第55話 新しい後任ドタバタと猫(猫率1%)
田中一家の帰国スケジュールに合わせ、引継ぎや何やかにやで私達マダム達も忙しくなってきた。
会社により違うのだろうけど、うちの支社の場合は情報共有は基本で、こういう時の協力も基本。
なので、私達マダム達は、必ず月に1度の情報交換のお茶会をしていた。最近はその打ち合わせ的に頻度が増してきてヘトヘト。でも田中マダムはその何倍も忙しそう。会うたびに段々と疲労が蓄積された顔をしてた。
が、ある日物凄く困惑した顔で、1枚のプリントされたメールを私達に配ってきた。
「後任の橋本さんの奥様から、カイロでの生活への質問メールなのですが…」
全員がざっと目を通したけど、高田支社長夫人は苦笑し、梨田マダムは少し微妙な顔をし、夢乃は意味が分からずきょとんとした。
カイロでの生活の基本的な質問はわかるとして、変な質問がかなり入っている。
1・アパートの防虫の為の燻蒸の仕方や薬品名や安全性のデーター開示。
2・水道水の安全性データー開示。
3・近隣環境の安全性データー、防犯データー、大気汚染データー。
4・病院関連のデーターは分かるが、医師達のデーター???
5・マラリアに関する情報開示??
6・室内における防虫対策…。
7・カイロ市内で購入できる衛生用品の一覧提示…。
その他多数。
自分は思いもつかなかった質問に首を傾げつつ、夢乃は言う。
「私も前任の方にも質問したけど…随分と詰問調でおかしなのが多いですね」
「本当ねえ・・・」
「何なのこの書き方。先達に失礼にも程があります」
梨田マダムの怒り口調に、3人で「あらまあ」という顔を向けると、梨田マダムは気まずそうな顔をし咳払いをした。
夢乃はあれ?と思う。
「あ!今思えばうちの前任の方は単身赴任でいらしたので、私の質問は、もしかして、みなさんが回答してくださったんですね!」
今頃気づくのもおかしな話だけど、迎える側になり初めて気づいた。
「そうよ」と、3人はくすくす笑う。
「夢乃さんの質問は基本的な生活の質問だったので簡単だったわ」
「そうね。スーパー情報とか、喫茶店情報とか、市場情報とか、婦人会とか」
「普通のマダムの質問でした」
懐かしそうに3人は微笑んだ。
「ありがとうございます。皆様のお返事のお陰様で、凄く安心してこれました」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
3人はほわほわと笑い、そして橋本さんからのメールに眉根を潜めた。
「橋本夫人は恐らくカイロ赴任に関してご不満なのでしょうね。行かなくて済む理由を見つけたいのでしょう。いずれにしても、前任の奥様に対してこの書き方はかなり失礼です」
高田夫人が嘆息して言う。
「私も同感です。この文面は赴任に対しての不満がありありとしています。
主人に聞きましたら、橋本氏からのメールやお電話もかなり失礼な感じだそうですよ」
「このご夫妻は、恐らく欧米駐在を希望されていたんじゃありませんか?」
少し気まずそうに言う梨田マダムに、二人がくすくす笑う。
ん?
何かあったのかな?
「うちの主人も…欧米駐在希望でしたので…最初の頃はかなり失礼だったと…。
まあ…私もですけど・・・」
ああ!!なんだか察し!
「でも!私はここまで失礼な書き方もしませんでしたよ!これはいくら何でも前任者の奥様に失礼すぎます!」
「そうそう、梨田ご夫妻も最初の頃はかなり頑なでしたけど、でも、お二人とも来られましたものね」
「そうです。礼節をちゃんと弁えていらしましたし」
高田マダムと田中マダムは懐かしそうにくすくす笑う。
成程。
会社により違うかもしれないが、海外駐在で一番の花形で出世コースなのは欧米駐在だというのが定説だものね。和也曰く、出世野心があるプライドの高い人ほど、欧米駐在希望を申請し、活発に売り込み活動をするんだと聞いたっけ。因みに和也は特定の地域希望は申請していなかったらしい。
しかし、誰しもわかるけど、仕事は希望すれば希望の部署に行けるわけではないし、往々にして希望通りにはいかない。そして花形の欧米は高ランク大学卒業者か、業績の良い者が優先的に選ばれるのも必定。
それに、年々海外駐在希望者が減ってきているので、益々希望通りにはならないらしい。
なので、欧米希望していたが、アジアや中東、アフリカ、中南米とかになると、あからさまにがっかりして、先輩駐在員に対して失礼な言動をとる者もいるらしい。
子供か!!
「データー云々は主人が橋本氏に伝えるそうです。私は生活に関することだけ返事します」
「そうですね。それがいいでしょう」
「問題なのは、こちらの準備の件なのです。この様子ですと、単身なのか、ご夫婦でいらっしゃるのかはっきりしていただかないと困ります。こちらも帰国の準備と並行してしないといけないのに。こんな思わせぶりなな八つ当たりメールなんて寄こさないで欲しいです」
全員が気持ちは理解できると同意で頷いた。
この場合の準備とは、後任が来た時に直ぐに生活ができるようにする為の様々な準備の事だ。
主に住居に関することがメイン。
後任から要望を聞き、現地不動産仲介コーディネーターに頼んで物件を探してもらう。その交渉や調整をするのが前任者とその現地パートナー秘書になる。
後任者は貰ったデーターで、先に下見に来た時に物件を見て回り、気に入った物件があれば契約をするのが一般的なパターン。意外と多いのが、前任の居住先をオーナーが了承すれば、引き継ぐパターン。
でもそれ以降の調整も前任者が代理でして、交代の時に全てをバトンタッチする感じ。
なので、単身か家族帯同かで住居の大きさも場所も変わるし、夫婦で生活できる場所から単身向けに契約が変更になると、オーナーと大概揉める原因となり、もめ事も増えるので大変困るのだ。
直接困るのは本人達だけど、そういう揉め事はあっと言う間に日本人社会に広がるので、最終的には会社の不評になるし他の駐在員社員への迷惑にもなる。
「わかりました。この件は高田の方から私も聞いています。高田から橋本氏には現上司を介して忠告はしたようなので、そのうち来るかどうかはっきりするでしょう。
仕方ないので「準備」の件は置いといて、田中家のご帰国準備を優先されるといいわ。「準備」の件は私達でなんとかしますから」
「ありがとうございます」
本当にほっとしたように田中マダムが優雅に微笑んだ。
と、いう事でその日の打ち合わせは終了した。
その日に帰宅した和也から話を聞いたときも、支社でも橋本氏の尊大で上から目線の失礼な勘違いメールや電話で困惑しているそうだ。
困ったもんだね。
「そう言えば、和也はエジプト駐在を言われたとき、がっかりしなかったの?」
「うーん?がっかりはしなかったが、驚きの方が大きかったかなあ。それに、あの時は夢乃と別れることになるんじゃないかと、そればっかりで頭がいっぱいだったからなあ」
あははははと夢乃は、あの寒い冬のプロポーズを思い出して笑った。ファリーダが何事?というように、大好きなシルクカーペットの上でごろんごろんしていたのをやめて傍にきた。
「なんでもないよ~~。そのうちね、新しい人達がくるんだよ。うちにも来ると思うからファリーダもよろしくね」
ファリーダは目を細めてわかっているのかどうなのか?にゃーといいお返事を返してくれた。
と、いう事で揉めに揉めていた橋本氏の赴任の件だったが、結局、単身でくることになったらしい。理由は、奥様が妊娠されたからだそうだ。
が…
後日談だが、妊娠は行きたくない奥様がひねり出した「ウソ」で、その後、その「ウソ」が元でご夫婦は離婚されることになる。
傷心の橋本氏は、なんとゲジラ・スポーツクラブで猫を拾い…と、いう話しはまた先の話し。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます