ、途中で拾えば問題ないだろう。」
桃「じゃあ、10時頃に駅に着くと思うから。」
翌日、操の運転で徳島駅前のロータリーへとやって来た好美達は桃をすぐに発見して車に乗せた。
汗だくになった桃の姿を見て懐かしむ瑠璃が冷えたペットボトルの麦茶を与えると、桃は待ってましたと言わんばかりに飲み干した。
桃「助かりました、ありがとうございます。」
瑠璃「久しぶりだね、桃ちゃんも元気そうで良かったよ。同じ大学なんだってね。」
桃「はい、好美と一緒で心強いですよ。」
桃がスライドドアを閉めた事を確認すると操がゆっくりとハンドルを右に回して車を走らせ始めた。
好美「そう言えば今日はどこに行くの?」
操「久々にあそこに行こうと思ってな・・・、因みに度胸が無い奴は今日昼飯抜きな。」
瑠璃・好美「まさかあそこに?!」
美麗・桃「ん?」
数時間走った車はどんどんと山間部に入って行き、少し進んだ先にある数台分しかなさそうな駐車場へと止まった。
操「着いたぞ。」
近くに設置された小さな入れ物に小銭を入れると、坂道を歩き少し暗めの場所に向かった。歩を進めていった先で多くの観光客が並んでおり、そのまた先で多くの人々が揺れる壊れやすそうな橋を渡っていた。
好美「来ちゃった、かずら橋・・・。」
小さな建物から顔を出した観光協会らしき人にお金を払うと改めて今から自分達が行おうとしている事を確認した。
美麗「結構怖いのかな・・・、皆端っこに掴まっているもんね。」
桃「揺れてる・・・。」
3人の女子大生達は高所恐怖症だった、物凄く高い場所で揺れる橋を今から渡ると思うと足がすくんだ。
ただ操の言葉を思い出し、意を決したのか深呼吸して1歩ずつ歩いて渡りだした。揺れる、揺れる、とにかく揺れる。左右に揺れる橋が恐怖を煽り、足が震えた。
渡り終えた3人はどことなくスッキリとした表情をしていた。
-㊴ お盆特別編⑥・駅は呑む場所-
かずら橋を渡り終えた5人は車へと乗りこみ勝ち取った食事の場所へと向かった、ゆっくりと車に揺られ着いた場所は広めの駐車場だった。
操「ここから歩いていくから。」
駐車場の先の下り坂を下った先で行列が出来ていた、狸の置物が人々を迎えていた。
操が受付らしい場所で5人前の料金を払うと、順番を待った後に席に案内された。
好美「懐かしいね、いつ振りだろう。」
操「昔過ぎて忘れたよ、それにしても腹減ったな・・・。」
美麗「何が来るんですか?」
瑠璃「この辺りの名物だよ。」
暫くすると店員達が人数分のつけだれと大きなたらいを持って来た、たらいの中はいっぱいのお湯と太めのうどんで満たされていた。
操「来た来た、「土成のたらいうどん」!!」
瑠璃「相も変わらず熱々だね・・・。」
好美は桃の方を向いてニヤケついた。
好美「流石に飲めないでしょ。」
桃「こう熱いとな・・・。」
桃は手を震わせながら麺を持ち上げた、水分をたっぷり含んだ麺はとても重かった。熱々の麺をつけだれにダイブさせて1口・・・。
桃「物凄く熱いけど美味しいね、意外と私好きかも。」
瑠璃「香川の人が美味しいって言ってくれて嬉しいよ、父ちゃん連れて来て良かったね。」
操「頑張って運転した甲斐があるさ。」
熱々の昼食で腹を満たした3人は暫くの間、車内で眠っていた。
暫くして操に起こされたが、そこはまだ好美の家では無く別の山間の場所だった。旅館の様な建物の前。
好美「神山温泉だ、疲れていたから丁度いいよ。」
5人が各々で入浴を楽しんだ後、3人はお土産を選んだ。各々の恋人達にだろうか。
操の運転で家へと戻ると5人は駅へと向かい、汽車で徳島駅へと向かった。
操「そろそろ俺も呑んで良いか?」
操は1人運転に勤しんでいる中、残った4人が行く所々で酒を楽しんでいたので我慢が出来なかった。
駅地下に降りてすぐのバルらしき店に座る・・・、かと思ったらその店は立ち飲みだった。
操「「3種の飲み比べセット」と特製生ソーセージで。」
どうしてもこの組み合わせで呑みたかったらしい、4人も同じものを選んだ。新町川のボードウォークにも同様の店があり、そこでも美味い地ビールを楽しめる様になっていた。
好美「父ちゃん、他に肴は頼まなくて良いの?」
操「止めておけ、決しておすすめはしない。」
訳が分からなくなっていた好美、しかし理由はすぐに発覚した。店員が持って来た料理を見て好美は驚きを隠せずにいた。
好美「え?!あれ?!でかない?!」
とにかくその大きさに驚かされた、他の物を頼まなくて良かったと安心していた。
桃「美味しい、美味しすぎる・・・。」
美麗「最高の晩酌だね。」
かずら橋での恐怖から今の今まであまり声を発さなかった2人だったがソーセージによりその恐怖など忘れてしまっていた。
美麗「是非、他のお店にも行ってみたいです!!」
-㊵ お盆特別編⑦・旅立ちと土産-
中華料理の店など、駅地下での呑みを存分に楽しんだ翌日の事だった。好美達が日常を過ごす街へと帰る日となった、桃は荷物が香川の実家にあった為に先に好美の実家を出発していた。
そろそろ出発しようかとしていた昼前、操が2人に渡すものがあると呼び止めた。
操「これ、好きだっただろ、帰り道で食べな。ビールも入れてある。」
好美「父ちゃん・・・。」
瑠璃「行っちゃうんだね・・・、寂しくなるよ、好美。」
瑠璃は目に涙を浮かべながら別れの言葉を言った。
好美「母ちゃん・・・。」
操「また帰って来るんだぞ、いつまでも待ってるから。」
家からすぐの最寄り駅に汽車が入って来た、2人は駅のホームへと向かった。
美麗「楽しかったです、また来ていいですか?」
瑠璃「勿論だよ、今度は彼氏さんと一緒においで。」
操「お前もだぞ、好美。」
好美・美麗「行って来ます!!」
瑠璃・操「行ってらっしゃい。」
「さよなら」を言ってしまうと悲しくなってくる気がした夫婦は旅立つ2人の家でいつまでも待つという意味で「行ってらっしゃい」を、そしてまた新たな未来への旅立ちの意味で女子大生達は「行って来ます」を告げた。これは決してお別れでは無いという意味を込めて・・・。
瑠璃は別れ際、2人にスーパーの小さな袋を渡していた。中には筒に入った海苔が入っていた、これも好美の大好物だった。
好美「大野海苔・・・。」
美麗「ただの・・・、海苔?」
好美「違うんだな、これは徳島県民の大好物の1つで独特の食感にハマっちゃう1品なの。」
美麗「へぇ・・・、帰って食べてみよう。」
好美「勿論御飯にも合うけどそのまま食べるのがおすすめだから是非。」
美麗「それでビールと一緒のこっちは?」
美麗は操に渡された袋を取り出した、中には冷えたビールと一緒に微かにカレーの香りのする薄っぺらな揚げ物が入っていた。
好美「フィッシュかつ!!しかも揚げたてじゃん、急いで食べなきゃ!!」
好美の事をよくわかっている夫妻、流石としか言えない。
2人はビールを取り出し、フィッシュかつを1口齧った。
美麗「合うね、美味しいね!!」
酒と名物を楽しむ2人を乗せた汽車は徳島駅の3番乗り場に入った、2人はそこからまた特急列車と高速バスを乗り継いで街に戻って来た。最寄りの駅に・・・、守と金上がいた。
守・金上「おかえり・・・。」
好美から土産を受け取った守は寂しかったのかすぐさまキスをした。
守「楽しかったかい?」
好美「うん、母ちゃんが今度は守もおいでって言ってたよ。」
守「これから来年が楽しみだなぁ・・・。」
一旦自宅に戻った好美は瑠璃に託された桃の分の大野海苔を持って守と共に和多家へと向かった。
桃「何か悪い事しちゃったな、ありがとうね。そうだ、これ香川土産。」
中には生麺タイプの讃岐うどんが入っていた。
守「ありがとう、俺の分まで良いのかい?」
桃「勿論だよ、大切な友達だもん。」
守「今日早速母ちゃんと食うよ。」
また皆、日常へと戻っていく・・・。
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