第39話 服装論議と猫と犬 (マリちゃんとマリ2号ちゃん)
「皆さんは、お買い物に行くときの服装はどんな感じのを着ていらっしゃいますか?」
田中夫人のお友達主催の「同年代お茶会」の席で、最近きたばかりの某メーカーの長谷夫人に真面目な顔で聞かれて、夢乃達は小首を傾げた。
「普通?かしら?近所ならラフな格好?Tシャツ、ジーパンとか?」
「そうね。普段着の延長みたいな?」
「まあ…余程ドレスコードのある場所でない限りは、見苦しくない恰好でOKよね?」
「日本人はそんなに常識はずれな恰好をする人は少ないですしね」
「誰かに何か言われたの?」
長谷夫人は少し顔を強張らせてカップを見下ろした。
「先日…新しくできたジェラートのお店に、地下鉄で行ってみたんです」
うんうんと他のマダム達は聞く側に徹する。
「川向こうだし、そんなに遠くないし…歩いている人達もそんなに畏まっていないし」
「うんうん」
「私は暑いのが苦手なので、涼しい恰好で行きました。ノースリーブに、ホットパンツでヒールを履いていました」
「‥‥」
「そしたら帰宅してしばらくしたら、うちの会社の副支社長夫人からお電話がかかってきて!はしたない恰好で出歩かないで!と!会社の不名誉になると!みんなの迷惑になると言われたんです!!酷くないですか!!!」
うわあああああー!と、長谷夫人は号泣しだし、その家の飼いネコのマリちゃんと、飼い犬のマリ2号ちゃんは驚いて別室に行ってしまった。
余談だが、
ご想像通りに飼い猫マリちゃんが最初に飼われていて、犬のマリ2号ちゃんはその後に来たので、2号という名前。
マリ2号ちゃんは、前赴任先のアムステルダムの保護会でもらい受けた子で、マリちゃんはご近所さんで産まれた子を貰ったそうだ。
アムステルダム産まれのアムステルダム育ちのなんかオシャレなコンビだ。
(余談終わり)
うーむと黙り込んでしまった周囲に、長谷夫人は驚いた顔をあげた。
恐らく「酷いわ!」と、同意してもらい同じように批判を繰り出してもらえると思ったのだろう。
だが、ここはカイロ。ムスリム主体の国であるので話が変わる。
「私の方が悪いんですか!?だってそんな恰好をしている観光客に欧米人とかいっぱいいますよ!!」
と、逆切れ気味に言う長谷夫人に、主催の松田夫人が少し困った顔をした。
こういう服装トラブルというか、女性の肌の露出度合いトラブルというのは結構ああるあるなのだ。
エジプトはほぼイスラムの国だけど、観光国家でもあるし、欧米人や外国人も比較的多いので、大都市や観光地では、服装に関してはかなり寛容なほうだと思う。なので、タンクトップとか短パンとかで観光している外国人は多々いる。
問題があればすぐに忠告してくれるので、それに対処(上着着るなり、丈の長いスカート履くなり、ガラベーヤをすぽっっ!と着るなり)すればいい。
だけど、どこの国でも同じだけど、いろんな考えの価値観の人がいるので、全ての人が寛容なわけではない。
カイロにも戒律の厳しい人達もいるし、戒律の厳しい価値観の国から来た人達も多い。そういう方達からすれば、自分達の国でなにしてんですかあ!!になるわけだから…ねえ?
最初のカイロ生活ルールのレクチャーで、ここら辺は恐らく先輩駐在員奥様達から、かなり強く言われるんだけど…やはり根本的認識が違うので、判断を間違えやすい。
夢乃も1回、膝上スカート履いて買い物に行き、長谷夫人と同じように誰かに見咎められ、上司夫人の高田夫人にチクられ、高田夫人から怒られ…もとい、忠告を受けた事がある。
長谷夫人がどこでタンクトップとかを購入したか不明だけど、夢乃の場合は、カイロのブティックで売られていた物を購入して着ていたのにだ!
怒られた時は、どこで誰が見てチクったのか、すっごく不愉快でもやもやしたし!売っていたお店に対しても「外で着ちゃいけないものを何故売っていたの?!」と、逆切れ感情を抱いたこともあるので…。
まあ…
長谷夫人の憤る気持ちもよくわかる。うんうん。
夢乃場合は、「カイロで販売されている=カイロでどこでも着てもOK」と、勘違いしていたのだ。
カイロ基本ルール、女性の肌の露出は極力避けるを考えればわかる事なんだけど、要はそういう露出度の高いファッションを楽しむのは構わないが、プライベートな空間以外ではNGという事。
極端な例でいえば、下着も販売されているけど、下着で街中にいかないでしょ?という事。下着じゃなくて膝上丈スカートなんだけどね!(まだ拘っている・笑)
特にタンクトップは暑いエジプトでは必須アイテムであるが(勿論、夢乃も着ている)その許容範囲がビミョー。
タンクトップにも色々あるでしょ?
ショルダー部分の太いの、紐みたいなの。
襟ぐり深いの深くないの。
ヘソが見えるの見えないの等等。
ホットパンツはまあ、論外なんどけどね。
そして、長谷夫人の上司副支店長夫人がかなり強めに忠告してきたという事は、(言い方はどうあれ)長谷夫人の服装はかなり「危険度」が高いデザインだったと推測される。
その服装での公共性の高い地下鉄利用、そしてお店のあった地区もしくはそこに向かうまでの地区等、実は危険度グレーゾーンだった可能性もある。
危険な地区とかはある程度、大使館や日本人会や個人発信のSNS等で常に発信されているけど、都市の発展と共に変化しているので危険地域は常に変化するので判断が難しい。
まあ君子危うきに近寄らず。郷に入れば郷に従う。グレーな場所では危ない事は避けるが勝ちという事かな?
てなことで、駐在歴の長い松田夫人と、田中夫人が言葉を選びながら、カッカしている長谷夫人に懇親丁寧に説明してあげていた。
今重要なのは、長谷夫人が自分で自分の身を護る認識を持ってもらう事だから。
それが伝わったのか、長谷夫人は段々トーンダウンしてきて、夢乃を含めて同じ失敗をした経験を聞いて、ガス抜きの意見も聞いてもらい、怒りがふしゅるるるる~~~と収まったようだ。
よかったよかった。
そしていつの間にかマリちゃんとマリ2号ちゃんもリビングに戻ってきて、好きな場所に寝そべりながら、私達のおしゃべりに耳を傾けている。
ピリピリ空気が緩和したのを察知したのね。面白いね~。
因みに暑いのは否めないので対策として、薄手のカーディガンや、大判のストールを持参していると便利である。やばいな!と思ったら、さっ!と羽織ればいいのでおすすめです~。
スカートはひざ下必須でできればくるぶしまで。緩いデザインのがいいよね。ワンピースも。風をはらむので涼しい!
ズボン系はぴちっ!としないのがいいけど、まあこれも長めのカーディガン羽織るとか、色々対策はあるので先輩奥様達の経験を聞いて対処していれば、段々とここまではよくてここから先はダメだ!とわかるようになるよ!
と、夢乃もまだ1年目だけど偉そうにレクチャーしてみる。
ふと見ると田中夫人がおかしそうに笑いを堪えているので、なんだか気恥ずかしくなった。
まあみんな1度は通る道だよ。うんうん。
てなことで、マリちゃんとマリ2号ちゃんの癒しの存在もあり、不穏な雲が漂ったお茶会も楽しく終わりよかったと思う夢乃であった。
追記:
長谷夫人とその副支店長夫人はその後、和解したらしいと風のうわさで聞いた。
長谷夫人はそれ以降、外出時の服装をストレスない程度に気を付けるようにしたそうだ。カバンにはいつでも対処できるように、薄手の上着とインドネシアで買った腰巻?みたいなスカート?を持参しているんだって。
インドネシアの腰巻みたいなスカート??
少し興味あるなあ。今度見せてもらおう!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます