第83話 ガラベージドアと猫(白の割合の多い白黒猫パピルス)
※注意※ Gが出てきます(;^_^A 虫が苦手な方はスルーしてください。
寒い地域の一部以外、地球上どこにでも生息している害虫の一つが、G。
(あえて伏せ字・笑)
夢乃には弟がいて、小さい頃は近所の公園や森や河原からありとあらゆる虫を採ってくるので、比較的虫には耐性があると思っていた。
Gも嫌いだけど、この世の終わりの様に騒ぐこともなく、冷静に殺虫剤を噴霧するなり対処はできる。置くタイプのG対策用品も触れる。
(マジで嫌いな友人は、GのGの字すら嫌うし、関連商品等絶対触れないし半径1メートル以内にも近寄らない徹底ぶり)
なので、日本より虫率の高いカイロでも全然余裕でいられると思い込んでいた。
カイロに来るまでは。
カイロは砂漠都市だけど虫率が高い。しかも害虫率。
気候とか環境とか衛生観念とか生活環境とか、まあいろいろ日本とは違うので、差異があるのは当然理解していた。
駐在事前の奥様教室でも、先輩奥様達から、カイロのGについても教えていただいている。
日本と違い、蛍とコガネムシの間くらいの大きさの小さい奴で、1匹2匹で行動もするけど、物凄い数で行動するし、潜んでいる厄介者であることも学んだ。
その写真も大勢の他国に行く奥様達は目を背け、悲鳴を上げたけど、夢乃は凝視できたし大した事ないなと心の中で鼻で笑っていた。
なので、自分は他の奥様達よりは、海外駐在に向いていると、実は密かに優越感に浸っていたのも事実。
でも…
自分はまだまだ世界を全然知らないあまちゃんだと痛感させられたのが、カイロに来て少し余裕が出て来た半年後くらいのことだった。
何かのお茶会で、とある奥様が、
「今度、帰国することになりましたので、日本に持って行けない物等を、できればもらっていただけると助かるのですが?いかがかしら?
○月○日に、他のお知り合いにもお声をかけていますので、よろしかったら見に来ていただけませんか?
お茶とお菓子もご用意しておきますので」
と、誘われた。
これが噂に聞く、帰国や異動前の不要品譲りの会だなんだなと興味が引かれ、お邪魔することにした。
不要品譲りというのは、不用品回収お手伝いである。
駐在しているとどうしても荷物が増えていく。だから帰国や異動前に整理する。
特に、日本に帰れば幾らでも買える物や食品や、持って行けない大物などは、知り合いなどに譲っていったり、高価な場合(家電とか自転車とかバイクとか)は売ったりする。
大体は知り合いや仲のいい人優先なのだが、あまり交流がない人や、いちいち聞くのも面倒くさいと思う人や時間がマジない!と人うは、1度に希望者を集めて、好きなの持って行って下さい~~と言うことをすることもある。
今回はそれらしい。
興味が勝ったので、夢乃も知らない方だが参加してもいいかお聞きしたら、快くOKをいただいたので参加した。
その方のお住まいはかなり古いアパートメントビルの中にあった。
カイロあるあるで、外観はぼろくても中はリフォームしまくるので、ぴかぴか豪華な場合が多いが、そのお宅は外見に近く広くて部屋数もあり色々整っているが、内装的にはかなり外観通りで少し驚いた。
聞いたらもう古いので、近々取り壊され建て直すんだそうだ。なので、広くて部屋数も多いし便利な場所にあるのに破格のお家賃で得をしたわと、○夫人は自慢げに話してくれた。
節約家なんだなと思ったときに気づけば良かった。
○夫人に案内された広いリビングの真ん中に大きな布が広げられ、そこに色んな物が分類されて綺麗に置かれていた。
綺麗に置かれていたが・・・一目見てそれはゴミ・・・げふんげふん・・・いえ、かなーーり使い古された品々であることが一目瞭然の物ばかりだった。
主に子供用品が多いが、シミだらけできばんだベビー服に子供服。片方だけの子供靴や靴下。ボロボロのスリッパ。1㎝にも満たない鉛筆やクレヨンなど。パチモンと分かる何かの安っぽい食器(未使用)。使い倒された絵本や雑誌や・・・。
敷かれている布もよく見れば、シミだらけのくたびれたシーツ・・・。
驚いたのはパンツまである。子供用パンツではあるが…パンツだよ??下着は捨てた方がいいのではと思うが・・・まあそこは個人の価値観だけど…。
流石の夢乃もドン引き。
もっとドン引きしたのが、賞味期限が遥かに切れた物…。数ヶ月前くらいの賞味期限切れくらいなら、全然平気で使う夢乃ですら引いちゃう
数年前の日付の食品類・・・。
あり得ないと思うんだけど・・・
これ、カイロ基準??
それとも、カイロ流の嫌がらせ?
ちらりと他の奥様達の様子を伺うと、他の奥様方も一様に困惑の顔で絶句している。皆様同じ事を感じているようだと、夢乃はほっとした。
それにしても酷すぎる。馬鹿にしているとしか思えない品揃え。
そのお宅に、パピルスと言う猫がいなかったら、腹の内で怒って帰宅していたと思う。
そう!○家にはパピルスちゃんと言う猫がいると聞いていたので、半分以上はその猫見たさにうきうきと来たことは否めない。
パピルスちゃんはエジプトによくいる白の割合の多い、白黒猫ちゃん。
オス。やせ型。金色の瞳。そしてビビり。
なので、高い食器棚の上に逃げ込んだパピルスちゃんを見ることしかできなかったが。
うん。でも満足(笑)
ファリーダが来る前の時だったので、とにかく猫に飢えていて、猫を見るだけでも幸せな夢乃であった。
なので、そのごみ…げふんげふん…思い出の山の中をお義理でも物色する気にはなった。そして微妙なデザインの「カエル顔のスタイ」と「古いパチモンのケ〇ロ軍曹の子供用食器」を手にした。
(猫の皿とかに使えると思ったことは内緒です)
「まあ!流石、花岡さんお目が高いわ!それはうちの子が気にっていましたのですが、勿体なくて使わなかったものなんですよ」
と、にこにこ顔で〇夫人が言うと、奥様達の間に一斉に「嘘つけ!」という複製音が流れた。
流石にこの言動に堪忍袋の緒が切れたのか、この中で一番在中歴の長いベテラン奥様長谷川夫人が、嘆息して口を開いた。
「〇さん…こう申しては失礼かとは思いますけど…これはいくら何でも人様に差し上げる物ではないと思いますよ。
こういう、誰かに差し上げますと言う場は、ご自身でも使えるけど、異動先や帰国時に持って帰るには不要な物を、まだ使えますけど如何ですか?という物をお出しになるのが礼儀だと思います。
ご自身で使えない物を、よそ様にどうぞと言うのはおかしいと思います」
うわー、ばっさり言った!帰国前提とはいえ、勇者である。長谷川夫人!
「は?どういうことですか?確かに長谷川さんみたいなセレブな奥様にはそう見えるかもしれませんけど?でも、十分まだ使えますよ?!」
やはり〇夫人は目を三角して長谷川夫人を睨む。
長谷川夫人は大げさに嘆息した。
「はあ…。
例えばですよ?
あなたが他の方から、この中からあなたの可愛い由美ちゃんと武君に使ってね、と、これらの物を渡されたらどう思います?使います?ありがたく受け取ります?
このパンツ…もしも知らない方のお子さんが使ったものとして、ありがたくいただきますか?
この3年前に賞味期限が切れているカレーのルーや、麻婆豆腐の素などで、御夕飯を作って食べされてますか」
〇夫人はゲラゲラ笑った。
「嫌だわ、長谷川さん!うちがいらない物なのに、何故貰わないといけないの?おかしいでしょう?」
「ですから、あなたが使わない物は、他の人も使いませんの」
「だからうちはもう使いませんけど、まだ十分使えるから、こうしてみなさんにどうぞと言っているんです」
ダメだこれは。話の通じない人だった。
全員が、もういいと言うように静かに憤る勇者長谷川さんの肩を叩いて首を振る。〇夫人だけが、その微妙な空気に眉根を寄せて不快な顔をしていた。
「じゃあ!みなさんが使わないのなら、みなさんのメイドに渡しては如何?メイドなら日本製なんだから(だから全部パチモンで日本製ではないですよ~?〇夫人?)喜んで使うでしょう?」
「でしたら先に〇さんのメイドに差し上げたらいかが?」
〇夫人は肩を竦めた。
「あら、うちのメイドはこれをあげると言ったら、纏めてガラベージドアの外に置いた失礼な物の価値も分からないヤツなんですよ?」
「え?」
一斉にその場の奥様達(夢乃以外)の顔色が変わった。でもその空気を読まないで〇夫人は更に爆弾を投下した。
「だから、私がわざわざ拾い直して、少し綺麗にして、みなさんにどうぞとお声を掛けたんですよ?」
もうその場は凍り付いたようにしーんとし、同時に静かな怒りが広がりだした。
え??何?何を皆さん怒っているの??
なので、夢乃も(後日思い返せば)爆弾を投下してしまった。
「あの…ガラベージドアってなんですか?」
さらに凍り付く場。
やっちゃった!と青くなる夢乃。
苦笑する長谷川夫人。
「ああ…花岡さんのお宅は確か新しい〇バンクビルでしたわね?あそこには最新式のごみ処理システムだから、ガラベージドアはご存じないわね」
「あ、はい、〇バンクビルです。まあ比較的新しいとは聞いていますが…」
前に書いたが、うちのビルのごみは各階のエレベーターホールに個別のゴミ捨て場があり(ドアも中に換気扇もあるので外に臭いは漏れない)、生ごみ等はダスター口から袋ごと投下して破棄できるタイプ。
長谷川夫人は苦笑して立ち上がった。
「百聞は一見に如かずですから、実際に見ていただいた方がよろしいでしょう。構いませんか?〇さん?」
「いいですけど…私はあそこは触りたくありません」
「大丈夫です。わたくしが花岡さんをご案内してご説明いたしますわ。キッチンに入りますけど、失礼いたしますね。では、花岡さん、こちらに」
え?何?〇さんの反応が気になるんですけど?え?ガラベージドアって何??
「そんなに怖い顔なさらなくても大丈夫よ。
要はキッチンから直接ごみを外に出せるドアの事を、まあ…便宜的にそう呼んでいるだけですの。当社ではそう呼んでいますが、正式名称は良く知りません。ごみドアとか、人により言い方は違うようです。
つまり、ドアの向こうが各階のゴミ捨て場です」
「はあ」
〇家のキッチンはクラシカルなタイプで、真ん中に大理石天板の大きな作業台。同じ大理石天板のL字型のシステムキッチン構造。
ガスコンロや大きなシンク等があり、家電が十分並べられる台がつらなり、大きな冷蔵庫に冷凍庫が3つもある。
床は灰色の大理石。
そのキッチンの端に、緑色の汚れたドアがあった。そのドアを開けて、外を確認した長谷川夫人が夢乃を手招き、苦笑して頷いた。
「どうぞ。ごみは捨てられていないので、比較的綺麗な方と思いますが…まあ…ゴミ捨て場である事を考慮して開けてくださいね」
夢乃は意を決して開けてみた。
そこはうす暗い空間。
うおーんと言うよう下から風が吹いてくるような音が響いてくるような感覚。同時にむわっとした生ごみの匂いも吹き上がっている。
目を凝らしてみると、四方を壁に囲まれた空間で、そこに壁にへばりつくように鉄製のむき出し外階段が下から這い上がるようについている。
灯りは、その階段の各踊り場にあるドアから漏れる灯りのみ。もしくは上からぼんやりと落ちてくる外の光のみ。
下は全く見えない。
何があるのか興味を引かれ、1歩前に進もうとしたら、他の奥様達が悲鳴を上げた。
「え?」
と、部屋の中に振り返ると同時に、足を下ろそうとした踊り場あたりから、何かがザザザザザザー!と異動する気配を感じ、冷水を浴びたように固まった。
だが、好奇心が勝った。
恐る恐る踊り場をみると、さっきまで真っ黒で何も見えなかった踊り場に、すのこのように隙間が見え、階下の踊り場が見えた。
え?なんでさっきまで見えなかったの?
そう思った瞬間、ドアの横の壁から何かがザザザザザザーと、高速移動する気配を感じる。
見ちゃいけないと思いながらも目がそっちに行く。
そこには灰色の薄汚れた所々レンガがむき出しの壁の上を、高速で移動する無数の・・・小さなGの団体が・・・
その後のことはよく覚えていない。
悲鳴を上げたのは覚えている。
同時に他の奥様達も悲鳴を上げて・・・
その声にパピルスちゃんが3倍に膨らんで、おしっこちびりながら食器棚の上からどこかに逃げていき・・・○夫人が凄まじい怒号を上げて・・・
とにかくあのゴミの山から手にしてしまった物をその場に置いて、他の奥様達と脱兎のごとくその家を辞したのは覚えている。
家に戻り、皮膚が赤くなるまで全身を洗いまくった。
あり得ない!!!
あんな場所に置かれた物をまた拾ってきて、私達押しつけようとするなんて!どういうこと!?嫌がらせ?嫌がらせなの---???!
と、パニックになったが、後日、高田支社長夫人と田中さんにその話をしたところ、二人は嘆息して仰った。
「たまに・・・そういう感覚の方がいるのよねえ・・・。それは最大の洗礼を受けてしまったわねえ・・・夢乃さん・・・」
と、慰めて貰った。
以来、エジプトで、あまり苦手意識のない夢乃だったが、ガラベージドアだけは拒否反応を示すようになった。
よそのお宅を訪問し、お手伝いでキッチンに入るとき、必ずガラベージドアを確認し、目に入れないように全神経を集中した。
でないと・・・あのドアの向こうから・・・あの日見たカイロのG達がうごめいているの感じてしまいそうで・・・
マジ・・・怖かったからだった。
今でも怖いです(涙目)
追記:
○夫人がいたアパートメントは駐在時にあっという間にぶっ壊され、今ではないので安心して下さい!(何を?笑)
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