第82話 お茶会差別とナイルの岸辺(ナイル岸辺の猫達)


「M商事の大越さんと交代でいらした、鞠中さんがエジプト料理を習いたいそうなの。どなたか教えて下さる、エジプト人かお教室をご存じないかしら?」


 最近、同年代夫人お茶会を仕切っている、K社の菊池さんがにこりと威圧的に微笑む。


 同年代夫人お茶会は、和也勤務のカイロ支社に長く駐在していた田中夫人が、夢乃がカイロに来たてで日本人社会になじんでいなかった頃に誘ってくれたお茶会。


 20代後半から35,6歳くらいまでのある一定のランク企業の奥様が集まる会。

   

 その年齢だと、大体赤ちゃんから小学校低学年か中学生くらいまでのお子さんがいるのが一般的なので、異国で子育てをする世代同士で、情報収取等や交流や助け合うのを目的とした…のが始まりらしいんだけど…。


 年齢制限と会社クラス制限(誰が決めたのか)というのが、なーんとなく性に合わなくて途中から参加をしていなかったのだが…。

 当社からそのメイン参加していた田中夫人がご帰国されて…メンバー補充の意味合いでしつこくお声がけがあったので(渋々)参加したのだが…。


 こういう集まりって、その時に集う人でがらりと変わるとは聞いていたが…


 本当にガラリと変わるなあ!!

 と、

 夢乃は30畳はあるだろうリビングの中央にどーん!!と置かれた、30人は座れそうな円座に置かれたソファーの末席で、お茶を飲みながらそう思った。


 はい。

 当社I商事はこのランクの奥様達には末席相当と判断されたようです。


 はるーか先に座る3人の上座奥様達は、真ん中に座る2人の奥様達ににこやかに、そして対面末席に座る夢乃達3人の奥様達に威圧的に微笑む。

 

 高田支社長夫人がいたら、K社の社社長奥様の怒鳴りこんでいそうな席順だ。

 てか、ここまで露骨に他社をランク分けするなんて久しぶり。

 

 珍しいな、このK社菊池さん。

 

 愛社精神等ないけど、お宅のK社とうちのI商事はいつからこんな差別される間柄になりましたかああ~~??と、突っ込み入れたいほどに屈辱的な席だ。


 大体、なんでこなに離れて座らないといけない。8人しかいないんだから、分散しないで、その上座にみんなで纏まって座ればいいじゃん?


 もう悪意バンバンお茶会ですね。

 さっさと帰りたい。


 下座奥様達はしらけて、手前に置かれているエジプト国産の派手な皿に飾られたエジプトのお菓子をぼりぼり食べながら、同じく国産ティーバックが入った国産ティーポットからお茶を手酌でいれて飲む。


 言っておくけど、夢乃的にはエジプト国産お茶も、お菓子も全然OK。

 残念でした~。


 あ、因みに真ん中は、ティーバックのタグがべろんと見えていないので、恐らく茶葉の入ったティーポット。でもきっと茶葉は国産か安いやつ。だって、皿に盛られた菓子は上座の半分種類。


 上座はウエッジウッドのボーンチャイナに、某高級菓子店のケーキ類に恐らくヨーロッパのお菓子が有害に置かれ、しかも小さな可愛い花器に可愛いバラがいけられている。


 え?下座に花は?んなもんあるわけないでしょうが!!


 菊池さん、何したいんだろう?

 喧嘩ふっかけですかああ~~~???

 

 いや、真ん中にも喧嘩吹っ掛けているよね?K社とも密接なかかわりのある企業だけどいいの?まさか知らない?

 何がしたい?


 これ、絶対みんな支社長夫人にチクるよね?そしたらどうなるかわかんない?

 それとも、そんな全面戦争うけてもお宅は平気という事?凄いねK社。


 と、いう事でK社と同席する他2社の評価が駄々下がりの夢乃であった。


「ご存じ?夢乃さん?」


 名指しですか?しかもほぼ初対面なのに名前呼びですか?格下認定ですか。

 へええええええええ~~~~~~~~~。


 ダーク夢乃降臨の瞬間だった。


 かちりとカップを丁寧に置き、夢乃はにっこりと微笑む。


「失礼、初対面の奥様もいらっしゃいますので、自己紹介させていただきますわね。I商事に勤務しております、花岡と申します。エジプトに来まして3年ほどでございます。どうぞよろしくお願いいたします」


 そして同じく紹介して貰えなかった下座仲間奥様ににこりと微笑む。


「ではわたくしも。Sメーカーに勤務しております、太田でございます。カイロ駐在5年の新参者でございますわ。よろしくお願いいたします」


「では同じ席のよしみでわたくしも。T社勤務の小林でございます。よろしくお願いいたします。ああ、私も夢乃さんと同じく3年駐在の新参者です」


 ぷっ!と、J団体の奥様が吹き出した。


「まあ、佳代子さん達ったら…。では真ん中席のわたくし達も。Jの山野でございます。駐在歴は2年です」

「Hの中野です。駐在歴5年です」


 そして下座、真ん中、にこりと微笑んで菊池さんをみる。


  因みに菊池さんは田中さんとほぼ交代な感じでいらしたので、まだ1年??である。その周囲の奥様達も確かに有名クラス企業の奥様達だけど、あまりお見受けしないので、まだ駐在歴少ないかな?


 まあこういうのは駐在歴でどーこーはないけど、ここまで露骨に差別するのは、最近はあまり聞かないなあ。


 さてと。

 M商事の奥様に恩を売りたいんですね。はいはい。

 

 ダーク夢乃はにこりと微笑んだ。


「残念ながら、駐在歴が浅い物で人脈が無いのでお役に立てなくてごめんなさい。その代わり…そうですねえ…日本人会発行のお料理レシピ本「パピルス」は如何でしょうか?大変分かりやすく、日本人でも作れるように書かれておりますよ。わたくしもそれを大変活用させていただいております。(マジ)」


 そんな答えを希望していない菊池さんは、口の端をひくひくさせた。



「菊池さん、私は今日ははじめてですが、どういう方なんですか?」

 

 同年代夫人お茶会を失礼にならない程度の時間に失礼をした、下座・真ん中組は場所を変えて、山野さんのお宅で仕切り直しお茶会をしている。茶菓子は近所のスーパーで買ったスナック菓子とフルーツの気軽さ。


 みんなが首を傾げる。


「あまりお付き合いはないわね」

「そうね。前の長谷部さんは気さくで愛想のいい方でしたので、子供絡みでもお付き合いしていましたけど」

 みんなほぼ同じ意見。

「で?今日の席順はどういう意味なのかしら?どなたかご存じ?」


「そうねえ…恐らくお子さんの年齢で分けた感じかしら?」


 ああ~と他の皆さんが頷く。子供のいない夢乃は首を傾げた。


「つまり、上座の皆さんは小学生中学年から高学年のお子さんがいるの。真ん中は確かに低学年ね」

「下座は言われてみれば、幼稚園児以下かお子さんがいないわね」


「そんなことで?」

「そういう事でマウントする方もいるんですねえ」


 ははははと苦笑する夫人達の中で、夢乃は冷や水を浴びた気持から、徐々に静かな怒りと悲しみが体中に満ちるのを感じて目を伏せた。


 ここにいる方達もそんなにお付き合いはないので恐らく知らない。プライベートな事なので仲のいい人達しか知らない事だけど。


 1年もしない前に、流産をした夢乃には菊池さんの仕打ちは下座に座らされたことよりも、激しい怒りを感じていた。

 いろんな意味で。

 あまり怒らない方の夢乃だが、今回の仕打ちは知らなかったこととはいえ…酷い話だと思う。

 

 自分でもこれだけ怒りを感じるのだから、和也や高田支社長夫人に等に話したら、本気で激怒して仕事関連やK社との関係にも何らかの影響が出る可能性がある。

 仕事とプライベートは普通はきっちり分けるのが当たり前なんだけど、海外駐在ではプライベートも時には密接にかかわる事もあるから…


 だから…

 こうしてお茶会やなにやでみんな交流したり、情報交換したり努力しているんだけどね。それを勘違いする方もたまにいるのは事実だけど…


 今回はちょっときついな。

 もうずいぶん経っているけど、納得しているつもりだったけど…

 まだまだだったんだなあ…。


 夢乃はとぼとぼ帰り道を歩きながら、なんとなくナイル河が見える川岸まで歩いてきた。


 和也と一緒にまだ小さな命だったあの子に別れを告げた河岸だ。ここからお花を流した。


 ゴミがぷかぷか浮かぶけど、凄い速さで流れていくナイル河を見渡せるベンチに座ると、すかさず猫達が寄ってくる。微妙な距離で「なんかちょうだい」と言う顔をして見上げてくる。

 

 ふふっと笑い夢乃はバックの中から、いつも入れている猫のカリカリを足元に数個置く。猫達が来てあぐあぐ食べると、もっと!と言う顔で見上げてくる。


 猫達は交代交代でカリカリを食べると、満足したのか三々五々散って、銘々好きな場所で体をなめなめしている。みんなスリムで細い足を長ーく伸ばし、そしてだらんと寝る。

 何人かのエジプト人が猫をナデナデしていく。


 ゆったりと流れる河。対岸の聳え立つビル群に、周囲を囲む古い町並みのカラフルな建物。遠くの赤茶けた丘。白っぽい青空

 ヤシの木や木々を揺らす風は気だるい暑さをはらんでいて、遠くから聞こえるコーランを運んでくる。

 いろんな匂いと喧騒と…


 ぴこんとSNSが入る。和也だ。


―今どこ?


 ふふっと夢乃は笑う。


―ナイル河の岸辺。あそこ。

―ああ…あそこかあ。仕事が終わったからどこか食べに行かない?

―うん。いいよ。そっち行く?

―俺がそっち行くよ。マリオットホテルのロビーで待っていて。そこから近いよね。―うん。了解(^^)/


 不思議と気持ちが浮上する。

 不思議と、和也は夢乃が落ち込んでいると察知してくれる。


 うん。それでいいんだよ。

 私は幸せだよ。

 

 あの人達は知らないんだから仕方ない。

 怒っても仕方ない。

 悲しんでも仕方ない。

 

 これは…

 私と和也だけの悲しみなんだから。


 夢乃は立ち上がり、残りのカリカリを植え込み近くに山盛りにした。

 どこからともなく猫達が集まり、またあぐあぐうにゃうにゃ言いながら食べだした。


 それにしても猫、多いなあと苦笑しながら、夢乃はナイルの河と街を見ながらゆっくりと歩いた。


 今日もカイロは暑い空気が河の風にのり街中に流れて行っていた。


 後日、このお茶会の件がどこでどう話が流れてれていったのか知らないが、高田支社長夫人や和也の耳に入ることになる。日本人社会は狭いからね。

 

 K社の支社長夫人は同じ麻雀サークルに同席されているので、恐らくうちの事を知っていたらしい。


 風のうわさで菊池さんが同社の他の奥様達の前で迂闊な事をしないようにと叱責を受け(うちの流産の話は伏せて)、菊池さんが謝罪の場をと言ってきたけど、やんわりと「お気になさらないで。気にしておりませんから」と、お断りした。

 

 暫くして、菊池さんがパピルスを参考にしてお料理教室を開いたが、いまいちだったらしく、失笑話しが流れて来た。

 彼女とは以降、パーティー等でご挨拶はするが、お茶会で同席することなどはほぼなくなった。




PS:

不思議な物で、いろんな事でランク付けて差別する方はどこにでもいるんだなあと思いました。あと、思いがけない言動で思いがけない方を傷つける可能性もあることにも。傷つくことも落ち込むことも沢山あるけど、一度どーんと落ち込んだらさっさと顔をあげて歩いていくしかない。

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