第76話 (デンマーク)安ホテルの猫(白黒長毛プリヤンカ))


 ミュンヘンで村松さんと木村さんと(すっかり仲良くなった)と別れ、一路コペンハーゲンへ向かう。

 本当は次の予定地はコペンハーゲンではなかったのだけど、和也に緊急の仕事が入り急遽向かう事になった。


 何度も言うが夏期休暇利用して来ている筈なのに、何故か仕事ばかりしているのは何故?と、なんだかイライラしてくる夢乃だった。


 そういう時に限り悪いことは重なるものだ。


 緊急なのでミュンヘン支社の旅行会社エージェントに頼んで、コペンハーゲンでのホテル等を予約してもらったのだが、コペンハーゲン空港のタクシー運転手にホテル名と住所を示したら、運転手は露骨に嫌な顔と怪訝な顔をした。


「本気でここに行くのかい?」


 夢乃と和也は顔を見合わせた。

 現地のタクシー運転手が行き先を見て難色を示す場合は、大概治安の悪い地域だ。


「急遽宿泊先をミュンヘンのエージェントにお願いしたんだが…問題あるのかい?」

 

「ホテルは3つ星だから問題はないだろうが…その…この地域がが国人のコミュニティーが多くあってね。あまりいい地域じゃないんだ」


 あー、外国人のコミュニティー地域は万国共通治安が悪いあるあるだね。


「ナビで確認すると、建物は大通りに近いけど…あまりいい地区じゃない。危険だ。だからそのホテル前にはいけない。行ってもいいが、近くの大通りまででいいかい?」


 うーおー!現地タクシー運転手に行先拒否される地区なんてアブナイ極まりないじゃないか!!


「和也、他のホテルに変えようよ。危ないよ!」


「うーん…でも折角ミュンヘン支社が予約してくれたんだし…。とりあえずホテルに行ってください」


「はあ!?何言っているの?何かあってからじゃ遅いんだよ?」


 こういう会社絡みの時の和也は忖度しまくり全然だめだ。

 

 なので速攻でSNSで松村さんに現状を説明し、ネットで検索した予約して貰ったホテルのサイトも載せた。


 すぐに電話が掛かってきた。


-調べました。確かに治安のいい地区ではないですね。ホテルはいいらしいので…とりあえずそこに向かってください。エージェントに聞いて他を探してもらます。万全安全を期してくださいね。

 

 やっぱりあまりいい地域ではないらしい。そして仕事の早い松村さん!ありがとうございます!


 和也は仕事中の松村さんの手を煩わせる等!というのと、自分を差し置いて連絡したことに対してお冠だ。なんでそこで家族の安全とかより会社への体裁を取るのかなあ??


 タクシーの中で、和也の態度に積もり積もった夢乃の怒りが振り切れた。


 てなことで、現地タクシー運転手が入るのを拒否する路地を、怒り大全開の憤怒の顔で、スーツケースを引っ張って歩く夢乃に、


「お姉ちゃん、手伝おうかー」と 寄ってくる男達を、

「ああ!?」

 と、一睨みで退散させる夢乃。


 所謂怒らせてはいけないタイプの人間である。しかも一度キレるととことんキレて、ガラが悪くなので、後ろの和也はビビりまくりだ。


 ホテルは心配していた割には、3つ星に納得する清潔で静かなこじんまりとしたホテルだった。

 ただ、中に入った途端に、明らかに特定の人種に偏っていて、そこに日本人がいきなり入り込んだ違和感に、双方が警戒するような空気が流れた。

 

 流石に和也も警戒モードになり、夢乃を傍に寄せて荷物もがっちり寄せた。

 

 フロントマンもいきなり入ってきた日本人に当惑しながらも、愛想よく対応してくれたし、よくよく聞いたら、やはりここのコミュニティーの同郷の人達メインの安全安心格安提供ホテルなんだそうだ。


「でも日本人なら宿泊OKだよ」


 フロントマンがロビーにたむろっている人達に何か言うと、なーんだと言うようにみんな散る。

  

 チェックインを済ませ部屋に行くと、意外や綺麗で清潔感ある広い部屋だった。バスタブもちゃんとある。タオル等アメニティも充実しているし、ちゃんとしたホテルだった。


 でもドアには鍵が合計4個もついているのが、周囲の治安の悪さを物語っている気がした。


 どんどんとドアが叩かれ、一瞬緊張の和也がドアスコープから外を覗くと、フロントマンの男性がいろんなお茶やコーヒーを持って立っていた。

 実はお茶とかそういうのはフロントにおいてあり、そこから持って行くんだそうだ。私達が持って行かないので(気づく余裕がなかったもんでね)、わざわざ持ってきてくれたのだ!しかも、お茶うけにどーぞと、お菓子も一緒に!

 

 部屋の綺麗さとお茶とお菓子にフロントマンの愛想のよさに気をすっかり良くしていると、松村さんから電話が掛かってきた。


-エージェントに聞きました。エージェントはそこではなく、本当は来ぺ円ハーゲンでも5つ星の似たような名前の別Hotelに予約をしたつもりだったらしいです。値段も安いし、このハイシーズンに空き部屋があるのが不思議だったけど、よく確認しなかったらしいです。


 

 ああああ~~あるあるだよね。

 和也と夢乃は苦笑した。自分達もたまに同じ失敗をして、「え!?」と、驚くことがある。


-で、エージェントが探せるホテルはどこもいっぱいで、離れるけど別の市ならあるらしいんですけど、どーします?


「ホテル自体はいいホテルそうなので、このままでもいいですよ」


-手助けにならなくてごめんなさいね。コペンハーゲン支社な提携ホテルで空きがあるかもしれないので、聞いておきますね。

 和也さんはこれから支社行きますよね?


「はい。そこで聞いてみます。ありがとうございます」


 そして和也は、今日は外に出ないで部屋にいるように、絶対カギを開けないようにと言い含めて支社に向かった。

 

 子供じゃないんだからそんなのわかるよ!もう!

 なんだかカリカリしながら、夢乃は窓から外を見たが、そこは隣のビルの薄汚れた壁で、がっかりした。

 

 色々ついていないなあと、どっぷり落ち込んでいると、ドアの方からカリカリカリカリと言う音がする。


 あー、ファリーダが開けてと言っているんだなと、ぼへーと考えたまま反射的にドアを開けてしまった。

 

 開けた瞬間、あ!いけない!と、思ったが遅かった。

 そして固まってしまった。

 

 何故なら、廊下に小さな女の子と白黒の長毛猫がいたからだ。


 え?

 女の子は分かるが、何故猫???


 「こんにちは。あなた、日本人なんでしょう?」


 流暢な英語で女子はニコニコ話す。


「私はアイシャ。この子はプリヤンカ。ホテルの猫なんだよ」


「え~あ~そうなんだ。私はユメノ。えーと?アイシャはホテルの子?」

「違う。あの部屋の子」


 指さす先の部屋のドアから、お父さんらしき人がにこにこしながらこちらを見ている。


 えーと???何?この状況??


「あのね、日本人と話してみたかったの。お姉さん、日本人でしょ?さっきフロントで言っていたよね?おしゃべりしていい?」

 

 そして、はい!と何か差し出す。お菓子だ。おそらく彼女の故郷のお菓子なんだろう。読めない文字で何か書いてあるけど、果物系のヌガーみたいなお菓子の様な気がする。エジプトにも似たようなお菓子があるんだよね。


 夢乃は急に先ほどまでの怒りや厭世観がウソのように消え、なんだかエジプトにいるような感覚になってきてしまった。

 なので、うっかりその少女と猫を部屋に招き入れてしまった!!!


 ああああ~~!私のバカバカ!!!

 

 アイシャは部屋にはいると、プリヤンカと一緒に、ベットの上に座った。プリヤンカは当たり前のように丸くなって目を閉じる。


 可愛い!!


 カバンからミュンヘンの日本食スーパーで購入した、日本のお菓子を幾つか出す。宗教的に問題ないかなあ?と思いながら、ベットの上に並べると、少し迷ってアイシャは鈴カステラを取った。


 袋を開けてあげると、1個取り出し、繁々見てから口に放り込むと、むにむに口を動かし瞳を輝かせた。可愛い!!

 アイシャと少し話し、果汁グミもあげてバイバイした。


 プリヤンカはそのまま部屋に残り、ベットですーすー寝息を立てて寝ている。


 可愛いなあと、なでなでするとしっぽをぱたんぱたんする。


 やはり猫はいいな。撫でるだけで怒りが浄化されていく感じ。このホテル、当たりかもね。地域はよくないけど、この中なら大丈夫かも。

 そう思っていると、和也から電話がかかってきた。


―夢乃?これから迎えに行くから、荷物纏めておいて。 


「?なんで?松村さんから連絡来たの?」


―違う。コペンハーゲン支社の人に宿泊先を教えたら、直ぐに移動しろって言われたんだ。


「なんで?猫もいるからいいホテルかもよ」


―ホテルじゃなくて…そのホテルのそばで先週、銃撃戦を伴う争いがあったらしいんだ。本当に治安悪いらしいから、急いで移動した方がいい!


 えええ~~??

 なんか色々言いたいことあるけど、ひとまず呑み込んで、荷物を纏めた。プリヤンカと待っていると、和也が戻ってきてほっとした顔をした。


「あ~~よかった!何もない?」

「猫がいる。プリヤンカ。ホテルの猫」

「あ~猫ってその猫か。可愛いね」


 和也がわしわしと猫の頭を撫でると、ぱたんぱたんと尻尾を振る。


「うん。あとアイシャと言う女の子が遊びに来た」

「アイシャ?アラビアっぽい名前だね」

「可愛かったよ?で?どこに移動するの?」

「コペンハーゲン支社が契約しているホテルに空きがあったのでそこに移動する。急いで」


 と、いう事でプリヤンカと共に部屋を出て階下に行くと、フロントではコペンハーゲン支社の方がフロントでチェックアウトの手続きをしてくれていた。


 抱いていたプリヤンカをフロントの人に渡すと、残念そうにさよならと言ってくれた。プリヤンカもニャーと鳴いて見送ってくれた。


 次のホテルはフツーの綺麗な普通のホテルで、フロントマンが愛想無くて慇懃無礼なのも普通で、猫も当然いなくて普通でがっかりした。


 場所さえよければあのホテル、居心地よかったのになあ。


 そしてタクシーの中で言っている事が、今では違うなあと、苦笑した。


追記:

手違いで所謂出稼ぎ労働者専用?ホテルに宿泊しそうになった時の事です。

ホテル自体はいいんですが…マジで地区が悪かったみたいです。

プリヤンカはホテル猫で、あちこちの部屋を自由に徘徊していて可愛かったです。

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