第17話 エジプトを旅した猫の終着点 (灰色の子猫=ファリーダ)

「で?どこで気づいたの?」


 1日寝て、風邪薬も効いたのか?少し顔色のいい和也が、おかゆを食べながら夢乃を呆れたようにみてきた。

 

 夢乃は小さな子猫を腕の中に抱きしめたまま、身を小さくした。


「ご一行様をレストランに連れて行った時。お店に入ろうとしたら、鞄からひょこっと顔を出して!!お店の人に猫は駄目だよと言われて気づいたのよ~~~!!!」


 そう!ムハンマド・アリ・モスクでアメリカ人の若い男性達と旅をしていた子猫が、なんと!夢乃の鞄の中に入り込んでいたのだった!

 

 いつの間に!?

 

 確かに彼等との間に鞄を置いていた。

 チャックとかない鞄だし、奥行きの深いトートだから、こんな小さな子猫が入り込む事はあり得なくは無いが、あり得ないじゃん!!

 

 だって子猫は男性の膝の上にいたし!!

 なのに何故!?夢乃の鞄に入り込んでいたの?!


「押しつけられたんじゃないか?」

「そんな事無いと思う。だって、この子の為にホテルに戻ろうとしていたんだよ?」

「そんなのわかんないじゃないか。夢乃がお人好しそうだからって、ぽいっ!入れたのかもよ?」

「まさか!それだったら直ぐわかるよ!だってガラべーヤの下から取り出さないと、入れられないじゃない!」


 と、堂々巡りでさっきから同じ事を論じている。何度考えても、この子猫がどうやって鞄に入ったかは分からない。


 はあ・・・と和也と夢乃はため息をついた。


「とにかく・・・子猫洗ったら?のみでもいたら嫌だよ」

「もう洗った」

「はああ!?」


 そう。レストランではレンタルバスの運転手に預けておいて、出張者ご一行様をホテルに送り届けたら、速攻で家に戻り、速攻で猫を洗った。


 幸い猫にはのみがいなかったし、洗面台でぽわぽわ洗われていても、子猫はとても大人しくて、うにょうにょ言いながら夢乃を緑の目で見上げているだけだった。

 ドライヤーも大人しくて、とても野良だったとは思えない!

 鶏肉をレンチンして裂いたのを上げてみたら、あむあう言いながら食べた!

 トイレは和也の部屋のシュレッダーの紙を箱に置いたら、まるで分かっているかのようにおっきいのも、ちいさいのもした!


 凄いよこの子猫!!

 可愛いんだだよおお!!このまま飼いたい!!


 でもそれは無理だろうと思う。

 絶対、あのアメリカ人達が探しているはずだ。あんなに可愛がっていたんだもの・・・。

  

「明日・・・ムハンマド・アリ・モスクに行ってみる。もしかしたら会えるかもしれないし・・・」


 しゅんとうなだれて言う夢乃を見て、和也ははあと嘆息し、パッドを取り出すとぱぱぱぱぱぱ!と操作しだした。


「何してるの?」

「SNS検索。アメリカ人で友達同士で旅しているんだろう?偶然鞄に入り込んだ子猫を連れてまで。そーいうタイプは絶対、何かしらのSNSで情報発信しているはずだよ。アメリカ人、猫、エジプト、旅行、グループ、モハメド・アリ・モスク、鞄、行方不明・・・


 あ!!!!」


 そんなに簡単にいくわけ無いじゃんと呆れて見ていた夢乃だったが、和也が見せたSNSの写真に目を見張った!


 子猫を膝にのせていた彼だ!!しかもこの子も一緒に写っている!


 布製のトートバックの中から見上げる子猫。抱き上げられる子猫。みんなにチューされる子猫。ホテルのバスタブで洗われる子猫。ご飯を食べる子猫。一緒にベットで寝ている子猫。車の中の子猫。飛行場でエジプト人に抱かれる子猫。海を見ている子猫。砂漠を見ている子猫。ナイル川を見ている子猫。ピラミッドと子猫。スフィンクスと子猫。ラクダと子猫(歯をむき出して毛を逆立てている)。ムハンマド・アリ・モスクの子猫・・・。


「間違いない?」

「間違いない!!うん!間違いない!後ろのこの人たちもムハンマド・アリ・モスクにいた!!凄いよ和也!!きゃ~~~!惚れ直しちゃうよ!!」


 子猫を抱きしめたまま、夢乃は和也に抱き着いた。


「待て待て待て!落ち着いて夢乃。えーと、やはり探しているみたいだ。拡散希望で、ムハンマド・アリ・モスクで行方不明になった子猫を探してくれとUPしているよ。夢乃このSNSにaccount持っている?」

「ない」


 そういうの興味ないし、やったことない。見るのは好きだけど。


「じゃあ、簡易で作るから、アドレス新しいの作って…うん、それでいいよ。で、これでこうしてこうして…」


 和也の言う通りに新しいメールアドレスを作り、accountを作った。そして直ぐに子猫と一緒の写真と撮ろうとして、あ!と叫んで急いでヒジャブを付けた。


 これがないと分からないかもしれないものね!


 そして写真と共にメッセージを送ると・・・。直ぐにぴこん!と返事が返ってきた!


 はやっ!!


 直ぐにネット通話のアドレスが来た。アクセスすると、いかにも安ホテルという雑多な部屋のなかで、ハイテンションのムハンマド・アリ・モスクの彼等が手を振ってきた。


-猫!君について行ってたんだ!びっくりしたよ!連絡くれてありがとう!


ー急にいなくなって、みんなで探していたんだよ!君のところで本当に良かった!ありがとう!


-よかったー!もう会えないと思っていたんだ!!保護してくれてありがとう!

 

 口々に彼等は安堵の声を上げて、保護してくれたことを感謝する。

 夢乃が立ち去り、彼等もそろそと移動するかと立ち上がったときに、子猫がいないことに気づいてパニックになったらしい。


 夢乃が振り向いた時は、三々五々に探しに散らばっていたそうだ。

 ムハンマド・アリ・モスクにいた他の人達とかにも探して貰ったが、猫は見つからず、彼等は意気消沈してホテルに戻り、SNSで探してくれ!と拡散していたらしい。


「私もびっくりしたわ!レストランに入ろうとしたら、ひょこって顔をだしたの!」


-あはははは!きっと、やった!今夜は豪華ディナーだと思ったんだよ!


「ディナーはさっき、鶏肉をあげたわ。沢山食べて、トイレもしたのよ」


-わー!凄いなあ!すっかり慣れているじゃないか。猫-!猫猫-!あはははは!こっちみたよ。すっかり君になれてリラックスしている。


-本当だ。腕にすっぽり入っていて幸せそうだ。


 不意に3人は顔を見合わせる。そして急に姿勢を正して一列に並ぶと真剣な顔で言った。


-あのさ、今日の今日でいきなりで・・・こういうこと言うのはおかしいとは思うんだけど。夢乃、その子猫の飼い主になる気はないかい?


「え?」


-そいつさ、俺達が置いておいたバックの中に入り込んでいて、気づいたのが街を離れて随分経った砂漠の中だったんだ。戻るに戻れないし、どの町で村で紛れ込んだのかも分からなかった。それで連れてきた。


-うん。人慣れしているし、頭もいいし、トイレも直ぐに覚えたし。みんなに可愛がられてこいつと旅できて楽しかった。


-でもさ、最後には俺達もアメリカに帰る。そのときはマーディーに住む友人にお願いしていこうと思っていたんだ。でもさ・・・こいつ、きっと自分の意思で夢乃の所に行ったんじゃないかなと思う。


-うん、俺もそう思う。こいつは、夢乃の所にいく為に、俺達と旅していたんじゃないかなあ?最高の飼い主に会うために。夢乃がムハンマド・アリ・モスクでこいつを撫でた時の顔・・・凄く優しかった。凄く猫が好きだと分かった。

 だからさ・・・これも縁だと思って・・・

 アッラーの思し召しと思ってさ・・・


 この子、飼ってくれないか?


 夢乃は目を見張った。彼等の思いがけない言葉にぽかんとしていた。和也が、ぽんぽんと肩を叩いて現実に戻してくれた。


「いいんじゃないか?俺は良いと思う。俺もこの子は夢乃を選んだんだと思うよ」


 涙があふれてきた。何もしていないのに・・・涙がいっぱいあふれてきた。


「この子が私を選んでここまで来たの?」


「うん。そうとしか思えないよ。猫を飼いたがっていた夢乃の声を、この子が砂漠の町でキャッチして、夢乃に会うために、夢乃の所に行くために、彼等の鞄に潜り込みずっとエジプト中を旅してきたんだよ。

 そしてムハンマド・アリ・モスクで夢乃と出会った」


-そして鞄の中に入り込んだ!


 彼等はあははははと陽気に笑う。


ー名前つけてよ。俺達は別れ辛くなるから名前はつけなかったんだ。

-夢乃、名前をつけてよ。

-夢乃


「夢乃?」


 夢乃は涙目で子猫を抱きしめ頬ずりする。ざりっ!と子猫が頬をなめる。ふふふと幸せに夢乃は笑うと呟くように言う。


「ファリーダ」


-どういう意味?


「えーとね・・・私もこの間聞いて良い名前だなーと思ったんだけど、確か宝石。ジュエル。この子の瞳と同じ色のペリドットがこの言葉からきていると、ハンハリーリの宝石屋のおじさんに聞いたの。ペリドットの瞳の子猫、ファリーダ」


-ペリドットか。いいね!

-違うよ、宝石だよ!

-ペリドットは宝石だろう?


 あははははと彼等は陽気に笑う。


-ファリーダ!

-ファリーダ!

-ファリーダ!


 ファリーダは彼等の方を向き、そしてにゃっと笑うようにして、にゃー!と鳴いた。幸せそうに鳴いて、夢乃の頬に頬ずりをした。


 あははははと彼等は陽気に笑い、夢乃と和也もおかしそうに大きく笑った。



追記:

 少し話を盛りましたが・笑

 どうしてファリーダがカバンに入り込んでいたのかは謎です。

 旦那は絶対彼等に入れられたんだと未だに言いますが…

 私はカバンの中のいれておいたお昼の残りの匂いで入ったと思う。

 

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