5. あの日の僕ら ㉑~㉕
-㉑ 憧れ-
4人が満喫したBBQから数日経ち、いよいよ夏祭りのシーズンがやってきた。守は中学生の頃からの夢を叶えるため、この日振り込まれた分を含めひたむきに貯めたバイト代をおろして松龍の前にいた。
日差しが照り付け気温が高いので冷房の利いたカペンの中で待つことにした守、少年の頃から抱いていた「恋人が出来たら一緒に浴衣を着て夏祭りに行きたい」という憧れがもうすぐ叶おうとしているので興奮している。
数か月前、守は好美を誘っていつものショッピングモールにある和装専門店へと向かった。2人に気付いた店長の女性が声をかけ、布地を数種類程サンプルとして提示した。
店長「お2人でご一緒にお祭りですか?いいですね。」
守「子供の頃から浴衣で祭りに行く事に憧れていたんです、良い物ありますかね。」
店長「そうですね・・・。」
好美を交えた3人で並べられた布地を吟味していく、すると好美が紫をベースとした生地を手に取った。ゆっくりと開いてみると綺麗に開いた花火がデザインされている。
好美「これ・・・、これが良いです。」
店長「おや、どうやら彼女さんはお目が高い様ですね、こちらは当店自慢の1品となっております。帯は黄色などいかがでしょうか。」
店長が布地の紫にピッタリはまる黄色の帯を見せた、好美は一目惚れしたらしく、この布地で作った浴衣をこの帯で締めて着たいと思った。
店長「かしこまりました、では彼氏さんは白などいかがでしょうか。帯はそうですね・・・、赤がピッタリかと。」
守は綺麗に輝く布地に目を輝かせていた、どうやらこちらも一目惚れらしい。
守「仕上がりまではどれ位かかりそうですか?」
店長「そうですね・・・、短くて1ヶ月は頂戴する様になるかと思います。あ、ご料金はお渡しの時で構いませんので。」
そして店長から仕立てが完了したとの連絡が来たので今に至る、仕上がった浴衣を着た好美の姿を想像すると顔がニヤついていた。
いきなりだが、守は中学時代にテレビで偶然ある浴衣職人のインタビュー映像を見かけていた。
その映像でその職人は「浴衣を作る時、どんな気持ちで作っているか」と聞かれてこう答えていた。
職人(回想)「そうですね・・・、着る女性の方々の魅力を活かせる浴衣を作る事ですね。やはり女性の方々は我々男には無い魅力を数々持ち合わせています、その沢山の魅力を私なんかが作った浴衣で覆い隠してしまうのは正直勿体なく思いますので「思わず脱がせたくなる浴衣」を作る様に心がけています。」
守は昔聞いたこの台詞を思い出し、好美のあらぬ姿を想像してまたニヤついていた。
同刻、バイトを終えた好美は松龍から太陽の照り付ける屋外へと出て来た。タッパに入れて貰った賄いの炒飯を手に提げうろつき、いつも通り歩いて来ていると思ったのでずっと汗を滲ませ守の姿を探していた。
好美「どこにいんのよ・・・。」
我慢できなくなった好美は姿を見せない彼氏に電話をかけた。
好美「バイト終わったよ、何処にいんの?」
守(電話)「さっきから目の前にいるよ。」
好美「え?まさか・・・。」
駐車場でエンジンのかかったままの車が1台あるのを見かけていたのでその車の方向へと向かった、中では守が涼し気に座っていた。
好美は頬を膨らませながら助手席のドアを開けた。
好美「もう、意地悪!!」
守「許してくれよ、アイス奢るからさ。」
すると好美は提げていた袋の中から炒飯とプラスチックのスプーンを取り出しながら答えた、5パックある熱々の炒飯を勢いよく頬張っていく。
好美「4つ・・・、アイス4つ!!」
守「あ・・・、はい・・・。」
-㉒ ドキドキの試着-
折角の浴衣を汚す訳にも行かないので先にアイスの件を済ませる事にした守、1階の自動ドアから入ると早速アイスクリームショップへと向かうと早速店員が好美を誘惑した。
店員「いらっしゃいませ、今ならダブルの料金でトリプルに出来ますがいかが致しましょうか。」
好美は目を潤ませながら守の顔を見た。
守「はぁ・・・、仕方ないな。」
好美「勿論、ダブルでお願いします!!」
楽しそうにアイスを6種類選ぶ好美、先程炒飯を5人前平らげた様には全くもって見えない。
選んだアイスを受け取りニコニコしながら食べる様子を見ると「デザートは別腹」という言葉は嘘では無いらしい。
アイスを6個とも平らげてしまうと勢いよく立ち上がり守の腕を引っ張って今回の目的地へと向かった。
和装専門店に着くと先日お世話になった店長が笑顔で出迎えた。
店長「いらっしゃいませ、あ、お待ちしておりました。お二方の分、出来上がっておりますよ。宜しければご試着されますか?」
好美「はい勿論、早速させて下さい。」
店長「では彼女さんは私とこちらへ、彼氏さんは私の部下が参りますので少々お待ちください。あ、申し遅れました。私この店で店長をしております、安富と申します。」
安富が好美を障子で仕切られた部屋へと案内した数分後、奥の部屋から法被を着た店員が笑顔でやって来た。
店員「いらっしゃいませ、大変お待たせいたしました。」
店員はゆっくりと丁寧に守に着付けして行った、帯を「貝の口」と呼ばれる形へと結んでいく。
帯が結ばれた時、採寸されたサイズがぴったりだったのか、それとも何処か身の引き締まる思いがした。
店を仕切っていた障子の向こうから2人の笑い声が聞こえた。
好美「店長さーん、くすぐったいです!!」
安富「ほら、悪い様には致しませんので!!嗚呼・・・、浴衣をお着付けさせて頂くこの時が一番興奮します。」
どうやら安富はある種のド変態らしい、正直中で何が行われているのかを想像したくはない。
店員「申し訳ございません、本当に申し訳ございません!!」
守「あはは・・・。」
守が引き笑いをし続ける中、好美の着付けが終わったので安富が合図を送った。店員が障子を少し開けて確認した。
店員「おお・・・、やはりお似合いかと私も思っておりました。」
守も好美の姿を見ようとしたら店員が障子を閉めて話しかけた。
店員「彼氏さん、今見ますか?それともお祭りの時の楽しみにされますか?」
守は深く考え込み、固唾を飲んで答えた。
守「お楽しみにします・・・。」
店員「ふふっ・・・、貴方ならそう仰ると思っていました。」
帰り道、車内でまた好美が頬を膨らませた。
好美「何で今日見なかったの?」
守「祭り当日に初めて見て、ドキドキしたいと思ったから。」
祭り当日、王麗により先に着付けを終わらせた守は松龍の前で好美を待っていた。正と桃も同様に浴衣を買ったらしく、同様に着付けを終わらせていたのだが。
守「正・・・、お前それ、作務衣(さむえ)じゃね?」
-㉓ 憧れた浴衣姿-
何処からどう見ても作務衣にしか見えない姿の正とラムネ片手に松龍の前で彼女たちを待っていた守は団扇を強めに仰いで暑さを凌ごうとしていた、屋外でずっと待っている2人を見かねた龍太郎が店内へと誘導した。
龍太郎「お前ら、汗かいて余計に暑苦しいぞ。中に入れ、ラムネのお代わり位はくれてやるからよ。」
守・正「駄目だ!!」
龍太郎「綺麗にハモってんじゃねぇ、何でそんなに暑い屋外に拘るんだよ!!」
守・正「我慢した分、彼女が綺麗に見えると思ったからだ!!」
龍太郎「サウナ後のビールか!!」
珍しく龍太郎がツッコミに回っていた時、障子で隔てられた店内の座敷席で王麗が女子2人を着つけていた。
王麗「まさかあんた達の着付けをさせて貰えるとは夢にも見なかったよ、綺麗になっちゃって羨ましいもんだね。」
桃「それにしても王麗さんが着付けできるなんて思いませんでしたよ、何処かくすぐったいですけど。」
王麗「私も日本は長いからね、何でも出来る様になっておくのも良いかと思ってね。」
好美「本当に助かりました、モールにあるお店の店長さんってド変態なんですもん。桃が言った通りくすぐったいですけど。」
好美の言葉を聞いた王麗は両腕を組んで何かを思い出そうとしていた。
王麗「モールの店長・・・、ド変態・・・。」
好美「どうしました?」
王麗「好美ちゃん、もしかして安富って人の事かい?」
好美「そうです、何で知っているんですか?」
王麗「知っているも何もありゃ私の妹だよ、着付けも私が教えたんだ。」
好美「えっ!!」
先程から王麗の手付きが安富に似ているなと思っていたので心の隅で不信がっていたのだが、これで理由が発覚した。どうやら姉の癖が妹にそのままうつってしまったらしい。
しかし、器用な知り合いがいて本当に助かったと思っていた。
王麗「ほら、出来たよ。私らも今日は店を閉めて祭りに行くつもりだよ。店片付けたら行くからね、向こうで合流して皆で花火を見ようじゃないか。」
王麗は障子を少し開けて龍太郎に合図をした、店長が障子を少し開けて確認すると勢いよく鼻血を出してしまった。
王麗「何やってんだこのド変態、あんたの汚い鼻血が浴衣に付いたらどうすんだい!!」
龍太郎「こんなに生きてて良かったって実感したの初めてだ・・・。」
ドクドクとした鼓動を打ちながら未だ鼻血を出す龍太郎を離れた場所に移動させた王麗が外で待つ彼氏2人を店内に招き入れた、守お待ちかねの瞬間だ。
王麗「好美ちゃん、桃ちゃん、開けるよ。ほら、あんたらごらんよ、あんた達の恋人がこんなにも綺麗になっちゃったよ。」
紫とピンクの浴衣に身を包んだ2人が障子の向こうからお目見えすると彼氏たちが顔を赤らめさせていた、どうやら惚れ直してしまったらしい。守は言葉が出なかった。
好美「どう・・・?似合うかな?」
守「・・・。」
好美「何よ、何か言ったらどうなの?」
守「・・・好きです。」
守の言葉に顔を赤らめさせる好美、そんな2人を含めた4人は祭り会場である河原へと向かい屋台を回った。守は綿菓子をちょっとずつ食べる好美を眺めていた、何処か羨ましそうに。
正と桃は金魚すくいの屋台にいた、仲良く並んで金魚を追いかけていた。そして4人で店じまいを済ませた王麗達と合流して飲み物片手に花火大会を待った。
場内アナウンスの声の後、大輪の花が幾重にも咲き誇った。好美はずっとこの幸せが続けばいいなと涙を流しながら眺めていた、守はそんな好美の肩をずっと抱いていた。
守「好美・・・。」
大輪の花が再び咲き誇った瞬間、守と好美は唇を何度も重ねた・・・。
-㉔ 大人になった-
花火大会から数か月が経ち、正・桃・好美の3人は20歳を迎えたが誕生日が1番遅い守の為に初めての飲酒を我慢していた、と言っても最長で5日だったのだが。
そして守の誕生日の夜、各々の店長にお願いしてバイトの休みを合わせた4人は松龍に集まった。
念の為に学生証で年齢を確認し、涙を流しながら初めての酒として4人に瓶ビールを注いだ。
龍太郎「お前ら・・・、成長したな。親として俺は嬉しいぜ、今日は店からの奢りだから好きなだけ呑んでくれ。」
王麗「そうかい、じゃあ大黒柱として次の小遣いは無しでいいね。」
龍太郎「母ちゃん・・・、それはないだろう?」
涙を一層流しながら母の後を追う父を見ながら娘の美麗が4人のいる座敷席にやって来た、偶然ながら美麗も今日が20歳の誕生日だった。
桃「美麗ちゃん、誕生日おめでとう!!一緒に呑もうよ!!」
美麗「うん、うれしい!!」
小中高一貫の私立学園に通い、4人と違う大学に通う美麗は両親を手伝いながらちょこちょこ店に顔を出す4人と仲良くなりたいと機会を伺っていた。
嫁に似て綺麗な大人に成長した娘に父親がビールを注ぎ、涙を流しながら祝福した。
龍太郎「生まれて来てくれて感謝してるよ、今日はまだ仕事中だからダメだけど今度お前と盃を酌み交わさせてくれ。」
美麗「パパ・・・、大好き!!」
親子は抱き合いながら涙を流した、しかし数秒程続いた感動のシーンは一瞬にして呆気なく終わってしまった。
王麗「んん゛・・・、父ちゃん!!3番卓に麻婆炒飯定食の注文入ったよ!!」
龍太郎「わ・・・、悪い・・・。」
龍太郎はそう言うと何処か残念そうに調理場に向かった、旦那と交代する様に王麗が美麗と抱き合った。
王麗「元気に成長してくれてありがとう、成人式の振袖姿を見るのが今から楽しみだよ。」
美麗「母ちゃん・・・。」
やたらと仲のいい親子の会話に聞き覚えのある女性の声が割り込んだ。
女性「ねぇ、私もお祝いしても良いでしょ。」
王麗「春麗(シュンリー)、いつの間に来たんだよ!!」
好美「あ、店長さん!!」
安富「あら、皆さまお久しぶりです。お見苦しい物をお見せし大変申し訳ございません。」
訳が分からないまま4人は注がれたビールをいつ呑もうか悩んでいた、その空気を春麗が汲み取った(ここからは「春麗」と表記します)。
春麗「あらま、乾杯がまだだったのね、私ったら嫌だわ。王麗(ワンリー)、私も参加してもいいかしら?」
王麗「はぁ・・・、美麗に聞きな・・・。」
美麗は瞬時にOKサインを出し、叔母にグラスを渡してビールを注いだ。
王麗「では、お待ちかねの瞬間だね。皆、改めて祝20歳おめでとう!!馬鹿なうちの店主のお陰ですっかり泡が無くなっちまったけど初めてのビールを楽しんでおくれ。」
美麗含め5人は改めて初めてのビールが入ったグラスを持ち上げて目配りした、守は自分の為に我慢してくれていた3人に感謝する様に立ち上がった。
守「今ここに宣言します、俺達は大人になった事を!!そしてこれからは今まで以上に人生を楽しむ事をここに誓います!!乾杯!!」
4人「乾杯!!」
5人は初めての盃で乾杯すると一気に煽った、そして龍太郎の料理に舌鼓を打った。
好美「龍さんの春巻き、パリパリで大好き!!もっと下さい!!」
この日、松龍は店始まって以来の大赤字だったという・・・。
-㉕ 意外な一面-
5人が大いに吞みまくってから数日後、守達の大学では異学部学科との交流を目的とした球技大会が行われた。守と正は大学から少し離れた川辺にあるグラウンドで行われるソフトボールに出場していた、因みにこの球技大会の競技は全て男女混合で行われる事になっていた。
正「これに勝てば決勝戦だ、気合入れるぞ!!」
全員「おー!!」
試合が7回裏まで続いた時、相手チームの応援で数人の女子がやって来た。その中に好美と桃がいた。
好美「頑張れー!!」
桃「ぶちのめしちゃえ!!」
守備に回っていた守と正が涙ながらに叫んだ。
守・正「嘘だろ、そりゃ無いよー!!」
恋人たちはその声を聞いて彼氏たちの存在に気付いた。
好美・桃「無かった事にしてー!!」
相手チーム「どういう意味だ・・・、あいつらか!!」
2人の彼氏たちが自分達の敵になっている事に気付いた相手チームのメンバーは気合を入れなおした、どうやら好美達は学科の男子たちにとっての憧れの的らしい。
好美「ここで三振取ったらキスしてあげるって桃が言ってたよ!!」
桃「えっ・・・?!」
好美の言葉を聞いた相手チームのメンバー達は興奮し、気合を入れた。
正「誰にもさせるか!!桃のキスは俺のだけの物だ!!」
正は他のメンバー以上に気合を入れた、それにより桃の彼氏の正体が相手チームのメンバー全員にバレてしまった。
男子①「あいつ・・・、俺達の桃ちゃんを独り占めしやがって!!」
男子②「調子乗ってんじゃねえ!!」
正「桃はお前らのじゃねぇ、俺の女だ!!」
それから数十分間、球技大会らしからぬ不純な会話が大声で繰り広げられた。その間、桃はずっと顔を赤くしていた。
その時、相手チームのメンバーの1人がとある事を思い出した。
男子②「お前ら、桃ちゃんの彼氏がいる学科って事は好美ちゃんの彼氏もいる可能性があるぞ!!」
男子①「きっとあいつだ!!」
守はこの場から逃げ出したくなったが、まだ試合中なのでそういう訳にもいかなかった。
相手チームのメンバー全員がやけくそ気味に気合を入れ始めた、特に正と守が打った球には女子メンバーも川に飛び込んでしまう位に必死に飛び込みキャッチしていた。
女子①「認めない!!好美と桃だけあんなカッコいい彼氏がいるなんて認めない!!」
女子②「ウチの学科ろくな男子いないんだもん!!」
相手の男子達「そんな・・・。」
女子の発言によっぽどショックだったのか、男子達は崩れ落ちて泣き始めた。これでは試合にならないと思っていたその瞬間、好美が・・・。
好美「ごるぁあああ!!何諦めてんだ、くそ野郎ども!!試合はまだ終わってねぇんだぞ!!」
守「え・・・。」
今まで見た事ない好美の意外な一面を見て守は呆然としていた、守の中の好美のイメージが崩れそうになっていた。
男子②「まずい、「鬼の好美」が出やがった!!」
男子①「あんた恋人だろ、止めてくれよ!!」
守「え・・・、俺にどうしろと?」
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