第29話 オールド・カタラクトホテルの猫 (子猫とママ猫)
アスワン弾丸観光のガイド&付き添いでアスワンまで来た花岡夢乃だったが、帰りに乗る飛行機が遅れているということで、なんだかんだと時間が余ってしまった。
出張者の方達はスケジュール通りにいかない事に、暑さ疲れもあり苛立っているけど、エジプトではこういう時はどうにもならないので、インシャーラ―でゆったり構えるしかないのだ。
とりあえず夫の花岡和也に状況を連絡し、なんか対策を考えてもらう。アスワンの知り合いのガイドさんに助けてもらうらしい。
空港のロビーで飛行機待ちの他の観光客と一緒に待っていると、直ぐに和也から連絡が来た。マンゴーさん(本名ですか!?)という女性のガイドさんが、駐車場で待っているのでそこに行けと言う物。
半信半疑と疲れで動きたくない出張者の方達をなだめすかして駐車場に向かうと、鮮やかな緑のヒジャブを巻いた女性が、「マンゴーです!」と大きく日本語でマジックで殴り書きした画用紙を持って手を振っていた。
「マンゴーさん?」
「マンゴーです」
「花岡夢乃です」
にこにこマンゴーさんは握手をしてきて、直ぐに和也に電話をして、全員と会えたことを伝える。間違いがない事をその携帯電話で和也が夢乃に説明する。
ほっとした。
「先ほど空港の者に確認しましたが、カイロから戻る飛行機が機体調整で遅れているので、恐らく夕方まで飛行機に乗れません。ランチを食べにカタラクトに行きましょう。知り合いがいて、レストラン予約しています」
カタラクト?もしかしてあの有名なナイル殺人事件の舞台になった、オールド・カタラクトホテルの事?
マンゴーさんはそうです!と得意げに頷く。その有名なホテルでランチと聞いて、急に出張者達も元気が出て、マンゴーさん手配のバンに乗り込んだ。
オールド・カタラクト・ホテルは1899年にイギリスのトーマス・クックにナイル河岸の高台に建てられた、美しいコロニアル様式のホテル。(あんちょこガイド抜粋)
夢乃達も新婚旅行エジプト版と称して、アスワンとルクソール小旅行をしたときに宿泊したことある。旧館と新館があり、もち歴史ある旧館の方。ナイル川を見渡せるテラス付きで、物凄く広い室内、床や木製家具やカーテン等はスカレーット色で統一されていて、壁やソファーやベットの白と対照的でとても美しくてゴージャスだった。
アガサ。クリスティーが宿泊した部屋も見学できる。その部屋はもう豪華!という感じだった。
映画でみたことのあるロビーや内装やレストランからの風景に、そして涼やかな川からの風を感じながらのランチに、出張者達もやっと落ち着いたらしく、まったりとアスワンの風景を楽しんでいた。
やれやれ。よかった。
マンゴーさんは私に休んでいとウインクし、出張者達を連れて館内観光に出かけてくれた。優秀だよ!マンゴーさん!
夢乃は砂漠にあるホテルとは思えないくらい、美しく手入れされた緑の庭園をゆっくり歩いて、木陰のベンチに座ると、ヤシの木の間の向こうに流れる青いナイルと対岸のごつごつした土漠の風景を楽しんだ。
にゃーん。
不意に猫の声がして足元を見ると、子猫が沢山、どこからかわらわら現れて、夢乃の足にすりすりしている。
「きゃー!何々?ご褒美?かわいいい~~~!!」
そう叫ぶ夢乃の声に驚いてか?水を撒いていたスタッフが顔をピンクと白のブーゲンビリアの間から顔をだし、「オッタ?」と笑う。
「オッタ、オッタ」(オッタがおった風にダジャレ風に言う)
彼はこっちこっちと手を挙げて呼ぶ。なんだろうと?とその茂みを覗くと、ナイル川に降りていくレンガ造りの階段が現れ、その角に角に置かれている木製ベンチの一つに、茶トラの雌猫が子猫達に悠然とお乳を与えていた。
「おおおお~~~!シュクラン!(ありがとう!)」
彼は嬉しそうに笑いながら、ホースを伸ばして水を撒きに庭園の奥に消えた。
今の時間は一番暑い時間なので、宿泊客も早朝観光を終了した後は、ファルーカで舟遊びを楽しむか、クーラーの効いた部屋で涼んでお昼寝か、プールサイドでまったりするか、それとも果敢に観光かで、ホテルは比較的静かだ。
猫達もそれが分かっているのか?ママ猫は木陰と日陰の涼しいベンチの上で、悠然と四肢を投げ出し、白いお中を見せて子猫達をなめなめしている。
可愛いなあ。
よくよく見ると、その周辺の植え込みの下に、点々といろんな猫達が寝そべっている。多分、ここが一番涼しいんだろうなと夢乃は思う。猫達はちらりと目を開けて夢乃を確認し、害意がないとわかると目を閉じて昼寝に入る。
気持ちよさそう。
子猫達のみゅーみゅー鳴く声。遠くの水の流れる音。どこからか聞こえるコーラン。遠くの車のクラクションの音。ホテルのレストランから食器を片付ける音。水を撒く音。
とても穏やかで夢乃はうとうとして…そのまま寝てしまったらしい。
気づくとマンゴーさんに肩をゆすられて、起こされていた。朝早くから動いていたから、疲れが出たらしい。
周囲を見ると、出張者の人達もうたたねしている。
みんなここに集まり、風が涼やかで景色もいいので、まったりしていたらしい。
猫達はいつの間にかいなくなっていた。小さな子猫だけが、夢乃の横で四肢を投げ出し寝ていた。なんだかファリーダと同じような色合いの猫で、兄弟かも?と、思いながらなでなでした。
無性にファリーダに会いたくなった。
夕刻までホテルでのんびりし、(一部出張者は短いルートのファルーカで船旅をたのしんだ)空港に向かうと、砂漠の空港の中に待望の飛行機が到着したのが見えた。
マンゴーさんと別れの抱擁をし、また次回もよろしくねと笑いあい、夢乃達は飛行機に乗り込んだ。
やれやれだ。
席はバラバラだけど、戻れるだけでラッキーだった。
飛び立つ飛行機の窓から、穏やかで優雅なアスワンの船やホテルやレストランの明かりを見下ろし、神殿や遺跡のライトアップを見ながら、夢乃達は一路、和也とファリーダの待つカイロに向かった。
なんだか長い1日だったなあと、夢乃はカタラクトホテルの猫達を思い出しながら、ふふふふと笑った。
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