僕と魔王と脳破壊

樫埜かれ

第1話

『いいですか。あなたは勇者に選ばれました。』


 は、はぁ。と僕は気の抜けた返事を返した。目の前で起きていることが信じられない。背中に大きな翼の付いた女性、その姿は俗に言う天使のように思えた。青い瞳がじっと僕を見つめている。数秒目を合わせてから、僕ははっとして首を横に振る。

「いやいやいや、どういうことですか?僕が、勇者?ゆ、勇者ってあの、ファンタジーか何かに出てくるようなやつ…です…か?」

『まぁ、厳密に言えばそうではありませんが、そう思ってくれて構いません。世界を救ってほしいのです。』

 驚いた。こんな冴えない男にもツキが回ってきたんだ、と僕はひそかに高揚した。



 笠間エイジ、高校2年生。この日、僕は勇者になった。ついさっき下校中に突如現れた天使によれば、僕はそういうことになる。勇者になる、世界を救う、ということは、特別な力が与えられたり、異世界に転移したりするということだと僕は知っていた。だからこそ、天使の言葉に返す言葉はこうなる。

「任せてください、僕、笠間エイジが勇者としてあなたの世界を救ってみせます。さぁ早くいきましょう。」

『おぉ、なんと頼もしい!では早速いきましょう!』



 そこから3分くらい歩いた。その間僕らは一言も言葉を交わさなかった。あれ。おかしくないか。普通こういうのってワープホール的な、半ば魔法的な、そんなノリで異世界にいくんじゃないのか。歩いてる。普通の通学路を歩いている…?

『さぁここです!勇者様、頑張って下さい!』

 到着した。しかしそこは異世界ではなかった。

「え?ここ、いつもの通学路なんですが…。異世界にいく…その、流れ的なやつは一体…。」

『…?勇者様は人間なので異世界に行くことはできませんよ?』

「は?」

『そもそも干渉することすらできません。』

「…ん?」

 理解できなかった。普通に異世界いく感じだったのに。全くわからない。

 数秒の沈黙の後、先に口を開いたのは天使だった。

『は、もしかして、勘違いしてましたか…?』

「え?」

『まさか、勇者って異世界に行って国王に追放されたり、剣を使って魔物を倒したりすることだって思ったりしてませんよね?』

言葉に詰まる。

『だとしたらすいません!私の言葉不足ですね。さっき、そう思ってくれて構わないとか言っちゃったし。ちゃんと、説明します。』

 正直がっかりしていた。もう勇者としての熱も冷めつつある。異世界に行けず、特殊な能力も与えられていない。思っていたのと違う。この世界で、何もなく、勇者なんて称号を貰ったところでちっとも嬉しくない。一応最後まで説明を聞いておこう。

『まず、私は異世界からやってきた天使のマリアと言うものです。勇者様にお告げを下すため、この世界に来ました。』

『そして、勇者様にやってもらうことを伝えに来ました。それは…

NTRを阻止することです。』

あれ。聞き間違いかな。異世界と全く関係ない言葉が聞こえてきたんだけど。僕は耳を疑った。

『NTR、寝取られ…と、この世界では言うそうですね。それを止めていただきたいのです。』

「へ?」

『あなた…勇者様にはこのあと、13のNTRを阻止していただきます。』

話が掴めない。どういう意味だ。頭が混乱してしまっている。

『…ある日、平和だった私達の世界に13人の魔王が現れました。魔王たちはすべてを超越した圧倒的な力で、私達の世界を破壊していったのです。なんとかして対策を練らなければ、彼らは世界を滅ぼしてしまう。そう思い、彼らの素性を必死になって調べたところ、ある共通点を見つけたのです。それは、全員が今、勇者様のいる"この世界"から転移してきたこと、そして過去に愛する人を他人に奪われた悲しみを抱えていたこと…。』

「…つまり、その元凶になるNTRをなくせば、そいつらが魔王になることもなくなる…ってこと?」

『はい。そのために、時空を超えてきました。』

なんてことだ。そもそもなんで僕なんだ。僕はただの冴えない高校生で、恋愛経験もない。もっと適役がいるだろう。

 それに、この話を聞いて思ったことがある。この活動、僕へのメリットが一切ない。異世界に干渉できないのなら称賛の声もクソもない。この世界から見れば、ただ意味もなく人の恋愛に首突っ込んでいくイカれた陰キャじゃないか。そんな悪評を背負うリスクに対してリターンがなさすぎる。

「それじゃ僕になんのメリットもなくないか?」

『そう言われると思い私も用意しました。これを見てください。』

マリアは懐から水晶玉のようなものを出した。そこから映像が浮かび上がる。どんな原理かは知らない。そんなことよりその映像に目が向いてしまった。そこには見知った顔があったからだ。

「ア、アカネ…。」

そこに映っていたのは幼馴染の大宮アカネだった。

『私に協力していただけなければ、あなたの想い人である大宮アカネは、死亡します。』


 「…何を言っているんだ?なんで僕がアカネを好きなことを…死ぬってどういうことだ…?」

困惑する僕に響いた大きな声。

『あなたがッ!あなたが…!

…1年後の魔王の1人なんです。』

『…大宮アカネは、あなたの目の前でレイプされて殺されます。いいですか。嘘じゃないんです。あなたはその後転移して私の世界で最強の魔王…"千騎の魔王"になるんです。』

そんな…嘘だ。この女は嘘つきだ。あかねが死ぬ。そんなわけない。あたまがおかしい。

「だったら…!」

『証拠ですね。これを見てください。』

映し出された映像。そこには裸の女性に群がる大柄の男たち。痣だらけの身体を蹴り飛ばす。下品な笑い声の下の層で痛みに喘ぐ声が聞こえる。傍でうずくまっている男。よく見るとそれは僕だった。間違いなく、それは僕だったのだ。そして、顔が真っ青に腫れ上がった女性は、アカネだった。呼吸が乱れている。虚ろになった目から大粒の涙がボトボトと落ちる。コンクリートの濡れたところをスニーカーが踏む。靴跡が涙を汚す。


『あなたの運命を、私なら変えられます。』

「…ほんとうに?」

『はい。あなたにあなたを含め13のNTRを止めてもらいます。私は本気です。』

この女を信じていいだろうか。それはわからない。しかし、アカネを護れるのはおそらく…僕だけなんだ。

「改めて、僕があなたの世界を救ってみせます。必ず。」

 

 僕は覚悟を決めた。勇者なんてどうでもいい。

アカネを救う。そのために。



『わかっていただけましたね。では早速ターゲットが来ました。お願いします。』

物陰に隠れて様子を見る。一体どんなやつなんだ?

 曲がり角から現れたのはよく知った顔だった。

「リュウタロウ?」

それは僕の親友とも言える男。


『最初のNTRは境リュウタロウ。後の"炎竜の魔王"です。』

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