第70話 猫同士が行き来するアパートメンと急展開

 

 ある日、前日までは元気だったのに、その朝は滅茶苦茶体調が悪くておきれなかった。

 こういう時は無理しないで寝るか休息を取るのが一番。


 和也は心配そうにしながら出社し、ヤシラも仕事の合間に時々寝室を覗いて様子を見に来てくれる。

 

 メイドが毎日のように家に来ると言うのは、最初の頃は慣れなかった。家に知らない他人が来ると言う状況に抵抗があった。

 でも、今はヤシラの存在が本当にありがたい。こういう時は信頼できる誰かがそばにいるだけで心強い。


 ファリーダは珍しく大人しく寝ている夢乃のそばにぴたりとくっついて、一緒に寝てくれている。ファリーダをお腹のあたりに包み込むようにして寝ていると、なんだか安心する。

 安心すると、ファリーダにもわかるのか?ゴロゴロ喉を鳴らしてくれて、その振動がまた心地よくて、すーっと眠りにつける。


 でも体調はなかなかよくならなかった。

 食欲もあまりない。

 水分だけはカイロでは取らないと命に関わると、もう魂に刻み込んでいるので必然的に飲むようにしている。


 ヤシラが心配して、オムアリ(エジプト風ミルク粥 昔のファラオが大好物で乳母がよく作ってくれたとかいう逸話あり)とか、ミネラルウオーターにレモンとライムの果汁にはちみつをいれて、しゃかしゃか混ぜたドリンクとか、豆のスープとか、丸の鳥を使ったチキンスープとか色々作ってくれる。

 

 その気持ちは嬉しいが、やはりこういう時は日本風のさっぱりとした、そうめんとか温麺とかうどんとかおかゆの方が体が受け付けるよね。なので、和也もわかっているので、味噌汁とか色々作ってくれた。

 

 そのおかげで1週間程で起きられるようになり、起きれば動けるので、久しぶりに猫好きのお茶会に出かけた。


 同じフラットビルの別階に住んでいる、某メディアの山縣さんのお宅で開催なので、外を歩かないで済むし、体調悪くなっても直ぐに戻れるし、ヤシラも自宅にいるのでリハビリに丁度いい。

 

 山懸さん宅にはシャムネコのモナちゃんがいるので、ウキウキ。

 モナちゃんはスラリとした手足の長い子で、砂漠色の美しいシールポイント、ナイル河のように青い目をしている。カイロ生まれのカイロ育ち。

 人懐こくてかわいい子だ。


 モナちゃんは山縣旦那さんが取材先の街で、子猫なのに、灼熱の道路の上を、ミーミー鳴きながらふらふらしていたのを拾い上げたんだそうだ。母猫とはぐれたのか?育たないと見放されたのかは不明。


 思わず山縣さんが拾い上げ、なんとなく取材ベストの中に入れ込んで、お水を飲ませたら大人しくなったので、そのまま取材して、そのまま帰宅したらしい。

 奥様は、「あらまあ」と、苦笑して、そのまま洗って、娘さん達と共に名前を決めて、そのまま「異種末娘、妹」になったらしい。


 山縣さん曰く、猫をベストに入れていたら、急に取材が上手くいき、やはりエジプトでは猫は神様なんだなあと仰っていた。


 ところで、山縣さんのフロアは1フロアに2アパートメント構造。ここはそういう構造が多い。ドアは互いに体面に向いている感じ。

 で、モナちゃんは時々開け放していたドアを出て、前のお宅のドアが開いていると中に入り込んで、そのお宅の猫とリビングや主寝室で寝ていたりするんだそうだ。


 可愛い!!

 

 実はお向かいのお宅は同じ日本人ご夫婦の飯島さん。最近、カイロに赴任されてきた。同じくシャムネコのライムちゃんを飼われているせいか?モナちゃんは、飯島さんが越してきてから、よくお邪魔するようになったらしい。


 飯島さんは、最初、ベットの上に同じ猫が2匹並んでいるのを見た時、エジプトパワーで猫が分裂したのかと仰天したんだそうだ。

 面白い奥さんだよね。


 で、山縣さんが何故、海外駐在なのに、日本みたく無防備にドアをバーンと開け放していたかというと、ずっとお向かいは空き部屋で出入りがなかったため危機感なかったんだそうだ。

 1フロアに2アパートメントだから、ほぼ独占状態だったのでね。

 

 で、日本から来たばかりの飯島さんは当然ドア解放は危険と聞いてはいるけど、まだ実感危機感ないし。同じ日本人同士なので気が緩んでるし。先輩カイロ生活者の山縣さん宅がドアバーン!しているのなら、安全なのだろうと、お互いドアバーン!と開け放し状態になった。


 結果、互いの猫が(しかも偶然にも同じ猫種!)行き来するようになったらしい。

 

 羨ましい。

 でも、そういえばうちにも、ふらふらと別階の猫達がやってくるよなあと思い出す夢乃。このフラットビルの猫は自由に徘徊しまくっているけど、どういうこと?? 幾ら猫は神様で大事にされるとはいえ、自由過ぎない?このビルの猫達?

 

 でもさ、猫が自由に徘徊できるなんて、安全で平和で住み心地のいいビルという事だよね。

 いいねえ!!色々な意味でアタリのビルでよかった!


 と、るんるんで山縣家に向かう。


 そして、相変わらず、双方のドアがドアストッパーで止められて、バーン!と開いていて、飯島さん宅からモナちゃんとライムちゃんが並んで顔を出していた。


 可愛い!!


 今日は、子供達も多くなったので、山縣さん宅で子供達を遊ばせてメイドとベビーシッターに見てもらい、飯島さん宅でマダム達がお茶会することになったんだそうだ。

 

 実は!

 今日は!

 ファリーダも参加することになっている!

 モナちゃん、ライムちゃんと初顔合わせである!

  これで仲良くなって、3匹がビルの中を自由に行きかってくれたら、天国じゃない!?と、うきうきする夢乃であった。

 

 ファリーダはゲージの中からまんまる目でモナちゃんとライムちゃんをガン見して、シャー!と鳴いた。2匹はきょとんとして、ふんふんとファリーダの臭いを嗅いでいる。


 全員女の子だ。

 できれば仲良くしてほしいなあと思うので、リビングの隅に置いてドア開けて暫く様子を見ることにした。

 

 お茶会は最近の飼い猫の話し、カイロの猫情報が中心で、あとは一般的なカイロ情報と日本人社会情報。


 夢乃には子供はいないので、子供がいるお宅に纏わるお話しも聞けて楽しい。また他社では情報源が異なるので、大変重要な情報交換の場でもあるのだ。


 まあ…場合によってはマウンティングやいじめの場にもなるけどね。

 夢乃は駐在初期の頃に散々な目にあったので、極力お茶会や集まりは避けている!ので、ここは居心地のいい集まりの場だった。 


 高田支社長夫人が、夢乃の体調に話を振ってきた。

 田中夫人が帰国し、社用の負担が増えたので疲れが出たのではないかと心配してくださる。感謝感激だ。


「ありがとうございます。少し長く寝込みましたが大丈夫です」

「食欲はあるの?」

「それがあまり…。脂っこい物や、前は好きだったエジプト料理がダメになったりして。そうめんとかうどんとか、メイドのオムアリは何とか食べれます」

「まあ!だから、いつもお菓子やケーキを美味しそうに食べているのに、手を付けないのね?」

「ハイ。特にバタークリーム系が…少し…」

「大好きだったのに?」

「そうなんですよー」


 不意に一同が目くばせする。


「果物は?」

「果物は大体OKですけど…メロン系が鼻について」

「お魚、お肉は?」

「お肉にお魚系は全般、今は無理ですねー。もう少し体調が戻れば、また食べれるかなあ?と言う気がします」


 高田夫人はにっこり笑って言う。


「夢乃さん?使は順調に来ているかしら?」

「あー、それがこちらに来てから不順で。時々止まるんですよねー。えーと、1,2、3・・・・」


 指折り数え、夢乃自身もはっ!とした。一同が目を輝かせ、身を乗り出し見てくる。


「え?」

 まさかと思う夢乃。


「ええ!!」

 目を輝かせる一同。


「えええええええ?」


 てなことで、速攻で飯島夫人が、日本から持参した妊娠判スティックを持ってきくれた。

 流石によそ様のお宅で確認するのは恥ずかしい。

 ので、ファリーダを残して自宅に戻り検査した。




「と、いう事で、

 3日後に山縣さんがご紹介してくださった個人クリニックの産婦人科病院に行くことになりました。夫婦同伴が基本なので、和也もお休みとってね」


―え?


 と、電話の向こうで和也が間抜けな声を出した。


 そう。検査結果は陽性だったのだ。

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