第60話  困った君駐在員と猫 (スカッシュと子猫)

  では「困った駐在員」の話をしよう!(笑)


 はっしーは、田中氏の後任です。


 はっしーはどうも華々しい印象のある出世コースと言われている欧米駐在を希望していたらしく、カイロ駐在を不服として子供じみた八つ当たりを、カイロ駐在組、特に先任の田中夫妻にしていました。


 高田支社長夫人曰く、たまーーにこういう勘違いした「困った駐在員」なる方が出るらしい。

 

 帰国準備に本当に大変な時期の田中夫妻に、喧嘩腰の上から目線で失礼で頓珍漢な質問を繰り出すはっしー夫妻。

 でも田中夫妻は、前任のご夫妻が自分達にしてくれたように、駐在前の不安症候群の一つであろうと配慮されて、できるだけ回答してあげていたのですが…。


 感謝のカの字もなく、もうスパムメールに入るほどの言動に、再三忠告していた支社長もキレ…呆れ果て、当時のはっしー直属上司と人事課経由で注意喚起というか最後通告をしたらしい。

 

 要は、本人がそんなにカイロ駐在に不満なら、赴任を一度考え直したらどうか?と。

 カイロ支社としても、露骨にカイロ駐在に不満を露わにしている者が来ても不愉快だし、仕事に支障をきたすのが目に見えているので迷惑。

 ただ、現部署での後任も異動の方向で動いているので変更中止などはできない。なので、その部署にはいられない。不服かもしれないが、カイロ駐在が不服ならば、今現在で異動できる部署に異動してもらうしかない。


 そんな感じの前代未聞の注意喚起?最後通告?だったらしい!

 

 わーお!そんなことになっていたとは!


 和也曰く、毎年多少は赴任先に不服をもって着任する人はでるらしいが、ここまで言われるほどの事を着任前にしでかした人は聞いたことがないらしい。

 

 かなりきつい言い方なので、もしかしたら会社辞めるかもしれないなあと話していたら、なんと!


「カイロ駐在に不服はない。先任の皆様には失礼な言動をとり反省している」

 と、一転謝罪してきたそうなので、ならば通常通りにこの人事のままでという事になったらしい。


 確かにその後ははっしーからのスパムメールは無くなったが、奥様の方は相変わらずで、それははっしー経由で非常識質問はやめるように注意したらしい。

 

 が、その後、奥様のご懐妊が判明し、はっしー単身で着任することになったし、奥様からの嫌がらせに近い質問は無くなった。

 単身なのでアパートメント探しは白紙に戻り、暫くホテル滞在となった。


 色々あったが、これでいつも通りの交代だなと思っていたが…。


 はっしー着任日。

 カイロ国際空港に出迎えに行った田中氏はじめとするスタッフに対して、ゲートから出てきたはっしーは、不機嫌マックスの挨拶もそこそこの露骨な疲れた態度。しかもこの国のクソ暑さはなんなんですか!?のいきなり逆切れ発言で、全員ドン引き。

 

 はっしーの友好ポイント、いきなり大幅ダウン。

 

 空港から支店に移動。支社案内とみんなに挨拶も同じ不愉快態度で、全員ドン引き。


 さらに友好ポイント下落。

 

 最悪だったのが、各関係機関や各社への挨拶!

 各社、関係機関の事を謎の自己流ランク分けで、ランク下と思う企業や関係先には不遜な態度をとる阿呆ぶり!


 この時点で友好ポイント消失。マイナスへ転じ、危険赤点滅表示になる。


 田中ご一家とはっしーの歓送迎会を定例通りの高田支社長宅で開催することを告げたら、ホームパーティーで歓送迎会?と拒否されたので、急遽彼が宿泊するホテルのレストラン予約したのに。


 定時に来ない。

 電話しても出ない。

 部屋に田中氏と梨田氏が迎えに行ったら寝ていたそうだ‥‥。

 

 もうその時点で絶句…。

 

 しかも、1時間も遅れて来たはっしーは謝罪はほぼなしで、不満態度満々で、乾杯直後にカイロ駐在の不満とカイロの不満を酒の勢いで罵詈雑言暴言を吐きまくった。


 いや~~~私もさ、会社勤務経験あるので、いろーーんな人がいるのは理解している。仕事に不満持っている人も、相性が悪い人も、常識や価値観が乖離している人もいるのは理解している。


 でもさ…

 

 いい歳したオトナがさ、会社の家族の人達、ましてや子供達がいる前でする言動じゃないよね?

 あり得ないよね?馬鹿じゃない?こいつ。

 

 自分だけのじゃないんだよ?なんだよ?8年もカイロで頑張った田中ご一家の壮行会でもあるんだよ?

 空気読めよ!!空気!!!

 

 遅刻してきてごめんなさいも言えないで、何滅茶苦茶にしてくれてんだよ!千香子ちゃんと由香子ちゃん涙目じゃないかよ!!

 

 夢乃は和也に「(ステラの瓶で)殴っていい?」と、チラ見アイコンタクトした。

 和也は、「殴るな。それは支社長と副支社長がする」と、アイコンタクトで自制を促してくる。

 全員が眉間に怒りマーク張り付けて氷点下オーラ吹き出しながら静まり返っている中で、はっしーの暴言は止まる気配がない。


 その時点でほぼ食事は終わり(何せ1時間遅刻してきたので、先に食事をしていた)だったので、副支社長が立ち上がり強制終了してお開きとなった。


 はっしーは梨田氏と和也が引きずるようにして部屋に戻し、全員が高田支社長宅に向かった。

 彼の友好ポイントどころか評価は、地球の裏側突き抜けて銀河の果てまで消え去ってしまったよ。

 

 実は高田支社長夫妻と副支社長が長年のカンで、こうなる事態を予測し、高田支社長宅に仕切り直し用に、料理に酒等等を準備しておいてくれたんだそうだ!!

 

 凄すぎます!支社長!副支社長!!


 そして、和也や梨田氏が機転を利かせて、田中夫妻と仲の良かった他社の方達も呼んで仕切り直しで盛大に壮行会をした!支社長は「秘蔵の高級酒も飲んでもいいぞ!」の大盤振る舞い二次会!


 ごちになります~~!!素敵~~!支社長!

 (遠慮なく和也達が全部酒瓶空けてしまった・笑)

 

 ゲストルームも準備されていて、子供達は少し楽しんだあと、お風呂に入って着替えて(ちゃんと新品パジャマまで用意されていた!)ゲストルームで先にお休み。

 なので田中マダムも朝までのどんちゃん騒ぎに心ゆくまで参加することができた!


 そして2日後。

 お見送りのカイロ空港に…何故だか後任のはっしーが現れず(仕事が入り来れない場合を除いて99%は後任は先任を見送るのが当たり前!)、この前代未聞の展開に、日本人社会に超非常識が来たらしいと、あっという間に広がってしまった。

 恥ずかしい!!!

 そして、日本人社会を舐めんなよ、はっしー!!!


 はっしーが自分の言動でまずいことになっていると気づいたのは、田中氏というフォローがいなくなって1週間くらいだったらしい。


 日本人会の会合でも、他社への訪問しても、支社の中でも、どんどんみんなの態度が疎遠になってくる。副支社長と支社長からのお叱りも多くなってくる。

 

 単身できたはっしーは自業自得とは言え、いろんな意味で追い詰められていっていたらしい。着任1ヵ月ほどで(まあ大体このころ、どんな人でもダウンするんだけどね)はっしーはダウンし寝込んだ。


 支社に連絡もなしに休んで、部屋に行っても応答なしだったので、ホテルに頼んでマスターキーで開けて中に入って確認したらしい。

 はっしーは散らかり放題の部屋の中で(数日に1回は掃除が入るのにだ)うんうん寝込んでいたらしい。医者を呼んでもらい診察してもらったら、軽い風邪。熱もそんなに高くないので、栄養あるもの食べて薬飲んで寝れば数日後には元気になるよと言われたらしい。


 余りの憔悴ぶりに、和也がうちにはっしーを連れて来た事があった。私は嫌だったけど、一番歳が近いということで、和也が悩みを聞くことになったらしい。

 私は寝室に行き、二人だけにリビングにいさせてあげた。

 その間、ファリーダがずっとはっしーの膝の上に乗り、尻尾ぱたんぱたんとしていたらしい。はっしーはファリーダをなでなでしたり、抱いたりして、なんかおいおい泣いたらしいよ。

 メンタル弱いなーと和也がぼやいていた。

 

 それから暫くして、はっしーの奥様のご懐妊が嘘だとわかり、なんだかんだと大喧嘩の末に離婚となったと聞いたのは、はっしーが来て数か月経った頃だった。


 その頃のはっしーは見る影もなく痩せてしまい、流石にマダム達は心配して、交代で旦那のお弁当ついでのお弁当を作ってあげたり、和也達も夕飯を付き合ったりしてあげたり、時々自宅に招いて夕飯をゴチしてあげたりしていた。


 はっしーが復活したのは、ゲジラスポーツクラブに大学時代からしているというスカッシュをしに行ったときに、1匹の猫を拾ってから。

 まあカイロ中のどこでも猫はいるが、その猫は白黒斑のブチ猫ちゃんで、大層太っていてどこか太々しい態度だったらしい。

 

 どこからかスカッシュの部屋に入り込んで、はっしーのタオルの上にどっかりのっかり梃子でもどかなかったらしい。

 マジでどかないので、そのままタオルに包んで放置したら、片づけに来たスタッフが、飼い猫はちゃんと連れて帰れ!と、押し付けて来たらしい。


 おいおい、ランサマ(おじさん)!笑


 反論する気力もなく、はっしーはそのまま猫をアパートに連れ帰った。猫は太々しくそこに居座り、翌日の朝起きたら、ゲストルームの新品寝具の上で、子猫を4匹生んでいたらしい…。


 妊娠していて太っていたんだね…。

 

 パニックになった彼は、早朝に私や高田支社長夫人にヘルプをしてきて驚いた。

 私達が猫を動物病院に連れて行き、検査してもらい、無事病気もないのではっしー宅に戻し、色々と買い物して、母猫と子猫の世話のマニュアルを作り渡した。

 メイドもいるし、何とかなるだろうと思っていたが、心配なので交代で時々様子を見に行ってあげた。

 意外やはっしーはマメに猫達の世話をしてあげたので驚いた。すぐに押し付けてくると覚悟していたんだけどね。


 猫の存在がよかったんだろう。

 はっしーはだんだん元気になり、子猫達の里親(日本人宅とエジプト人宅)が決まるころには、私達マダムとも随分と打ち解けいろんな話をするようになっていた。

 

 仕事もそれに比例して人間関係もよくなったらしい。

 まだまだ尊大な所はあり失敗もあるけど、段々とはっしーはエジプトになじんできた。


 やはりエジプトでは猫は神様なんだなあとしみじみ思う。


 因みにこの図々しいラッキーママ猫の名前はスカッシュ。スカッシュしに行ってそこにいたのでスカッシュ。スカッシュの鳴き声はだみ声なんだけど、愛嬌のあるラッキー・オッタなのであった。


追記:

実は、旦那達はスカッシュを押しつけられた話しを懐疑的に見てました。酔っ払って道端で拾ったんじゃないかと言ってました。

まーそれだけ色々しでかして信用されてなかったのでしょう。でもほんと!スカッシュが来てから人が変わったようでした。もしかしたら変わるきっかけを彼も探していて、猫の神様がスカッシュを授けてくれたのかも。

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