第19話 オーナーチェックと猫 (ファリーダ・灰色猫)

 

 今日はこのアパートメントのオーナーが、ファリーダをチェックに来る日だったので、夢乃は少し緊張していた。

 ヤシラも念入りに掃除をして、日本から持参したスリッパを、玄関の靴を脱ぐ敷居との境のカーペットの上に並べていく。


 お花もスフィンクスの花屋で多めに買ってきて、あちこち飾り歓迎ムードを出している。

 

 お茶、コーヒー、お茶菓子もばっちり!今日は日本式の甘さ抑えめ菓子ではなく、エジプトの甘さがつん!!の、シロップがっつり!の、チョコたっぷりに!色とりどりもすんごい事になっています!の、ココナッもいつもより倍かかってます!系である。


 私は1口でダウンだな…。


 そう思いながら、夢乃はデーツのチョコ掛けお菓子を頬張る。このお菓子も意外と好き!


 こういうオーナーチェックは、しない人もいれば、定期的にする人や、抜き打ちでするオーナーもいるらしい。要は自分達の資産をちゃんと大切に使用しているかのチェックとか、不具合ないか?のチェックとか、所詮自分の目で見ないと納得できない!とか、まあ理由は色々だが、要はオーナーの権利らしいのでよくある話しらしい。


 子供が生まれたとか、どこどこを改装したいとか、うちみたいにペット飼います!てな時も、チェックが入るらしい。店子としては粛々と従うしかないが、言うべき時はきっちり言わないといけないので、今回は和也も会社を休んで家にいてくれる。

 心強い!



 オーナー達は約束していた時間より15分遅れて来た。まあ、エジプトで言うとオンタイム?(笑)

 

 いかにも富裕層!なオーラをバンバンに出しているオーナー夫妻は、

(オーナー夫人の指全部に宝石ぎらぎらの指輪がはめられていて、一瞬カラフルなナックルに見えてビビったことは内緒だ)

 にこにこしながら夢乃と和也と握手をして軽く抱擁を交わす。後ろに続くバーブ―達が、何か大きな箱やら荷物をバンバン家の中に運ぶのが気になる…


 あれ?何??どこか買い物行って帰りでここに荷物を一時的に置くだけ?そうだよね???


 と、不安にちらちら荷物を見ながらも、リビングに案内した。


 マダムはヤシラを引き連れて(ヤシラは自分の主人でもないのにとぶつぶつ言い不満そうだった)家中を見て回る。

 

 各部屋で、二人がアラビア語で何かわーわー言い合ってる声が聞こえてソワソワするが、オーナーは大丈夫大丈夫と鷹揚に笑いながら、イギリスのデパートで買ってきたコーヒーを堪能していた。

(お菓子はもう半分しかない…)

 

 戻ってきたマダムは、私の膝の上で眠るファリーダに歓声をあげ、無理やり抱き上げるとぐーりぐりほおずりする。あからさまにファリーダが嫌な顔して、前足でぐいっ!とマダムの顔を押しのけようとするが、マダムは全然気にしないでファリーダを抱いたまま、どすん!と向かい側のソファーに座った。


「流石日本人ですね!どこも綺麗で丁寧に暮らしていることがわかりました!素晴らしい」

「ありがとうございます」


 日本人は基本、土足で住まないから、結果的に土足OKの家よりは綺麗なんだよね。それ以前にやはり綺麗好きで整理整頓好きな人が多いらしいから。

 

 うちはヤシラのお陰だと思っているよ!ヤシラ最高!!


「で、猫も問題ありません。可愛いし、頭もいいし、柱も壁もひっかかれていないし。トイレもきちんとしていますしね」


 よかった!と、私と和也は安堵の顔を見合わせた。


「それで!猫を飼うというので、これを持ってきました!!」

 

 そうオーナー夫人が言うと、リビングに連なる小リビングみたいなところで、さっきから何か荷ほどきしている場所の物を持ってくるように言う。


 それは…天井まである巨大なキャットタワーだった。凄い・・・ここの家、天井が2Mくらいあるんだけど、それくらいあるよ???


 私達はぽかんとした。


「え?」

「猫を飼うなら必要でしょ?それとね!」


 バーブ―達がリビングや小リビングやダイニングの壁をわーわー言いながら測りだし、オーナーが立ち上がり何か指示していく。そして小リビングの家具をどかし始めた!

 

 続いてびっくりしている私達の目の前で、どんどん壁用キャットオークが凄まじい音を立てて、ぎゅいんぎゆぃん!取りつけていく!! 

  ステップ、ステップ、橋、月の形の、ドーム、ステップに長いステップに階段、階段!上り棒に、半球ドーム!


 えええええええ!?


 やめて!とも言えないし!オーナーの家だし!それしているのオーナーだし!オーナー喜んでいるし!!

 

 呆然としている間に、あっと言う間に小リビングはファリーダの遊び部屋になってしまった!!!

 オーナ夫妻は暴れるファリーダをがっちり抑え抱きかかえながら、満足そうに完成した部屋を見回す。

 そして、そのキャットステップに、ぽーん!と投げるようにファリーダを置いた。ファリーダは全身の毛を逆立てて、シャー!と叫ぶと、家の形の小屋に逃げ込んだ。


「まあ!あんなに喜んで!!!」


 いや…怒っていると思うけど。


「うちも猫が好きで、5匹飼っているのよ!ヒマラヤン、ペルシャ、シャムにベンガル、アビシニアン!みんな可愛い子達!そしてこのキャットウオークが大好きなの!うちは一部屋まるまる猫部屋にしていますけど、ファリーダは1匹だからこれで十分でしょう」


 うんうんとマダムは満足そうに頷く。


「これで足りないようならまた言ってちょうだい!猫のグッズなら沢山ありますから!」

 

 私達は既に完成された猫部屋を見回し、これ以上猫部屋だらけになったらたまらないと思い、ファリーダがもう少し大きくなってからと、断った。


 だが、その曖昧な断りがのちに悲劇を生む。


 半年後…また突然オーナーチェックにきたオーナー夫妻は、これでは遊び部分が足りない言いだし、結局キャットウオーク工事はリビングまで拡張されることになった。


 凄すぎるよ、エジプトのオーナ。

 そしてうちのリビング…まるでショールㇺです。

 唯一の救いは、ファリーダが喜んで壁中を走り回っていることだけかな?


 因みにヤシラは、手の届かない掃除部分が増えたとお冠である。


追記:

うちのオーナーは変わった夫婦でしたが、いい人達でした。帰国する時もトラブルなく引き渡しできましたし、お土産までくれました。 

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