第59話 田中家の帰国とさよならタマちゃん

 田中家の帰任と同時に橋本氏の赴任が決定し、色々ドタバタしたけど結局、橋本氏は単身で無事カイロに着任された。

(橋本氏が着任された頃のドタバタは長くなるのでまた次回。笑)


 橋本氏が着任されたことにより、田中家の日本帰国も間近に迫ってきた。

 なので、最後のお茶会を高田支社長夫人宅ですることになった。田中夫人の壮行会でもある。

 高田宅にお伺いすると、ゴージャスなベルダンディが尻尾ふさふさして出迎えてくれた。

 

 ところで、田中家は2人の娘さんと夫婦と猫1匹の4人1匹家族。

 猫はご存知カイロ生まれカイロ育ちの保護猫で雑種のタマちゃん。

 駐在歴は約8年。

 着任時は小さな長女の千香子ちゃんを連れての3人家族でやってきたそうだ。


 当時は、うちの支社は高田支社長夫妻以外は全員単身で、同年代の奥様が近くにいなくて色々と大変だったらしい。

 次女の由香子ちゃんをカイロで授かり、日本で出産し、1歳過ぎてからまたカイロに戻ってきたそうだ。

 なので二人のお嬢さんは、殆どカイロ生活しか記憶にないらしい。

 

 特に千香子ちゃんはもう小学生なので、日本は1年に1回行くかどうかの遠い異国と感じているそうで、帰国にとても不安を感じているらしい。帰国の話が出たあたりからちょい荒れたらしい。

 それが丁度、私達が赴任してきた頃で、田中家は荒れる千香子ちゃんを持て余し、かなり微妙だったらしい。

 

 知らなかった。

 そう言えば…あの頃、千香子ちゃん達と接した記憶があまりない。


 丁度、高田支社長夫人がヨーロッパ旅行に行かれていて、ベルダンディーを預けられていて迷惑だと言いふらしていた頃でもある。

 

 田中マダムは懐かしそうに言う。

 あの時は猫を預かれだなんてと立腹していたが、よそ様の猫を預かることで一種の緊張が生まれ、意識がそちらに行き、千香子ちゃんの不安も結構中和されたと。だから今では感謝していると、高田支社長夫人に頭を下げた。

 

 高田夫人はそういう事もあったわねえと、鷹揚に微笑んだだけだった。


 田中一家は東京の高級住宅街に住んでいて、周囲には華麗な海外生活をしていた方達が多く、よくその経験談を聞いていたそうだ。

 国や会社や集う人で環境も生活も変わるけど、華麗な海外生活の自慢話と相まって、酷い日本人社会のトラブルの話を聞かされ、初めての海外駐在でかなり緊張して来たと苦笑する。


「酷く頑なだったと思うわ。橋本さんではないけど、私もなんで中東なの?!と、嘆いたものよ。高田支社長夫人にも失礼なことを沢山したと反省しております」

 

 そう頭を優雅に下げる田中マダムに、高田支社長夫人はほほほと笑う。

 

「何を仰るの。あなたはとても頑張りました。慣れない海外生活、しかも中東生活。初めての子育てに妊娠出産。本当に大変でしたでしょう?メイドやベビーシッターがいるとは言え、それで楽になる物なのでは有りませんもの。それに後進の奥様達の面倒も見て下り、本当に助かりました。歴代の奥様達の中で貴方が1番、立派なカイロマダムでした。

 帰国してからも色んなことがかあるとは思いますけど、貴女なら大丈夫。でも辛くなったら、こちらへ遊びにいらっしゃいな。私はまだまだいそうですし、花岡さんもまだまだでしようしね?」

 みんなでおかしそうに笑い合い、田中マダムはレースのハンカチで涙を拭ながら真っ赤な目で皆にお礼を言った。私達も素敵なお姉様にエールを送った。


マダム達の壮行会はしんみりと済んだのだが、、社での歓送迎会は橋本(もう呼び捨てで十分!)のせいで仕切り直しとなり、最終的には他社の田中家知人も呼んで、高田支社長宅で朝までどんちゃんするという大騒ぎになったが、その話はまた次で、笑。


 と、言う事があった2日後に、田中ご一家はカイロ国際空港から日本へと帰路に着いたのでした。


 田中ご一家は日本人学校やサークルや色々とお付き合いが多く、お人柄もあるんだろう沢山のお見送りが来てとても賑やかなお別れだった。

 大弾幕を誰かが用意してきて、みんなで集合写真でチーズ!日本でしたら大顰蹙かもしれないけど、ここではもっと大騒ぎして別れを惜しむ人達がいっぱいいるので全然問題なし!(だと、、思う)


 タマちゃんはドイツで買ってきたという、飛行機OKの頑丈クレートの中で、まったり動ぜずスフィンクス座りしてた。

 流石エジプトの猫!度胸が座ってる!


 田中マダム曰く、きっとよくわかってないのよ。いつもの国内旅行と勘違いしてると思うわ、と、笑ってた。

 色々あったけど、最後の最後で梨田さんと田中さんとぎゆっ!と抱きしめあって、ちよっと泣いてしまった。

 その3人を、高田支社長夫人がぎゆっと抱きしめてくれたので、なんかな、もう、わんわん泣いちゃったよ。はずかしー!


 タマちゃんは空港スタッフに連れられて先にゲートの向こうに。最初はどーんとしてたのに、途中で田中一家と離れた事に気づいたらしく、アオーン!アオーン!と遠ざかるタマちゃんの声が響いてきて、みんなでおかしそうに笑い合った。大丈夫!後で家族とちゃんと会えるからね!

 そして、田中御一家も何度も何度も手を振りながら、出国ゲートの向こうに消えた。


 初めての同じ会社のご一家の見送りは、、なかなか胸につまされて寂しかったなぁ。

 

 で、そのお見送りに、橋本は来なかった…。

 もうさ…最低っーかなんつーか…。まあこいつの話はまた次で(笑)


 数時間後には、無事に経由地のホテルに着いたと、元気な田中御一家と目をまん丸くしてるタマちゃんとの写真が送られてきて、数日後には日本のお宅での元気なみんなの写真が送られてきました。

 日本の家に?雰囲気に?ちよっとびびってるタマちゃんが可愛かった。

 

 タマちゃんはもう一回海外駐在について行き、その後は日本で余生を過ごし、17歳の天寿を全うしたそうです。


追記:

 エジプトから日本に帰化した猫ちゃんって意外と多いです。そして、エジプト猫の平均寿命を大きく超えて、結構長生きしたそうです。

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