第2話

 「エイジ、立てるか?」


ずっと昔のことを思い出していた。そうだった。

僕は小2の春にこの街に引っ越してきた。あまりクラスに馴染めないでいた僕に手を差し伸べてくれたのは、リュウタロウだった。


 「リュウタロウが、NTR?」

 呆気にとられていると、部活帰りだろうか。汗をたらたらと落としながら、境リュウタロウはこちらに気づいた。

「おっエイジ。何してんだ?」

「お、おつかれ。いや、まぁ特になにかしてるってわけじゃないんだけどさ。」

流石に友達のNTRを止めるなんて言えないため、無茶な言い訳をしたが、そうか、お前らしいな。とリュウタロウは怪しまなかった。

「あのさ、リュウタロウ、ちょっと話があるんだけどね。」

「な、何だ急に改まって…。」

質問という体で話を切り出そうとしたが、ちょっと待てと止められてしまった。

「それ、長くなりそうか?」

「…まぁまぁ長いかな。」

「んじゃ家来いよ。ゆっくり話そう。俺も聞きてぇことがあんのよ。」

 彼についていき、話をすることにした。


 今の彼との会話でわかったことがある。それは、天使がおそらく僕以外に見えていないことだ。翼が生えた青い目の女が浮遊していれば、流石に無反応とはいかないだろう。きっと、僕にしかマリアは見えていないし、声も聞こえていない。マリアは見た目の通り、天使だというが、一体何者なんだろうか。よく考えたら全くおかしな話だ。リュウタロウに会い、普段の生活の空気が戻ってきたおかげか、僕は変に冷静になっていた。リュウタロウに脳破壊が起きてしまう…そんな馬鹿な話、と思ってしまうのも冷静になったせいだろうか。

 リュウタロウは野球部に所属している。2年生ながらエースを任され、うちの野球部の勝利に貢献してきた。そんな彼だが、中学卒業まで色恋の話を耳にしたことは一切なく、そういったことを知ったのは高校に入ってからのことだった。簡単に言えば野球に全振りした熱血少年といったところだろうか。

「さ、ついたぞ。」

 その景色は見覚えのあるものだった。6時半を回り、暗くなった街路を照らす蛍光灯の光。看板に大きく書かれた「サカイ定食」の文字。リュウタロウの家は曽祖父の代から続く定食屋だった。中学生の頃までは僕もたまに行く機会があったが、最近はめっきり行ってない。僕らは入って一番奥の席に腰を下ろした。

「はは、久しぶりだな…なんか…。」 

僕は誰にも聞こえないような小さい声でつぶやいた。

「んじゃエイジ、何食う?」

「えっ、僕今日あんまお金持ってきてないんだけど」

「いいんだよ、親父が食ってけってさ。うちに来るのもだいぶ久しぶりだろ。」

「え、えっとじゃあ…」

メニュー表に目を通す。なんとなく値段の高いものを食べるのは気が引けるので1番お手頃価格のオムライスを頼んだ。

「なんだ、オムライスでいいのか?まぁ、いいや。親父!オムライス2つで!」

懐かしさに浸って数秒経ったころ、はじめに口を開けたのはリュウタロウの方だった。

「で、話ってなんなんだ?」

「そ、それは…」

「……リュウタロウって、彼女いたよな?」

一瞬ぽかんとした顔を見せたあとリュウタロウは爽やかな笑顔で

「なんだ、恋バナかよ」といった。

「まぁ、そう。その彼女について少し教えてほしいんだ。」

「なんで?」

怪訝そうに見られたが、無理もない。リュウタロウと出会ってからずっと口を開いていないマリアは、指を3本立ててこちらに見せてきた。

『3日後です。3日後、境リュウタロウの彼女・大野エリが寝取られます。』

マリアがそう言っていたことを思い出し、こんなところでおろおろしていられないと理解する。

 言葉のでない口を無理やり動かした。

「…最近、リュウタロウと喋ってなかったしさ。リュウタロウに彼女ができたって、聞いたからどんな人なのか気になったんだよね。」

無理な言い訳だ…。リュウタロウが付き合い始めたのは3ヶ月前。付き合ってすぐ知りたくなったならまだしも、3ヶ月間も付き合ってることを知ってたのにも関わらず、彼女の詳細な情報を求めたがるなど不自然に思う。僕が苦い返答をすると、彼は真剣な表情になった。突如街角の定食屋に緊張が走る。やはり怪しまれた。やらかした。流石に聞き入れてくれないか…と思っている僕に対し、彼は耳打ちをした。

「それ、今からノロケになるけどいいか?」

心から安心した。ふしゅーと音を立てて顔が緩んでいくのを感じていると、旗の刺さった大きなオムライスが運ばれてきた。

「お、きたきた。じゃエイジ食べようぜ。」


彼のノロケを聞きながら、頭の中で情報を整理する。マリアから聞いたこの後起こること、リュウタロウが教えてくれた彼女の様子、近場の人間関係など。

・大野エリは高校2年生。1年の秋に野球部のマネージャーになり、そこでリュウタロウと出会い、恋に落ちる。 

・野球が好きでマネージャーになったものの、人見知りで大人しい性格のため、野球部のノリにはついていけないらしく、いつも苦笑いしている。

・人付き合いは消極的だが、言いたいことはちゃんという芯の通った女性である。

・リュウタロウのいる野球部は上下関係が厳しく、特に3年の高萩カズヤによる後輩イビリが原因で今年は1年が3人辞めている。

・1年前、エースだった先輩が、悪い先輩と絡むようになり野球部を辞めた。


□3日後に起きる事件の概要

・大野エリは野球部員3名に連れられ、市外の廃ビルでNTRに遭う。

・部員名、時間帯、廃ビルの場所は不明

・リュウタロウはそのことをビデオ通話によって把握。

・リュウタロウはその後野球部内で暴行・停学処分を与えられた後階段から落ち異世界に転移。


 時間はそんなに残されていない。オムライスをかきこみながら、僕は考えていた。

 この事件を止める作戦を。


 「リュウタロウ、3日後は野球部ある?」

「いや、部活自体はない。俺は午前中自主練して、午後少し筋トレしてく予定だ。」

「そうか…」

時間帯がわからない以上、リュウタロウにはできるだけ彼女のそばにいてもらいたい。しかし、僕にはそんなことをどうこういう資格がない


「リュウタロウ、今から話すこと誰にも言わないって約束してくれない…?」

「おっ、なんだ?好きな女か?」


頭にアカネを思い浮かべた。そこにあったのはー


「あぁ、そうだ。そのために、協力してほしいことがあるんだ。頼めるか?」

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僕と魔王と脳破壊 樫埜かれ @kashinokare

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