第34話 ラマダンの羊と猫 (ヒツジと白黒猫とファリーダ)
ハムシーンの終わりの頃、カイロでは激しい雷雨が降る。この雨が降ると、カイロには本格的な暑さがくると和也に教えてもらった。
が…この雷雨は街中に降り積もった砂塵の上に降る雨なので、街中がドロドロの悲惨な状態になる。
いやもぬかるみと言うか、泥沼というか?
清掃が入ったり、交通量が多くて砂塵をはき飛ばすような大道路はまだまし??だけど、横道とか細い路地は…すんごい事になっている。
絶対歩きたくない!!!
(泥道も嫌だけど、その泥に何が含まれている=ゴミかわからないから)
上から見ていると、各ビルのバーブ―がガラベーヤの裾を捲し上げて、せっせせっせとビル周辺の泥をどこかに押しやっている。ビルの裏?排水溝??よくわからない。
ヤシラはハムシーンのあとの雷雨でドロドロになるの予測しているので、ベランダの降り積もる砂塵を、毎日せっせとかき集め、ベランダからどさー――!と捨てていた。
中世のヨーロッパではゴミとか、トイレ代わりの物に溜めた汚物を、窓から下に投げ捨てて、昔のヨーロッパは糞尿臭くて汚くて大変だったと、どこかの観光施設で説明を聞いたけど…。それを思い出した。
砂だけど…いいのかなあ??
結局は砂塵で舞って、階下のベランダに落ち込むんじゃないか?エンドレスじゃないか?と、ふと思う。
とにかくヤシラ管理が行き届き、ベランダは、雷雨の後もドロドロになっていない!
ベランダに置かれたファニチャーにはカバーをかけていて、雷雨が過ぎると綺麗にはがして掃除をするので、同じくどろどろにならない!
ヤシラ!優秀過ぎる!!
そして、雷雨も過ぎると、ラマダンという断食月が始まる。
(年により違うらしいけど)
あんちょこガイドブックによると、ラマダンとは「ヒジュラ暦で9月」を意味するらしい。預言者ムハンマドに啓示され、イスラム教徒にとってラマダンは「聖なる月」となった。
で、この月において、ムスリムは日の出から日没にかけて、一切の飲食を断ち、空腹による苦行で自己犠牲を経験し、飢えた人や平等への共感を学び育むのだそうだ。
親族や友人らと共に苦しい体験を分かち合うことで連帯感を強め、そして、多くの寄付や施し等善行を行う!
夜明け前にラマダン前に食事を家族でして、日中は一切の飲食をしない。
ただし、命の危険にも繋がるので、幼児とか老人や病人は免除されているらしい。
この期間は喧嘩とかそーゆーのもご法度!
で、夕方、日が沈むとやっと食事!
そしてまた翌日断食!
これが大体1ヵ月続くというから凄い!!
まあそういうわけで、この期間は仕事にもならないので休暇になるところも多いらしい。ラマダン休暇と呼んで、駐在員は国外に旅行にいったり、リゾート地に行ったりする。
ヤシラにもラマダン休暇でラマダン・ボーナスをあげて数日お休みにさせてあげた。
そうそう、ラマダン前になると、香炉を持った人が来て、家の中をお祓い??してくれる、偉そうなお坊さんみたいな人が来る。
(もちバクシーシは払う)
外人はあまりしないらしいが、うちは面白いのでしてもらったら、家中強烈なお香?香油?の香炉をぶん回して、コーラン?唱えてくれたが…匂いがすんごいことになり、ファリーダが全身の毛を逆立てて激怒していたので…来年はやめにしようと思っている…。
ついでにハンハリーリでラマダン用ランプも買ってきて飾ったりと、結構雰囲気を味わった。これもヤシラが大喜びして、家中にいろんな飾りを飾ってくれたので…多分・・うちが駐在している間はやることになりそうだ。
まあいいか…ヤシラが喜ぶなら。
ラマダン時期は日中は静かに過ぎてゆき、日が沈むとあちこちで賑やかな音楽や騒ぎが聞こえてくる。楽しそう。
そしてラマダン後半になると、何故か街中に羊の群れが増える。
なんなんだろう??と見ていたら、ヤシラが「羊は好きか?」と、目を輝かせて言う。
その日は近くの果物屋に果物を買いに行こうとしたら、マダムはぼったくられるからと、ヤシラが一緒に来てくれたのだ。おかげで、夢乃は普段は3倍ぼったくられていたことが、よーーーく分かったのだった。
はい、同じ金額でいつもの3倍買えたからです。
とほほほほほほ。
もしかしたら、ラマダン効果もあり、ぼったくり行為も禁止なのかもしれない。
てなことで、ヤシラにうきうき聞かれたので、
「うん、好きだよ。かわいいね」
と、言うと、近くの羊飼い?の少年を呼んで何か話す。
「マダム、どの羊が好き?」
と、聞くので、一番手前の白黒パンダみたいな羊を指さした。
「パンダみたいでカワイイ!!」
「マダムは御目が高い!いい羊だ!!」
と、ヤシラに褒められて、なんだか嬉しい。ヤシラは少年と話し、握手する。なんだろう?とみていると、少年の肩掛けしているカバンに、猫がいるのが見えた。
「オッタ!?」
煤ぼけた布製の大きなカバンの中から、青い目の子猫が覗いている。カワイイい~~~!!!
少年は子猫を取り出すと、夢乃に抱かせてくれた。
白黒子猫でパンダみたい。さっきの羊とお揃いだ。少しやせ気味だけど、大人しくてかわいい。
ぐるぐる子猫は喉を鳴らしている。
「可愛いね~」
その間にもヤシラと少年は何か話していて、そして握手をする。
「マダム、帰りましょう。この羊達、移動する。危ない。早く帰ろう」
ヤシラの言葉に、うんうんと頷いて、猫を少年に返すと、「マッサラ―マ」と手を振り家に戻った。
もち、ファリーダさんにバレる前に即シャワーで、着ていた服は洗濯機だ!!
でもバレて、ファリーダにふー!かー!怒られた。
ファリーダ嗅覚凄すぎだよ…。
そんな話を帰宅した和也にしたら、和也が浮かない顔をする。どした?和也??
「それかあ…羊かあ…」
「?何のこと?」
和也はアラビア語で書かれたピンク色の領収書を見せてくれた。
「何これ?何の領収書??」
「ヒツジの領収書」
「は?誰が羊肉を買ったの」
「夢乃が、ラマダン用のヒツジを、買ったの」
夢乃の頭の上には、TVゲーム化アニメのように「?」マークが大小カラフルに飛びまくった気がした。
「ヒツジ、買っていないけど?」
「買ったんだよ。ヤシラが午後に会社に持ってきた」
「は?」
「今日、ヤシラとヒツジを見なかった?」
「見た」
「ヤシラにどれがいいか聞かれなかった?」
「言った。パンダ柄のヒツジ」
「パンダ柄のヒツジね」
やれやれと和也は肩を竦める。
「ヤシラが、マダム=夢乃がラマダン用のヒツジを買ったので、額が高いのでいつものお買い物用料金箱からでは支払いができないので、代金を俺に貰いにきたんだよ」
「は!?」
「ラマダン用ヒツジを買う日本人マダムなんて初めてだと、現地スタッフの間ではかなり有名になっているよ」
「は!?」
「俺は何かの間違いかと思ったけど、ヤシラがパンダ柄のヒツジの写真をみせてくれてね。ここのビルの裏に繋いでいるらしい。その写真も見た。ビル管理会社からも連絡来た。なので、夢乃は、ラマダン用のヒツジを買ったんだよ」
言葉も出ないほど驚愕するとはこのことだ!!!
夢乃と和也はエントランスまで降りてヒツジを見に行った。ビルの駐車場の一角に、簡易のサークルがあり、その中に数匹のいろんな柄の羊たちが、荒紐に繋がれめーめー鳴いている。その中にいた!!あのパンダ柄!!!
「うわ!!本当だ!!」
そしてヒツジには、ローマ字で「HANAOKA」と、背中にマジックか何かで書かれた文字が見える。
「うわあああああああ!!こんなの誰か日本人に見られたら、またある事ない事ない事ない事を言いふらされちゃうよおおお!!!」
「もう遅いよ…同じビルに住んでいるT新聞社の四谷さんが見つけてね…ニュースに使いたいと連絡が来た。うちの名前は伏せてくれるけどね…断れないのでOKだした」
いやあああああああ!!!と、夢乃は絶望的な声を挙げてその場に蹲った。
「四谷夫人は歩くスピーカーと言われているのよおおお!!!もう日本人会の人全員知っているんじゃない!!!
「多分ね。まあ…ラマダン用のヒツジをうっかり買った日本人マダムは、夢乃だけじゃないらしいから…大丈夫だよ」
「何が!!今年のラマダンで買ったのは私だけしょ!!」
「多分」
いやああああああ!!!と、夢乃は蹲る。
「まあ…身から出た錆だから仕方ないよ。諦めな。あとね…先に言っておく」
「何!?」
「ラマダン用のこのヒツジはね…生贄用のヒツジだからね。神への供物だからね。
多分、イード・アルで」
そうなるだろうとは予測していた。ラマダン用のヒツジなんだもの。
「これは夢乃と俺からのバクシーシ、施し、善行になるらしい。ヤシラやこのビル働くバーブ―とか警備員とかドライバーとかガラベージ(ゴミ掃除人)とかにへの。ヤシラが采配を取り、配布するんだそうだ」
「それでヤシラが嬉しそうだったんだ…」
「名誉な事らしいよ」
「だろうねえ…」
夢乃は立ち上がり、パン柄のヒツジに別れを告げて、バーブ―達にバクシーシを挙げて部屋に戻った。なんだか切ない。切ないラマダン最終日前日だった。
その後のヒツジがどうなったかは夢乃は詳しくは聞かなかった。でもバーブ―や警備員や他の家ののメイド達からも愛想よくされるようになったので、恐らくヤシラが問題なく采配を振るい配布したのだろう。
さて…実は問題が一つ起こった。
そう、ヒツジを買ったと言われた翌日、白黒ブチの猫が…猫が…
ファリーダと並んでごはんを食べていたのだ!!!!
この子!誰!?
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