第84話 両親が来る!と猫(久しぶりセージとインドの猫)


 朝の6時に日本の母から電話が来た。

 時差は7時間なので、日本は午後の1時くらいかな?


 カイロと日本との連絡手段は、昔は普通の国際電話しかなかったらしい。

 当たり前だが。

 

 高田支社長夫人が初めてカイロに来た頃は、日本との電話は普通の国際電話しかなくて、ものすごい料金が掛かったので、おいそれとはかけられなかったとお聞きしている。

 が、今は便利な時代で、ネット環境だえあれば、TV通話もできるので便利便利。料金も長話したらうん万円から10万円とか言う、仰天エピソードにはならないので、安心して話せる。


「お母さん、久しぶり。元気?」


―元気元気。夢乃も元気?


「元気だよー」


―よかった!カイロは暑い?


「暑いよ!もう滅茶苦茶暑い。日本は?東京は?」


―こっちも暑いよ。蒸し蒸しする。それでね、浴衣を買ったのよ。


「はあ?」


―カイロ日本人会の夏祭りで着たいとか言っていたじゃない?ご近所のかえで呉服屋さん、覚えている?夢乃の成人式の着物を誂えたとこ。


「覚えているよー。結婚した時、訪問着とかもお母さんが注文しちゃって。カイロにすぐ行くから必要ないって言ったのにさ」


―あら、でも和也君の煩い親戚の家に挨拶周りで着たから、作ってよかったじゃない。


「まあね。かえでさんかあ…昔から着物はかえでさんだよね?かえでさんのおばあちゃん元気?」


―元気元気。今は息子さんのつとむさんが仕切っているんだけどね、でね、そのかえでおばあちゃんに夢乃と和也さんの浴衣とか見立て貰ったのよ。


 いきなり、ぽこぽん!と音が変わり、映像通話に変わる。


 も~~!お母さんはいつも唐突なんだからあ!と、苦笑しながら画面を見ると、そこには綺麗な藍染の男物の浴衣と、鮮やかな流れるような朝顔の浴衣が並んでいた。帯も下駄もある。小物までばっちり並んでいる。


「気合入っているね~~」


―そうよお!お土産だもん!気合入れたよ~!あとね、日本的なのもいいと思って、手ぬぐいとか団扇も色々。


 そう言いながら、母は後ろの父にどんどん渡していく。父が何かにその浴衣とかをどんどん詰め込んでいるので、恐らくこちらに送ってくれる荷物なんだろう。

 

 ん?でも、今何か、変な事言わなかった?

 

 と、思ったけど、画面に懐かしのセージがにゅっ!と顔を出したので、意識がセージに振り切れた!


「セージ!!」


―あららら、夢乃の声がするから来たのねえ。ほらセージ~夢乃お姉ちゃんだよお~。


「やだもう~お母さんたら~。セージ―、セージ、元気?あ!そうだ!」


 私は後ろで興味深そうに見ているファリーダを抱っこして、携帯電話のカメラ位置を整えて笑った。


「セージ~、あなたの妹のファリーダだよ~。ファリーダ、日本のセージお姉ちゃんだよ~」


 二匹は画面を凝視し、ふんふんと臭いを嗅いで、同時にシャー!!と般若の顔で威嚇した。私達はゲラゲラ笑い、猫達は興味を失ってどこかに行ってしまった。


「セージの健康診断とかはどお?もう歳だから色々あるでしょ?」


―そうねえ。少し腎臓の数値が…って言われたけど、問題ない範囲らしいわ。あとは元気よ。少し昼寝の時間が長くなったけどね。


「おばあちゃんだもんねえ…私が帰国するまで元気でいてほしいなあ」


―連れれいければいいんだけど、猫を連れて行くのは前準備が大変らしいじゃない。


「そうだよ。まず日本の猫は狂犬病注射していないから、そこからスタートだからねえ‥。それにセージはもうおばあちゃんだから、飛行機に乗せるの可哀そうだよ」


―そうなのよお。小林先生(獣医の)にもそう言われてねえ。だからセージはお留守番。一番夢乃が喜ぶと思ったんだけどね~。まあその代わり、夢乃の好きな銀座はちみつのバームクーヘンとか色々買ったからね!あと何か欲しい?


「え~嬉しいなあ。そうだなあ。いつも送ってくれる荷物でいいよ」


―和也君から色々聞いているのは全部買ったわよ!まだ買おうと思えば近所のスーパーに行けるから、やっぱり夢乃にリクエストを聞こうと思ってね。あんぱんとかクリームパンとか菓子パンもね。近所のベーカリーの買ったわよ!


「いや…いくら何でもそれ、腐るし」


―和菓子も3日以上もつのを買ったわよ!


「いや…3日じゃ腐るし…お母さん、そーゆーのいいから」


―あ!ファリーダのおやつも買ったよ~!ファリーダちゃーーん!待っててねえ、ばあばあ行くからねえ~~。


「…お母さん…なんかさっきから会話が変なんだけど?まるでこっちに来るような言い方をしていない?さっきから」


 あ!と、言う顔を画面の向こうの母がした。途端に後ろの父がゲラゲラ笑いだした。


―ほらみろ!和也君が明日のお楽しみにするんだと言っていたじゃないか。やっぱり言ってなかったんだよ。全く、お前はいつも早合点しすぎで…


―ええええ~~?もう明日だから、絶対言っていると思ったんだけど。聞いていないの?夢乃?


 ぎぎぎぎぎ~~と音が鳴るかと思うくらいに、首を後ろに回して、愕然とた顔で立ち尽くしている和也を見上げる。

 手にしていた朝のコーヒーがカップからこぼれそうなくらい驚愕している。


「なんのこと?和也」


―和也君!ごめんね!まだ言っていないとは思わなくて!本当にごめんなさい!


 あはははと笑う母を後ろから叱る父。そしてカイロのリビングで固まる和也。


「和也。とりあえず、説明して」


 にっこり笑う夢乃に、和也は深呼吸してリビングの椅子に座った。


「その…ごめん…だまっていて‥。

 えと…その…。

 流産の件や…この間のお茶会で色々あって…夢乃の元気がない事をお義母さんに相談したんだ…。そしたら、お母義さん達がカイロに来てくれる話になって…それで…夢乃を驚かせたいから空港に着くまではだまっていようと言う話になったんだ」


―なったのよ~。

―お前は黙っていなさい!和也君が説明しているんだから!


 私は苦笑した。そうか…先月のお茶会の一件で暫く凹んでいたから…心配してくれていたんだ。

 和也の心遣いに、両親の心配して飛んできてくれそうになった親心に…夢乃は涙腺が緩くなった。


「わー!!ごめん!夢乃!そんなに怒るとは思わなかったんだ!サプライズ好きだし、驚かそうとして」


 涙汲んだ夢乃に慌てる和也に、夢乃はおかしくなって笑い出した。


「ゆ…夢乃??」

「違う違う、これはうれし泣き。感謝泣き。ありがとう…泣き。ありがとう…和也」

 

 ぎゅううっと抱き着くと、少し照れた和也がほっとしたように言う。


「うんとさ、俺はどうしたらいいか分からなくて…お義母さんに相談したら、そういう時は美味しい物や好きな物を食べて楽しい事を沢山すればいいって言われて。でもカイロで夢乃の好きな物が思いつかなくて…。エイシサンドやマハシやナツメヤシ菓子とかモロヘイヤスープとかじゃ違うだろう?」


 あはははと夢乃は笑った。


―それで、私達は夢乃達の住んでいるカイロを見に行くついでに、夢乃の好きなお菓子を沢山持っていくことにしたの。で、だったら驚かそうとしてね。いい案だったのに、お母さんすっかり忘れていたわ。ごめんねえ、和也君。


 和也は苦笑した。


「いや、お義母さんがいきなり話し出した時には呆然としましたが…まあ…これでこそこそ準備をしなくてもよくなりましたので助かります。

 これから夢乃と二人で、お二人のお泊りに部屋を準備しますよ」


―ありがとう。和也君

―すまないね和也君。


「お母さんもお父さんもありがとう…。往復のエアーチケット代もバカになんないでしょう?大丈夫なの?」


―まあ!この子は親を冷やかしてえ。ちゃんと貯金もしていますし、お父さんも有休を取ったので大丈夫。心配しなさんな。


「何日これるの?」


―えーと、

―パリ1泊を引いて、12日はいられる。


「凄い!じゃああちこち行けるわね!」


―ふふふ。和也君も休みを取ってくれてるらしいわよ。あちこち案内、よろしくね、夢乃。楽しみにしているわ。


「まかせて!で?出発はいつなの?」


―今夜の便で行くから明日の朝よ。


「え?」

 和也が突然、ぴしっと石のように固まった。

「和也?」


 そして慌てて携帯電話の画面にかぶりつくように顔を近づけて叫んだ。


「僕が手配したフライトは明日の便で、ロンドンに1泊してこられるから今週末のはずですよね!!!」


―あれ?言っていなかったかしら?

 お母さんの後ろでお父さんが顔に手を当てて嘆息しているのが見える。そして横の和也は真っ青だ。


「え?どういうこと?」


「僕が手配したんだよチケット!僕達みたいにヨーロッパ経由で来たいというリクエストだったので、日本語が通じるJALでロンドン経由で!明日の便のはずだったんだけど!!」

「え!?それがなんで今夜の便なの!?」


―それが、近所の小川さんがカイロにはエジプトエアーという直行便があると教えてもらったの。日本語通じるかどうか、心配だったけど、成田から乗ったら次はカイロ降りればいいから、言葉通じなくても問題ないかーと思ってね。

 お父さんも多少英語喋れるし。

 早く夢乃に会いたいし。

 ロンドンは帰りに寄れば、お土産もそこでも買えるからいいかなーと思ってね。


 駅前の旅行会社で変えてもらったの。


「お義母さんんんん!!!そういう事は早く言って下さらないと!!!」


―あははは、ごめんごめん。言ったつもりでいたみたい。本当にごめんなさいね。


―はあ…和也君すまないね。そちらの準備がまだなら私達はどこかホテルにでも宿泊をするので、手配をお願いできないだろうか?


「いえ!!宿泊は全然大丈夫です!部屋はあと2部屋ありますし!ヤシラに頼めば速攻で準備はできます!スケジュールも少し変更すれば大丈夫です…。ただ、カイロ空港でスムーズに出られるように、中に入れるエージェントを頼んでいたので変更をお願いしないと!」


 夢乃の両親はきょとんとした顔をした。


―エージェント?そんなのいらないわよ?

―和也君、気を遣わんでくれんでいいよ。私も何回か海外出張はしているので、問題はないよ。


「違う違う。海外の国では結構、税関辺りでトラブルが起こりやすいのよ。いろんな人がいるからね~。何かに引っ掛かってでてこられれないとか、あるあるなので、その対策に結構みんな中にエージェントを入れて(多分バクシーシで)スムーズに出られるようにしてるのよ」


―ああ……東南アジアとかでもよくあるあれか…。


「そうそう。同じ感じ。特に外人や人のよさそうな人とかやられやすいから。でもエジプト人はお年寄りや親と滅茶苦茶大事にするから、お父さんお母さんなら大丈夫な気がするけど…。何が起こるかわかんないから、一応そのエージェントの手配はさせて」

「お父さん、あとでまた連絡をしますので。今夜のエジプトエアーですね。それまでに連絡します」


 両親は和也に礼をいい、色々準備話を予定を話し合い、最後に寝ていたらしいセージを連れてきて、無理やり前足でバイバイをさせて電話は切れた。


 いきなりの事でびっくりしたけど、凄く嬉しい!

 和也にありがとうキスをして、夢乃は元気に両親を迎える準備にかかった。両親が到着るのは明日朝4時頃のなるはず。


 わくわくしながらファリーダを抱っこして、急いで朝ごはんを食べると、二人は準備に取り掛かった。


 それが騒動の始まりとは夢にも思わないで。



追記:

 昔は日本からカイロへの南回りダイレクト便が結構あったそうです。今はどうなんだろうか?

 そしてエジプトエアーで来るということで、大体オチが分かったあなたはエジプト通ですね・笑


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